インドで5月、医科大学の入試問題が漏洩した。約200万人の学生が再試験を余儀なくされたことを発端に、SNSで呼びかけられた若者らの抗議運動「ゴキブリ人民党(CJP)」がネット上で急速に広がり、6月以降はリアルの抗議行動に発展した。
首都ニューデリーで7月20日、CJPが呼びかけた国会に向けたデモ行進を、治安部隊・警察が鎮圧した。反発した数千人規模のデモが連日繰り広げられ、ニューデリーの地下鉄駅が閉鎖されるなど混乱した。
CJPは政府側にプラダン教育相の更迭に加え、問題漏えい後に自殺した受験生の遺族に対する金銭補償などを求めた。
モディ政権の対応への批判も高まり、ついにプラダン教育相は25日、辞任に追い込まれた。CJP指導部は、政府が入試制度改革などの要望もすべて受け入れたとして、抗議活動の終了を宣言。参加した若者らに「帰宅」を呼びかけた。
モディ首相も2024年にSNSで支持を広げて首相に就任した経緯があるだけに、強烈な「しっぺ返し」となった。
人口増加に追いつかぬインフラ
CJPは、カント最高裁長官が政府を批判する若者を「ゴキブリ」や「寄生虫」に例えて侮辱したことに対して、モディ政権与党の「インド人民党(BJP)」をもじって設立された。「若者の、若者による、若者のための政治戦線」というスローガンを掲げ、SNSのフォロワー数は2200万人を超え、BJP(約900万人)をしのぐ。
運動が急速に広がった背景には、世界一の人口規模に見合う産業と雇用を創出できていないこと、貧困、所得格差などインドの抱える矛盾がある。
インドの人口は1960年代から年平均2%台で増え続け、2023年には中国を抜いて世界最多となった。政府はたびたび人口抑制策に取り組んできたが、強制策への反発や、農村は大家族で生活することが多いこと、州ごとのバラツキなど抑制策は成功していない。2000年に約10億5000万人だった人口は、2025年には約14億6000万人と、25年間で4億人以上増加している。
人口増により、インドの全人口の半数以上が30歳未満の若年層になっている。労働力が豊富という面はあっても、教育・雇用・医療など社会資源、インフラの整備が追いつかない。
背景に格差と制度の不備
モディ政権は「メイク・イン・インディア」というスローガンのもと、貿易赤字の削減や新規雇用の創出を目的に、国内製造業の振興を図ってきた。ここ数年は中国を上回る経済成長率を示しているが、人口増に見合うほどの成果ではない。
さらに、大企業にさまざまな優遇措置を講じる一方、中小零細企業への支援はまったく不十分である。貧困層の90%近くが農村地域で占められている。また、宗教やカースト、性別、地域性などが複雑に絡み合っているのがインドの現状である。
とりわけ若年層の雇用不足は深刻で、教育に見合う民間の仕事がなく、公的部門への就職に頼るしかない。22年にインド国鉄が3万5000人の従業員を募集した際に、1250万人が殺到したことは記憶に新しい。
世界一で比較的安価な労働力が豊富にあるはずなのに投資を呼び込めないのは、深刻な格差と教育システムの欠陥によって十分な教育機会を提供できていないことも要因の一つだ。貧しさから学校に通えない子ども、貧困を理由に退学しなければならない子ども、児童労働も子どもの総人口の約4%もいるという調査結果もある。
大学教育については、ここ十数年、各地で私立大学が設立されたこともあり、インドの大学生数は4千万人を超えている。だが、カリキュラムが不十分で就職に結びつかない問題や、労働者予備軍に対する職業訓練を行う教育機関がほとんどないことも若年層の失業率の高さに結びついている。
若者たちだけでなく、20年には「農産物流通促進法」に反発した農民たちが1年半以上にわたって抗議デモや座り込みを行い、警官隊との衝突で死者を出す事態に発展、これらの法律の廃止に追い込まれるなど、モディ政権は揺さぶられている。
2024年総選挙で、国民の不満は選挙結果にも表れた。モディ首相は続投を決めたものの、BJPの議席は大幅に減った。
若者たちの抗議行動の背景にはこうしたインドの現状がある。(H)