労働運動 インタビュー

2024年は歴史的な春闘に 価格転嫁・賃上げを中小・地方に広く波及させたいーー安河内賢弘・JAM会長に聞く

 JAM(ものづくり産業労働組合)会長の安河内賢弘氏に、24春闘や政治課題について聞いた。安河内氏は、24春闘は中小労働運動が大いに注目をされ、成果をかちとった「歴史的な春闘」だったと総括した。また今後は、中小企業やものづくり産業がもつ価値を認めさせ、価格転嫁を広く及ぼしながら、地方や単組の賃上げへの切実な要求や努力に応えて、さらに運動を強めていきたいと述べた。中小労働運動の新たな展開が進んでいる。(文責・編集部)


——JAMの24春闘全体の状況は?

安河内
 この春闘はまさに歴史的な春闘だった。JAM組織内の全体の賃上げは定昇込みで1万1782円(5月14日集計時点)、ベースアップでは平均で8000円を超え、うち中小は7300円程度。1999年のJAM結成以来、過去最高の賃上げとなった。

 マスコミがよく使う率では、中小のところは4・43%、うち定昇分が1%から1・5%程度なので、物価上昇分はベースアップだけでしっかり取れたかたちだ。昨年の賃上げは、物価を下回ったことで、私は早い段階から「過去最低の春闘であった」と強調して、今年の春闘では力強い方針を立て直し、昨年より3000円高い12000円の要求基準とした。

 その結果、満額の12000円台を取ったところがピークとなった(図)。その次は1万円台。ここはまっとうな交渉ができた単組だと思う。次は5000円台で、定昇込みで何とか物価上昇分の3%を超えようとした。

 今回は、従業員規模300人以上から999人までの中堅企業でも、満額や1万円台のところがピークになった。これまで中堅企業は下請け法の対象外で経営実態がすごく厳しかったが、今回は一定の公正取引、付加価値の適正分配の取り組みが実現をしている可能性がある。

 問題は、従業員規模300人以下のところ(図)。グラフの形が図1とは全然変わっている。5000円台のところに大きなピークがあって、その次がゼロ台のところとなっている。ゼロ台だったところがこれだけあったというのは、世の中の流れに完全に取り残されている仲間たちがいるということ。これは決して忘れてはいけない。

中小企業がつくり出す正当な価値を認めさせる運動を

——今回の、政府、財界、そして労働組合の価格転嫁の取り組みでは、どんな成果がありましたか。

安河内
 政府が行った施策のうち、税制優遇措置で賃上げが誘導されたことはほぼない。取引慣行の問題では、経団連を含めて大手企業が少し目の色を変えて取り組んだということがあったのは事実。自動車部品工業会、自動車総連、JAMの共同のアンケート調査(3Jプロジェクト)などいろんな動きがあった。

 ただそれが全部が全部、中小下請けまで届いてはいない。JAMの組織内でも、取引先から価格転嫁をちゃんとやると言っておきながら5月になってもなしのつぶてで、これまで同様に部品価格の値下げだけが行われたところもあった。

——大手のメーカーが価格転嫁にある程度応じたのは、どういう背景があるのでしょうか。

安河内
 今期、過去最高益を出してるメーカーが多数ある。それを今サプライチェーン全体、中小企業に還元しなければ本当に日本でものがつくれなくなることに対する危機感があると思う。

 ただ本質的には、今労務費が上がっているから、エネルギー価格が上がっているから、あるいは原材料価格が上がっているから、価格転嫁をしなければならないというのではなくて、そもそもこれまで中小企業がつくり出してきた価値を取引企業が認めていないということこそ問題にしなければならない。中小企業の利益が抑えられ、賃金も上がってこなかった。大企業にはこれに真摯(しんし)に向き合って猛烈に反省してもらって、世の中の流れを変えていく必要がある。

——賃金カーブの問題もありますね。

安河内
 これは全国的な傾向だが、初任給を上げても 、50歳代はむしろ下がっている。そのことで若い人はむしろ将来の夢を持てないから結局辞めていくという矛盾がある。ものづくりの熟練した技能をもつ層がまっとうに評価されていない。中小企業ではそのためにも原資を確保しなければならない。

 汎用品の商品をつくっている会社など、競合他社がいて価格の交渉などできないという経営者も多くいる。賃金ダンピングによって過当競争を強いられている。特定最賃、産業別の最低賃金の役割をしっかり捉え直す必要がある。

——M&A(合併・買収)による影響はどのように出ていますか?

安河内
 最近は非常に増え、なかには悪質なM&Aも多くある。転売目的で会社を買って、リストラと賃下げをやって利益が跳ね上がったときに売る。明らかに違法だが、労働組合がないことがM&Aの条件だと経営者に突きつけて労働組合の切り崩しをやったり、労働契約の一方的な破棄のような手法を使ったり。大量の派遣労働者を名義上入れて組合加入率の過半数を切らして全部権利を取り上げるとか。

 JAMのなかでも、とてもニッチな技術を持ったところが狙われて大変な苦労をしてきた。徹底的に闘って追い出さないといけない。日本コンベヤ労組の場合は、何年もかかってやっとはねのけたが、労組執行部は、最後まで1人も欠けずに団結をして闘った。賃下げされ、さまざまな攻撃があるなかでも歯を食いしばって耐えた。非常に大きな闘争だった。

ふるさとの中小企業で働くことは「負け組」ではない

——今年の春闘で、現場の単組ではどんな変化がありましたか?

安河内
 中小企業というのは地方に多く点在している。山陰地方でも、私の出身の四国地方でも、中小・中堅企業が中心で、中小企業を守ることは地域を守る取り組みそのものだ。地元で働くことが積極的に選ばれる、ふるさとの中小企業で働くことは決して人生の負け組ではないという社会をつくらないといけない。

 先日、鳥取に行ってきた。30歳代後半ぐらいの若手の組合リーダーたちが、「地域のための春闘」ということをみんなで話し合おうと、自主的に会をつくって月1ぐらいのペースで会合をしてきている。鳥取は賃金で全国から遅れてしまっている、格差是正をしなければいつまでたっても貧しいままだ、このままでは鳥取で働く人間がいなくなってしまうという強い危機感がある。「命がけの春闘」だと言っていた。単組の若いリーダーたちが熱心にやっているのは、逆にいうとそれだけ困難があるということだ。

 そういう心のある労働組合のリーダーが春闘の中で生まれつつある。やっぱり交渉の中でしか組合のリーダーは育たない。それを地方からやっていくってことが非常に重要だと思う。現場に入って議論をしていく必要がある。しっかり職場で闘い、労働者から信頼されることが労働組合運動の大前提だ。

 このところ、中小労働運動が重要だという考えがいろいろな形で広がり、私も取材を受ける機会が増えた。しかし、仮に今年価格交渉で価格が上がった中堅・中小企業も最終的にそれが収益として積み重なるのは来年の3月だ。だから中小の本格的な賃上げの展開が始まるとすれば来年の春闘からだ。来年は本当の勝負になると思う。

 2%の緩やかな物価上昇の中で、3%のベースアップが今後 年間連続して行われなければ、国内外の賃金の格差は解消していかないと今強く訴えている。

平和を守る決意、労働組合として

——安河内さんは、重大な岐路にある日本の政治、外交問題でも積極的に発言されていますね。

安河内
 岸田首相は、4月の日米首脳会談の際の演説で、日本が世界の裏側まで行って米国に追従して戦争するかのような発言をした。極めて軽率だと思う。

 そういうなかで経団連が政府に先立って1月に訪中したりする動きがある。アジアの経済のなかでも日中関係は切り離すことができない。

 労働組合でも日中間の交流を再開することが問われている。何とか復活させたい。民間でしっかり人と人とがつながることが大事だ。

 米国隷属みたいな今の岸田政権の状況に対して、もっとスポットを当てていくべきだ。全く役に立たないトマホークを高い金で購入させられ、次期支援戦闘機も、独仏とではなく英伊との共同開発など、米国の意図が見え隠れしている。今の憲法論議も軽薄な議論が多い。

 われわれ労働組合はあくまでも平和を守るということを、全体で確認していく必要があると思う。私も責任のある立場でもあるので、平和を守る覚悟ということをもっと内外に発言していきたいと思っている。

——心強いです。本日はありがとうございました。

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