労働運動

ホームヘルパー国賠訴訟報告会の発言(1) 介護保険制度の構造問題を提起

 訪問介護ヘルパーが低賃金で劣悪な労働条件を強いられているのは、国が労基法違反状態を知りながら放置しているからだとして、女性ヘルパー3人が国に損害賠償を求めて訴訟を起こした。裁判は3月12日に最高裁が上告を棄却して高裁判決が確定、ヘルパー3人と弁護団は5月18日に東京で報告会を行った。介護保険制度の構造的な問題を数多く浮き彫りにする意義の多い裁判闘争となった。報告会での3人の原告と主任弁護士、支援した研究者の発言要旨を2回に分けて掲載する。(文責編集部)

国は労基法違反知っていた(原告の佐藤昌子さん)

 私が地裁に最初に出した陳述書の冒頭は「ヘルパーの仕事は、人を支え、人の人生を全うさせるのが仕事です。そして支える人もまた生活のある人です。その人を支えるのが国です」と書きました。

 ヘルパーの仕事は心身ともに疲弊します。拘束時間が長いのに出来高払いで賃金には結びつきません。事業所が求人を出せば倍率は13倍以上。この数字がヘルパーの置かれた状況を物語っています。

 生活を支えられる賃金が保障され、若者がヘルパー労働に価値を見い出さなければ、在宅介護はなくなります。この危機感から裁判を決意しました。

 私は60歳の定年後に資格を取り、地元の福島でヘルパーになりました。よい介護をすることがヘルパーだと信じています。慕ってくださる利用者さんもいます。それでも介護保険の労働条件はひどすぎます。

 私の事業所は広域介護が特徴で、東京23区の約1・8倍の広さを自家用車で移動し、片道40キロ超えも起きています。燃料費1キロ20円、賃金1キロ30円が支給され、介護保険では補償義務のない通勤費も同額で補償されますが、拘束に見合った賃金にはなりません。冬は積雪や凍結で移動に倍の時間を要します。朝8時のデイサービスのために6時には家を出る場合もあります。

 私の事業所では遠距離などさまざまなリスクがあっても利用者を断らないことをモットーとしています。しかしヘルパー不足でそれも難しくなっています。

 介護報酬には地域区分があり、同じ仕事でも報酬に差があります。一級地と福島を比較すると、福島は報酬が約1割低く設定されています。地方では車移動になるため移動の賃金やガソリン代が発生するのに不合理です。地方での事業所運営を困難にし、ヘルパーの低賃金と労基法違反を生んでいます。

 サービスが朝夕2回しかない場合は自宅に戻るしかありませんが、移動はA宅からB宅にしか支払われません。これも不合理です。

 利用者がキャンセルしたり入院したりすると収入は大きく変動します。万単位で減収し、単身者やシングルマザーも多いため、生活苦に陥ります。事業所に補償を求めると、「出してあげたいが、介護報酬は出来高払いのため、補償すると事業所の運営ができなくなる」と言われました。介護保険のサービスは提供時間ごとの定価払いによる報酬のため、ヘルパーは登録制・シフト制の出来高払いでしか働けない仕組みです。介護保険が悪質なのは、株式会社を参入させるために、代理事業と出来高払いにしたことです。

 吸引など医療にも踏み込んだケアも低賃金でヘルパーが担っています。認知症、精神疾患、利用者の重度化。ヘルパーはさまざまなスキルを要求されますが、研修費の保証はありません。事業所と個人の努力で支えられています。

 休みがまともに取れないほど人手が欲しいのに、サービスの需要は同時刻に集中するため、採用しても希望する賃金が支払えないという悪循環もあります。小規模事業所の抱える構造的な問題です。

 裁判をして分かったのは、国は最初から介護保険制度が労基法に違反することを知っていたということです。にもかかわらず介護保険制度をそのままにしていたことは違法であり、不正行為の行使に当たるのではないでしょうか。

 これからは外国人技能実習生の人権問題が必ず起きるでしょう。英国などはもう6割が外国の人だそうです。このような問題にも今後真剣になって取り組んでいきたいと思っています。

実態を見ようとしない姿勢(主任弁護士の山本志都さん)

 この裁判は2019年11月に原告3人で提訴しました。本当だったら労働時間であるはずの移動時間や待機時間、キャンセルなどに全くお金が払われないような状況があり、それはきちんとした仕組みをつくらなかった国に違法性があると訴えました。国賠訴訟だから国の責任で行われた違法な行為によって損害が発生してるので賠償してほしいと訴えて争いました。

 22年11月に出た地裁判決は全くの不当判決でした。地裁は、労基法違反みたいなことを言いたいんだったら雇い主に言え、というような判断でした。

 24年2月の高裁判決も賠償は認めず敗訴しました。しかし判決理由の中で、長年にわたって福祉の現場でヘルパーの労働条件などが原因で人手不足が非常に深刻な状況になっているが、それは事業所責任ではなく国の政策に問題があるからだ、などと述べました。敗訴判決では珍しいのですが、裁判所がマスコミ用に判決の用紙を準備して配っていました。つまり社会的に注目されるべきことだという扱いをしました。

 裁判の中で国側は一貫して、労基法が守れないのは事業所の問題で、国を訴えるのは筋違いだ、ちゃんとお金は払えるようにサービス単価を設定している、などと言い続けました。

 では、払えるようにサービス単価を設定していると言うのであれば、どんな調査をして、どんな実態があると認識した上でこの制度をつくって計算しているのかと聞くと、ずっと何も答えてきませんでした。高裁で初めて裁判所が一定程度議論を整理すると、結局のところ国は労働実態については何の調査も行っていなかったことが分かりました。事業所に対しては経営実態調査というのを行っています。厚労省はこの調査を根拠にして報酬改定をしているということが、整理の末に分かりました。

 しかし、これは事業所に質問して行う調査ですから、回答する余裕がないような事業所の実態は反映されません。事業所の規模の大小や所在地や施設の特性なども考慮されていません。事業所が調査に対して「自分ところでは労働基準法を順守していません」などと答えることはあり得ません。個々のヘルパーの労働実態を把握できる内容にはなっておらず、労働基準法違反で働かされてる人が多数いる実態はこの調査だけでは絶対分かりません。

 高裁判決の出る直前の1月、厚労省は3年に一度の介護報酬の改定を行いました。介護報酬全体は引き上げられましたが(まあ引き上げたといっても1・6%ぐらいで物価高騰の中では焼け石に水なのですが)、異様なのは在宅介護だけ全ての項目で報酬が引き下げられたことです。原告を含め、介護に関わっている人たちはみんな驚き、これまでにないほどすごく怒っていました。国は結局、小さい事業所はつぶれてもいいと考えていると思わざるを得ません。

 引き下げの理由とされたのは、先に述べた経営実態調査の結果です。ではどうしてこの調査の結果、引き下げることになったのか。たとえばサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)。実態は施設に近いのですが、在宅のカテゴリーに入っています。しかしサ高住では待機や移動の時間が生じないし、キャンセルも生じにくい。だから一般的には収益を上げやすい。この数字が訪問介護全体の収益を押し上げたような形になっています。

 しかし、実態を分けて数値を算出することは簡単にできるはずです。にもかかわらず、現実を見ずに「もう上がってるんだから切り下げていいんだ」という、ひどく乱暴で誰が見てもおかしい議論をして切り下げたことになります。

 訪問介護事業所は現在、半分以上が赤字です。サ高住ではなく、地域で実際に利用者の自宅を回っている、本当に私たちがイメージするホームヘルパーの仕事をしているような事業所の昨年度の倒産件数は史上最高でした。

 原告はみんな「ケアを社会の柱に」との目標を掲げてこの裁判を闘ってきました。介護に関わる制度の構築は、原告のように介護に携わっている労働者のみならず、サービス利用者やその家族、納税者、社会を構成する全ての人にとって自分自身の課題で、これからも向き合っていかなければならないと思っています。

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