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ドキュメンタリー映画『軍服を着た神様』 台湾が舞台の「小説より奇な人間ドラマ」

 かつて日本が植民地とした台湾で、日本の軍人が神様として数多く祀られている。本作はこの「日本神」を訪ね歩くドキュメンタリーだ……ここまで読んで、「日本の台湾統治が現地の人に喜ばれていた証しだ。やはり台湾は親日だ」と訴えるための右派プロパガンダ映画だと決めつけるのは早計だ。一聴しただけでは理解に苦しむ現実にこそ、人間の本質が隠されているのではないか。そんな好奇心をもって本作を見てほしい。プロパガンダ臭など一切ない、人情と哀愁の人間ドラマなのでご安心を。

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 大日本帝国は、1874年に台湾に派兵し、さらに1895年から1945年まで50年間も台湾を植民地として支配した。統治下では日本軍や警察による大規模な武力鎮圧・掃討作戦も行われた。

 そんな台湾において、「神様となって祀られている日本の軍人がいる。一緒に訪ねてカメラを回さないか?」と、本作の監督である遠藤協は、大学時代の先輩である文化人類学者の藤野陽平から誘われる。「支配者である日本の軍人が、なぜ?」との疑問を胸に、2019年から遠藤と藤野の旅が始まる。

 本作で紹介されているのは、少なくとも50以上確認されている日本神のうち6つのケースだ。一口に日本軍人や日本人を祀っていると言っても、それぞれの経過や背景は全く異なる。

 一例を紹介する。かつて日本軍のパイロットが墜落死したある地域では、悪いことが起こると住民は「パイロットの祟り」と思うようになり、その魂が祀られるようになる。時が過ぎ、台湾で違法宝くじが流行すると、高位の「正神」はギャンブルの手助けはしてくれないが、戦死したパイロットは低位の「陰神」だったので、だったら手助けしてくれるのではと祈られるようになる。しかも「よく当たる」などの噂も広がり、さらに祈りを集めることになる。

 別の例。ある日漁をしていた台湾男性の網に日本人の名前が記された卒塔婆がかかる。男性は不吉だと思い海に捨てたが、次の日にもまた網にかかる。再び海に捨てるも、翌日またも網にかかる。3回目ともなると捨てるのに忍びなく、男性の母が運営する寺の一角に祀られるようになる。なお、その卒塔婆はフィリピン沖で戦死した海軍兵のもので、遺族が洋上慰霊の際に投げ入れたものだ。

 また別の例。ある地域に日本統治下で建設された火葬場は、当時の台湾漢人社会では火葬が馴染みのないものだったこともあり、戦後は「日本兵の霊がさまよっていて不吉だ」と放置されていたという。だがある台湾男性は、夢に日本兵が出てきたことから、その火葬場を霊聖堂に変え、さらにはそこで寝泊まりまでして霊を祀り始めた。そうした献身の背景には、「高位の神は自分のような者を相手にしてくれないから、自分だけの神を祀りご利益に与りたい」という打算的な思いもあった。

 ここまでを読んで、どうだろう。「信仰」という静謐さとはかけ離れた、台湾民衆の世界観や価値観、さらには生活感が色濃く反映した人間くささを感じるのではないか。
 なお、こうした実例を学術的に扱った本が『台湾で日本人を祀る︰鬼から神への現代人類学』(慶應義塾大学東アジア研究所叢書)であり、藤野も共著者の一人だ。関心のある人はぜひ手に取ってほしい。

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 本作を見ると、悼み祈るという人間の性を再認識させられた気がした。他人を悼み、自らを哀れみ、神・亡霊・祖先を祈る。祈らざるを得ない。それが人間なのかもしれない。ユーモラスでもあり、同時に人情や悲哀、人生の辛さや人間のたくましさも感じさせられる。

 なお、ドキュメンタリーである本作だが、部分的にほのぼのとしたテレビ番組「まんが日本昔ばなし」を彷彿とさせるようなアニメや音楽が挿入されている。日本の軍人が神となった一つひとつの実例はまさに「事実は小説よりも奇なり」で、それぞれが伝承されてしかるべき物語のようだ。

 ちなみに、「まんが日本昔ばなし」のエンディングテーマ曲は「にんげんっていいな」だった。人間っていいな。そんな余韻が残る作品だ。

(8月1日より全国順次公開)

『軍服を着た神様』公式サイト

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