解説

【Q&A】中国は本当に「敵」「脅威」なのか(3)南シナ海問題はどうして起きた?

Q:中国は南シナ海のほぼ全域を自国の領海だと主張しています。ちょっと無理があるように感じます。大国主義で強欲なのではないでしょうか?

A:中国政府は、大国主義だからではなく、歴史的根拠があるので、南シナ海を自国の領海だと主張しています。しかもその歴史的根拠は、かつて日本がつくったものです。その経過を抜きに日本が中国を批判するのは無責任なのではないでしょうか。

 マスコミで「南シナ海の領有権問題」を図解される際によく見るのが、中国が南シナ海における権益を主張する領域を示す「九段線」です。そのエリアは南シナ海のほぼ全域に及んでいます。何も知らずにこれを見れば、「フィリピンやベトナム、マレーシアの庭先まで自国のエリアだと言っている」ように感じるかもしれません。

 しかし、中国の主張には歴史的な根拠があります。日本の私たちには、その経過を知る責任があります。

日本の「自国領(台湾)」への編入が発端

 南シナ海には200以上の島がありますが、人が住めるほどの陸地がある島はほとんどなく、多くは満潮時にわずかに水面から頭を出すぐらいの「岩」や、干潮時にしか頭を出さない「低潮高地」です。このような状態なので、近代以前、西沙・南沙諸島は、領土として扱われるというより、どちらかというと「航行の障害物」とみなされていました。

 しかし19世紀に入ると、近代的な国境概念に基づき、島々を領有しようとの試みが始まりました。中国(清朝)やベトナム(阮朝)が調査隊を派遣したりしていました。20世紀に入り、ベトナムを含むインドシナ半島を植民地化したフランスと、植民地化した台湾を拠点に東南アジアへの南進を図っていた日本が参戦し、領有権争いは本格化しました。

 日中戦争勃発後の1939年、日本は西沙・南沙諸島を「新南群島」として領有を宣言し、台湾(台湾省)に編入しました。主要な島々を占領し、部隊を派遣し、気象観測所などの情報収集拠点を築きました。欧州でナチス・ドイツと対峙(たいじ)していたフランスはこれに対抗できませんでした。

中国が主張する九段線と台湾が主張する十一段線。南シナ海全域の領有を主張するのは同じだが、日米両政府は中国だけを批判している。明らかな二重基準だ。

 1945年の日本の敗戦により、台湾は再び中国(中華民国・国民党政権)の領土となりました。「日本が台湾省に編入した西沙・南沙諸島も中国の領土」というのが国民党政権の認識で、1947年には南シナ海に「十一段線」を設定しました。その後の中国革命で政権が代わりました。中華人民共和国(共産党政権)は1953年に十一段線を修正し、「九段線」を設定しました。ホー・チ・ミン政権下のベトナムに配慮し、十一段線からトンキン湾付近の線2本を除きました。

 現在、西沙諸島は中国が全域を実効支配していますが、南沙諸島はベトナムが最大の29カ所を支配しています。以下、フィリピン9、中国7、マレーシア5で、台湾は2だけですが、一等地とも言える南沙諸島最大の太平島を支配しています。

 ベトナムが優勢なのは、日本敗戦後にインドシナ半島に舞い戻ってきたフランス、そして米国の傀儡(かいらい)として一時期存在した南ベトナムが熱心に実効支配を進めたからです。ここにも植民地支配の歴史が引き継がれています。

 この後、石油資源の存在が明らかになったことなども手伝い、1970年代にはフィリピンやマレーシアも領有権問題に参入し、現在に至る構図が出来上がりました。

 自国の歴史を知らないのか、あるいは知っていても知らぬ顔をしているのか、どちらにしても、日本政府やマスコミが一方的に中国を批判することは無責任で恥知らずであることは疑いようがありません。

「問題」を外交カードにしたい日米両国

 日本は、あるいは米国は、南シナ海の領有権問題の当事者ではありません。にもかかわらず、この「問題」に強い関心を示し、最近はフィリピンのマルコス政権に肩入れして軍事支援までしてこの「問題」で騒ぎ立てています。

 2016年、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、中国が主権を主張する南シナ海の境界線「九段線」は、国連海洋法条約に基づき、国際法上の根拠がないと認定しました。この認定を受け、日本や米国は鬼の首を取ったように狂喜し、「錦の御旗」として「中国は国際法違反」と主張しています。ですが、歴史的責任のある日本に中国を批判する資格がないだけでなく、米国にもその資格はありません。

 実は、米国自身は国連海洋法条約を批准していません(中国や日本は批准)。海洋法の領海規定を額面通りに守れば、米海軍が世界を股にかけて活動することが規制されるためです。米国は、自らは守ると約束していない法を、他国には守れと言っているのです。いかにもこの国らしい厚顔無恥な二重基準です。

 二重基準といえば、実は台湾も現在に至るまで依然として十一段線を主張しています。台湾が南シナ海全域の領有を主張していることは批判せず、中国だけを「大国主義」「強欲」と批判しています。なぜ中国だけが目の敵にされるのでしょうか。

 2013年に中国が実効支配地を大規模に埋め立て、滑走路やレーダー基地施設を設置していることが問題とされました。これを主に日米両国は「軍事拠点化だ」「一方的な現状変更だ」騒ぎ立てました。しかし、領有各国はみな、大なり小なり同じように埋め立てや軍隊配備を行っています。ことさら中国だけが批判されることはフェアではありません。

 また日米は「南シナ海は世界経済の大動脈」などと呼び、米国は「航行の自由」なる作戦の一環としてたびたび南シナ海に駆逐艦を派遣したりしています。しかし、中国によって南シナ海の物流が脅かされている事態は具体的に確認できません。「防衛白書」などでもその類いの記述はありません。

 では結局、何が「問題」なのか。南シナ海の「問題」は、主に2011年に米国のオバマ政権がアジア・リバランス政策を打ち出した時期から始まり、2013年に中国が「一帯一路」を打ち出して以降強まっています。台頭する中国を抑え込む戦略上の「外交カード」とするために、南シナ海の領主権問題を日米が焦点化し始めた。これが実態でしょう。

当事者同士で解決を、日米は手を引くべき

 南沙諸島は、実効支配地が複雑に入り組んでいて、しかも国境が画定していないので、この地域にトラブルがないわけではないのですが、1988年に中国とベトナムが軍事衝突(スプラトリー諸島海戦)して以降は大きな衝突は起きていません。最近のニュースでも「中国がフィリピン船に放水」などと報じられていますが、死者が出るほどのものではなく、銃乱射事件の絶えない米国内などよりよほど安全です。奪い奪われのような事態は起きていませんし、当事国同士で衝突を避ける協力体制もできています。

 各国とも支配地の観光地としての開発に力を入れていますが、それは南シナ海が安定的に平和であることの裏返しでもあります。

 アジアやアフリカなど、かつて帝国主義によって植民地化された地域の国境線は今なお対立の火種となっていることが多く、「時限爆弾」などと評されることもあります。難しい問題なのですが、現在当事国はかなり平和裏にこの問題に対処していると言えます。

 日本が、米国のアジア戦略に従って「外交カード」として南シナ海問題に手を突っ込み対立をあおることは、この問題に関する「負の遺産」があることを踏まえると「二重の犯罪行為」とも言えるのではないでしょうか。

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