沖縄県知事選挙が8月27日告示、9月13日に投開票される。全国の人々に現職・玉城デニー知事への圧倒的支援を呼びかける。
自民党は古謝玄太・前那覇市副市長を擁立、日本維新の会、国民民主党、参政党などを抱き込み、「県政奪還」を叫んで玉城県政への攻撃を強めている。また、下地幹郎・元衆議院議員も出馬を表明した。
「国政の針路が決まる選挙」

沖縄の選挙は今回も、いち地方にとどまらない性格をもつ。米軍基地が集中する沖縄の主張は、安保体制下の日本の進路、外交安全保障政策をめぐる争いになるからだ。玉城知事自身も「国政の針路が決まる重要な選挙であることを強く意識しながら闘いに臨む」と明言した。
高市自民党は連立を組む維新とともに、国旗損壊罪、皇室典範改定、国家情報会議設置法等々の反動法案を次々と成立させ、スパイ防止法、さらに憲法改悪への意思を明確にした。併せて昨年、高市首相は「台湾有事は日本の存立危機事態」と公言、本格的な政治・軍事大国化に踏み出している。台頭する隣国・中国に対する封じ込め、場合によっては戦争さえ招き寄せかねないものである。
世界の潮流は、中国を先頭とするグローバルサウス諸国が大きく前進する局面である。米国はイラン戦争の「出口」を見いだせず、原油高、物価高に不満をもつ国民の反発も相まって、急速に力を落としている。欧州など同盟国からの批判も強まり、米国の「威信」は地に落ちた。こんな米国を頼りにしながら、中国に対抗しようという高市政権はまさに時代錯誤、亡国と戦争の道である。断じて許してはならない。
沖縄は明治政府による「琉球併合」以来、一貫して中央政府の犠牲になってきた。とくに戦後は対米従属による二重の支配下で犠牲にされている。玉城知事はこうした犠牲の押しつけを拒否し、平和・アジア近隣諸国との共存共栄を目指している。
先の大戦では悲惨な地上戦が繰り広げられ、県民の4人に1人が犠牲になった。米軍は「銃剣とブルドーザー」で土地を奪い、嘉手納、普天間などの基地を次々建設、「復帰」から54年たつこんにちも、沖縄にはわが国にある米軍専用施設の約70%が集中、朝鮮戦争、ベトナム戦争など米国による戦争策動の根源地の役割を担わされてきた。
とくに菅政権による2021年の日米首脳会談以降、沖縄は対中敵視策の最前線に立たされた。辺野古新基地建設はもとより、宮古・八重山では自衛隊駐屯地が開設され、中国を射程に置いたミサイル部隊の配備が進められようとしている。
こうした状況に対して、玉城知事は一貫して辺野古新基地への反対姿勢を堅持、「平和的な外交・対話を通じた緊張緩和と信頼醸成がこれまで以上に必要」との姿勢の下、独自の地域外交に乗り出し、中国など周辺国・地域との対話・友好関係の構築に注力してきた。その一環として、北東アジア地域自治体連合(NEAR)への加入やアジア太平洋の平和発信拠点等の整備にも動き出している。
対する自民・古謝陣営は辺野古新基地建設に「容認」を表明、宮古・八重山などにおける軍事強化についても「必要性は理解」などと賛意を示している。また、古謝陣営は推薦を得た参政党が沖縄戦における旧日本軍による住民虐殺を否定するなど、沖縄戦を経験した県民から強い反発を受けている。県医師連盟は外国人医療政策や歴史認識、平和教育に関する質問状を自民・古謝陣営に送った。
米軍と政府に抗し、生活向上に注力
今回の選挙では沖縄県経済を発展させ、県民生活をいかに向上させていくかが大きな争点として挙げられている。
沖縄県は戦争で社会インフラが壊滅、米軍統治下でその整備は大幅に遅れた。こんにちも広大な米軍基地により県経済の発展は阻害されている。この状況を打開すべく、歴代県知事は保革を問わずもがき続けてきた。
2018年に発足した玉城県政は、首里城の火災・焼失、豚熱(CSF)、コロナ禍と試練にさらされた。だが、子どもの貧困対策基金を60億円へ倍増させ、子ども通院医療費の窓口無料化を実現させるなど、県民の負担軽減を成し遂げてきた。
2期目も「県民のいのちと暮らしを守る」を基本に、コロナ禍からの復興、強くしなやかな自立型経済の構築に全力を挙げてきた。低所得者に最大10万円を支給、子ども一人あたり5万円を支給、中学までの給食費や医療費の無料化を実現するなど、生活苦に直面する県民に寄り添う政策を実現させた。
結果、県税収入は自民党県政時代の水準の約2倍に上り、九州7県と比較しても伸びはトップクラスだ。自民党でさえこうした成果を否定できず、2月の県議会では、35年ぶりに全会一致で予算案が可決された。
「失われた30年」の経済の長期低迷とこんにちの物価高、資源高という悪条件の下にもかかわらず、玉城県政は県民生活の向上を実現した。
本土との所得格差など課題があるのは事実だが、本土の道府県でも、大企業本社などが集中する東京一極集中との大きな格差がある。むしろ沖縄は、県土の約20%とくに平坦部を米軍基地に占領され、しかも歴代政権が政治的圧力で沖縄県への一括交付金を減額し続けていることこそ、大きな問題である。
中国などアジアとの関係発展によってこそ、沖縄県民の経時的利益を向上させることができる。琉球王国時代、中国をはじめ周辺諸国と積極的に交易を行い、「大交易時代」と呼ばれる時代を築いた歴史をもつ。地域外交を積極的に展開する玉城県政の優位性は明らかだ。
県政めぐり運動が大きな力
壮絶な地上戦、その後の米軍統治、そしてこんにちに至る対米従属政治の下、幾度も「島ぐるみ闘争」と呼ばれる県民総団結の闘いに立ち上がってきた。
1956年には基地建設のための土地の強制収用と軍用地代の「一括払い方式」に抗して、住民大会で米軍に譲歩を強いた。1960年代中期の主席公選を求める闘争、67年にピークを迎えた教公二法阻止闘争、1971年にはベトナム反戦を掲げ、沖縄返還協定に反対してゼネストを闘った。沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)がつくられ、平和憲法下での復帰を求めて闘った。
さらに、1995年10月には米兵による少女暴行事件に抗議して大田知事を先頭に約8万5000人もの県民が集結した総決起大会が開かれ、日米地位協定の抜本改定などを強く求めた。
こうした県民の怒りの声に押され、日米両政府は沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終合意で「普天間基地の返還」などを明言、代替基地として名護市辺野古沿岸が挙げられた。だが、この最終合意の是非を問う県民投票で、実に7割以上の県民が新基地建設に「ノー」の審判を下した。
2007年9月には文部科学省の高校歴史教科書検定で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の日本軍強制の記述が削除・修正された問題で、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」を開催、11万6000人もの県民が集結した。
2013年1月、翁長・那覇市長など41市町村長、議会議長、県市長会などが県民を代表し、「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会」の代表団が安倍首相に配備撤回、普天間基地の撤去と県内移設断念を内容とする建白書を手渡し、実現を迫った。
県民の怒りの声を背景に「米軍基地は経済発展を阻害している」という経済界、翁長市長をはじめとする保守層も結集し、建白書の実現を求める「オール沖縄会議」が発足、「イデオロギーよりアイデンティティ」をスローガンに2014年の県知事選で翁長市長が勝利した。
翁長県政は、辺野古新基地建設、オスプレイ配備の強行を続ける安倍政権に対峙した。翁長知事は病に倒れたが、遺志を継いだのが玉城県政である。
このように沖縄県では県民の米軍基地、米国に追随するわが国政府への怒りを中心とした県民運動が県政を争い、時々において県政を担ってきた。
独立・自主の政権樹立へ
中道改革連合など既成野党は総選挙で大敗、自民党が衆議院の多数を握る状況を許した。だが、高市政権は物価高対策で有効な手立てを打てず、支持率を低下させている。地方選でも自民候補の敗退が続出、弱さがあらわになり始めた。
人々の意識は急速に変化し、高市政権への怒りが高まっている。こうしたなかでの沖縄県知事選である。玉城勝利は高市政権への強烈な痛打となる。3月に起きた辺野古ボート転覆事故などを最大限利用した反玉城県政のキャンペーンが張られている。こうした悪だくみを打破せんと、「玉城県政を守り抜こう」との声が日増しに広がっている。元自民党県連会長も知事の選対本部に入り、連合沖縄も推薦するなど、玉城県政の継続・発展を目指す県民の総団結がつくられつつある。高市自民党をはじめとする中央の圧力に対し、「沖縄のことは沖縄が決める」という県民意識があらためて急速に広がっている。熊本地震を受けて、「軍拡より防災を」との声も強まっている。
「二度と再び戦場にさせない」「基地・軍隊は県民を守らない」という県民の教訓、強い意志が玉城県政を支えてきた。知事選の勝利と県民の闘いの発展が、戦争を阻止する重要な砦であり、米軍基地一掃、わが国の独立・自立の政権樹立ために重大な意味をもつ。
あらためて全国からの支持・支援の集中を呼びかける。