文化

映画紹介/『ガザからの報告』目を背けてはいけない「地獄」

 イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区侵攻から1年が過ぎようとしている。私もそうだが、この悲劇が起こったことで、いかに自分がパレスチナに無関心だったか、痛感させられた人は少なくないだろう。

 本作の監督・撮影・編集・製作を担った土井敏邦氏は、30年以上にわたってパレスチナとイスラエルの取材を続けてきた。「遠い国の人たちに起こっていることを伝えるときにまずやるべきことは、現地の人びとが私たちと『同じ人間である』と伝えること」と考える土井氏は、ある家族の生活を通して、また膨大なインタビューを通して、「ガザとは何か」を私たちに伝えようとしている。

*  *  *

 映画は2部構成。第1部「ある家族の25年」は、1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)が合意した協定・オスロ合意のころから始まる。ガザの難民キャンプで暮らすエルアクラ家の主人・アリは、ガザ地区の北十数キロにある村出身。約30ヘクタールの土地を持つ農家だったが、6歳の時にイスラエルの武装組織に村を包囲され、ガザへ逃れた。

 一家の生活は苦しい。狭い家に大家族が暮らす。ガザに仕事はなく、失業者であふれている。イスラエルへの出稼ぎも許可される者が限られる。イスラエル人より格段に安い賃金でこき使われるうえ、政情次第で簡単に出稼ぎ許可が取り消される不安定さ。衣食住に事欠き、イスラエルに生殺与奪の権を握られ、人間としての尊厳を奪われる。ガザは「天井のない監獄」と表されることがあるが、その表現そのままの暮らしを一家は強いられている。

 翌94年にPLOがパレスチナ自治政府として発足する。ガザの住民は狂喜乱舞するが、オスロ合意の内容では故郷に帰ることのできないアリは合意にも自治政府にも不満だ。

 数年後、自治政府には腐敗が見え始め、変質を批判する住民には弾圧も加えるようになる。そんな状況でも一家は少しずつ生活を改善させ、ささやかな幸せもつかむようになる。本作でほっとするのはこのあたりだけかもしれない。一家は最終的に、昨年からのイスラエル軍のガザ侵攻で音信不通となる。

 第2部「民衆とハマス」は、イスラム抵抗運動(ハマス)が2006年にパレスチナ評議会選挙で勝利、翌年からガザ地区を統治する時期から始まる。後にイスラエルによって暗殺されるハマス指導者や関連団体のスタッフ、戦闘員、ガザ住民へのインタビューを中心に、ハマス統治下のガザ地区の住民の素顔を撮影する。またその少し前まであったガザ地区内のユダヤ人入植地も取材している。

 ハマスも、自治政府に失望した住民の期待を集めて統治を担うが、のちに変質したと失望もされる。また昨年10月のイスラエルへの越境攻撃について、「ハマスがこの悲劇の引き金となった」と、土井氏に協力する現地ジャーナリストは猛烈に批判する。

*  *  *

 本作を見て少々心配になったのは「見た人に何が伝わるか」について。土井氏は現地の人の「生の声」を伝えることを重視している。見た人に「同じ人間である」との思いを持ってほしいからだろう。結果、第1部では自治政府に対する、第2部ではハマスに対するガザ住民の批判の声があふれ返っている。

 一方、世のマスコミは今回の事態を「ハマスのテロ攻撃から始まった」と説明し、家族を人質にとられたイスラエル人の苦悩もたびたび伝えている。結果としてイスラエルのジェノサイドの印象が薄まることが計算されているはずだ。こうした状況を考えると、「生の声」だけではやや説明不足なのではないか。

 土井氏自身は、もちろん現地の人に感情移入もしていると思うが、根本はハマスの問題だとは思っていないだろう。第2部でイスラエル人入植者(米国出身)は「ユダヤ人はこの土地にパレスチナ人より前から住んでいた。この土地の主人はユダヤ人。パレスチナ人は振る舞いがよければここで暮らすことを許すが、そうでなければ出て行ってもらう」などと言い放つ。このあまりに横暴な発言こそがイスラエルの本質・本音だ。自治政府やハマスの問題は、イスラエル占領下ゆえに起こる問題と考えるべきではないのか。

*  *  *

 率直に言って本作を見るのはキツイ。特にこの1年の状況は、かつて「ありったけの地獄を集めた」と言われた沖縄戦を想起させる。「鉄の暴風」が吹き荒れてるという意味でも。

 それでも、世の悲劇から目を背けたくないという人は見るべきだ。沖縄戦の証言のように、知ることの意味は大きいはずだ。(K)

-文化
-,