先日、テレビ番組で視聴率が高い日曜日のゴールデンタイムに、露骨に民族排外意識を育成・増長するとんでもない内容が放送された。皆さんにも、その悪辣(あくらつ)な内容のあらましと問題箇所を紹介したい。
テレビ東京より
4月21日にテレビ東京「池上彰の激動!世界情勢SP〜うごめくアジア編」で、朝鮮民主主義人民共和国と韓国、台湾と中国の緊迫する政治情勢を、池上彰がお得意のニュース解説をしながら、ゲストの4人がコメントを述べ合う番組である。
問題と感じたのは、「朝鮮半島有事が起きたら、私たちの生活はどうなる」と題して、朝鮮情勢に詳しい「専門家」なる人物の想定シナリオを基に「シミュレーションドラマ」を作ったとして、下記の内容の映像をお茶の間にタレ流した。
このドラマの特異な点は、制作側の意図する内容を補完する形で、進行途中で「解説者」のコメントが挿入される点だ。
202X年、在日米軍基地の近くで戸建て住宅に住む日岡一家は、夫婦、息子、娘の4人暮らしだ。家族でテレビを見ていると「北朝鮮が韓国を第一の敵として挑発行動を繰り返している」と放送があり、家族は日本も巻き込まれると不安に。戦争で在日米軍が出撃すれば日本も参戦したことになり、在日米軍基地も攻撃対象になる。番組では、ここで息子に「北朝鮮がミサイルを撃つ前に、日本が北朝鮮のミサイル基地を撃てばいい」と語らせる。妻が玄関を出ると偶然、隣人「田中幸子」と出会うが、彼女から「1カ月留守しますので」とあいさつを受けた。
ここで画面には「朝鮮半島有事が起こったら、北朝鮮は日本にこんなことを仕掛けてくる!?」の表示がなされ、ドラマは在日朝鮮人への猜疑心(さいぎしん)、恐怖心、嫌悪感を植え付ける展開となっていく。
海岸にはゴムボートで上陸した男が懐中電灯のライトを点滅させている。彼は北朝鮮から派遣された工作員という設定だ。それに応えライトを点滅させたのは隣人「田中」さん。彼女は土台人(工作員の協力者)で、「背乗り」(他人の身分を乗っ取り、その人に成り済ます)に協力するため、ここに来たのだ。「田中」は通名で、在日朝鮮人という設定だろう。「田中」は背乗り対象者として目をつけていたそば屋従業員「篠崎」と懇意になり、柏井(工作員)を取引先の人と紹介、3人で居酒屋へ行き篠崎を酔いつぶし海岸へ。そこで待っていた他の工作員が「篠崎」を北朝鮮へ拉致する。
ここで「解説者」として登場したのが、帽子・サングラス・マスクで人相を隠す「元警視庁公安部外事警察・勝丸某」。池上彰が「今でも背乗りは行われているのか?」と問うと、勝丸は「北朝鮮は特にやっている。身寄りのない40〜50代が狙われやすい」「年間8万5000人余の行方不明者がいるが、背乗りされている可能性がある」と〈事実〉のごとく語る。「暗躍する北朝鮮工作員」の字幕が出て、工作員役の役者に「戦わずして日本の力をそぐ。日本の防衛力は官も民もゆるい。国内機能をマヒさせ、在日米軍や日本を混乱させる」と語らせ、視聴者をさらに不安な気持ちに陥れる。
また画面に「北朝鮮はこんなことをやるかもしれない」の字幕が表示され、工作員が「田中」との会話で「①サイバー攻撃を行う。企業へのランサムウエア(身代金要求型ウイルス)でミサイル開発資金を調達。②ライフラインを狙う=送電施設を攻撃→東京を大停電に。原発も攻撃」と話し、日本で暗躍する工作員に協力する危険な在日朝鮮人と印象づけた。
日岡家の家族は、夫は仕事で韓国に出張、息子と娘は高校に。妻は自宅にいたが、突然「ミサイル発射、ミサイル発射、北朝鮮からミサイルが発射されました」と避難を呼びかける非常放送が流れ、慌てて身を守る妻。自宅近くにミサイルが撃ち込まれたが、妻、息子、娘はそれぞれの場所で安全確保ができた。
戦時下の韓国にいる夫から「日本人は釜山に集合し対馬に避難する」と妻にケイタイで連絡があり、無事が確認された。釜山港にいる夫と男女がすれ違ったが……あの「背乗り」で日本人に成りすました工作員と「隣人田中さん」だった。
シミュレーションドラマはここで終わるが、ゲストの4人は第一声で異口同音に「怖い!」「怖いですね!」を連発した。
池上彰は、「こういう事態になることもあり得ると番組を作ってみた。今も、日本に北朝鮮工作員がいると、日本の公安当局は見ている」とまとめ上げ、女子アナが「日本にいる朝鮮出身者が全員スパイというわけではありません」と慌ててフォローしたが、それは「一応、お断りを入れました」という制作側のアリバイ工作に過ぎない。
元公安勝丸某が制作に協力し、公安の偏見で解説する。こんな番組を見せられた視聴者は「北朝鮮は危険な敵国で、在日朝鮮人はその手先」という偏見と差別意識を刷り込まれる。かつて関東大震災の際、「朝鮮人が火をつけて回っている」などのデマで8000人余の朝鮮人が虐殺され、犠牲になった歴史的反省すら見られない犯罪的番組だ。