談話・声明

沖縄県知事選を受けて/県民と高市政権との矛盾激化は必至

日本労働党九州・沖縄地方委員会 長嶺 薫

 全国的に注目されていた沖縄県知事選が9月13日投開票され、高市自民党や国民民主党、参政党、公明党県本などが推す古謝玄太・前那覇市副市長が得票総数42万3124票を得て、現職の玉城デニー知事が得た27万6060票を大きく上回る得票を得て当選した。投票率は61・57%と、前回を3・65ポイント上回った。

 わが党はデニー知事を支持し、その勝利へ尽力したが今回の結果についてお詫びする。同時に、高市官邸挙げてのデニー県政つぶしとSNSを中心としたデマ宣伝に惑わされることなく、デニー再選に立ち上がった県民に敬意を表する。併せて、デニー再選へ闘ったすべての政党、議員、労組や市民団体の皆さんに心からの敬意を表するものである。

闘いから誕生したデニー県政

 2018年に誕生した玉城県政は1945年の米軍直接統治、そして1972年のいわゆる「本土」復帰、そしてこんにちに至るまで県民の安心・安全を脅かす米軍当局と基地を押し付け続けてきたわが国歴代政権に対する県民の闘いのなかから誕生した。

 2013年1月にはのちに翁長雄志・那覇市長(当時)を先頭にした上京団が、当時の安倍晋三首相にオスプレイの配備撤回、普天間基地の撤去と県内移設断念を内容とする建白書を手渡し、実現を迫った。

 これまで自民党を支持してきた県内経済界にも「米軍基地は経済発展を阻害している」という意識が広がり、翁長市長をはじめとする保守層も合流し、建白書の実現を求める「オール沖縄会議」が発足、「イデオロギーよりアイデンティティ」をスローガンに2014年の県知事選で翁長市長が勝利した。

 そして、任期途中で病に倒れた翁長県政の遺志を継いだのがデニー県政であった。デニー県政は辺野古新基地建設に一貫して反対し、中国敵視の自衛隊の「南西シフト」に異議を唱え続けてきた。そして、県独自の地域外交を展開、中国など周辺国・地域との友好関係構築に注力してきた。北東アジア地域自治体連合(NEAR)への加入やアジア太平洋地域の平和発信拠点等の整備にも積極的に動き出していた。

 だからこそ、こんにちの高市政権に至るまで対中敵視の歴代政権はデニー県政の破壊・転覆を幾度も策してきた。

「変化」望んだ県民

 全国的にも長引く不況と物価高、資源高が深刻だが、沖縄県民にはより重くのしかかっている。

 デニー県政は発足直後から、子どもの貧困対策基金を30億円から60億円へ倍増させ、子ども通院医療費を中学卒業まで窓口無料化を実現させ、2期目も「県民のいのちと暮らしを守る」を基本にすえ、コロナ禍からの復興、自立型経済の構築に全力を挙げてきた。低所得者には最大10万円、子ども一人に5万円を支給、中学までの給食費や医療費の無料化を実現するなど生活苦に直面する県民に寄り添う政策を次々と実現させた。また、離島・過疎地域の振興でも成果を出してきた。

 税収入も、自民党県政時代から約2倍に上り、九州7県と比較してもその伸びはトップクラスとなった。今回の選挙では3期目に向けて、物価高騰を上回る賃金水準を引き上げること、中小企業の資金調達支援の強化など、県民生活の底上げに向けた政策も打ち出していた。

 だが、対する古謝陣営は「県民所得倍増」「県民所得を2倍に増やす」などと叫んで、生活に苦しむ県民の歓心を買った。「中央とのパイプ」論も一定説得力を持った。また、高市官邸筋は「GW2050 PROJECTS」、那覇空港の機能強化、モノレール延伸構想などの各種ビッグプロジェクトに対する大型支援をチラつかせ、県経済界や自民県連、地元首長などを締め上げながら、「県政奪還」を図ったのである。その「ご褒美」の一つが古謝当選翌日の「沖縄振興予算3000億円台」である。

 この間、デニー県政の努力によって県民所得の伸び率は5%を超えたが、年収は200万円台を推移、全国平均より120万円近く低いという状況は変えることはできなかった。

 だが、その責任の一切をデニー県政に求めるのは論外である。むしろ沖縄は、県土の約20%、とくに平坦部を米軍基地に占領され、しかも歴代政権が政治的圧力で沖縄県への一括交付金を減額し続けていることなど、中央政治の圧力によって県民経済の発展を阻害され続けてきたと言っても過言ではない(その証拠が「沖縄振興予算3000億円台」だ!)。

 だが、長引く生活悪化に苦しむ県民は「変化」を求めた。これまでの実績を強調し、その拡充を図るといういわば「現実的」「具体的」政策は結果として響かなかった。

求められていた新たなビジョン

 大田昌秀県政時代に「基地返還アクションプログラム」と「国際平和都市形成構想」が打ち出された。同プログラムは段階的に米軍基地の整理・縮小を図り、最終的にはすべての米軍基地の撤去をめざすという構想だ。そして、「平和都市形成構想」はその返還後の跡地利用について沖縄の地理的優位性、自然的特性などを生かし、アジア・太平洋諸国と提携・協力を強化し、自立的な発展を図るというものだ。極めてダイナミックな構想であると同時に現在にあってもその理念は色あせていない。

 対中敵視を強める高市政権の下、沖縄本島から宮古・八重山に至るまで、米軍や自衛隊の基地機能の強化・拡大が進むなか、これに対抗するため、改めて、こうした「脱軍事」と「アジア重視」のビジョンを打ち立てることができれば、多くの県民にとって新しい選択肢となり得るのではないか。

 デニー県政は「地域外交」を積極的に展開してきた。県民の経済的利益は中国などアジア諸国との経済関係の発展によってこそ向上させることができる。琉球王国時代、中国をはじめ、周辺諸国と「大交易時代」とよばれる一時代を築いた歴史をもっている。

 以降、県内の各界の方々にもぜひ検討していただきたいし、私たちも一定の役割と責任を果たしたいと思っている。

問われる野党中央の態度

 また、デニー県政を支えるべき国政野党の問題についても指摘しなければならない。いわゆる「オール沖縄」を形成する各党が「デニー勝利」へ懸命に奮闘したことを認めた上で、いくつかの野党中央に対しては厳しく批判しなければならない。

 中道改革連合は公明党出身者を抱えている党内事情、またそもそも辺野古新基地建設や自衛隊の南西シフト、対米従属政治に対して反対しておらず、「自主投票」という無責任な態度であった。その上、知事選最中に「分解」を決めた。公明党県本もこの間における県内での「自公協力」の延長線で古謝氏への推薦を決め、中央も追認した。

 また2月の総選挙での2区における社民党中央による「独自候補」の擁立が、自民党の議席確保を許し、「デニー再選」に向けた流れに水を差した。

 十分な総括と反省を強く求めたい。

矛盾抱えスタートの古謝県政

 古謝県政がスタートする。だが、その発足から多くの困難が立ちはだかるだろう。

 多くの有権者の歓心を買った「県民所得倍増」はどのような道筋で実現するつもりなのか。たとえ保守県政であっても、今の高市政権は沖縄の「経済的自立」を許さないだろう。「本土復帰」以降に誕生した保守県政下でも、米軍基地を押し付けられ、本土資本による収奪が続いてきた。そして、こんにちの高市政権である。台頭する中国への対抗を強め、沖縄を戦争に引きずり込むことさえ策すこの政権によって、自衛隊含む沖縄の基地は強化・拡大される。基地があるがゆえの事件や事故は続くであろう。基地は経済発展の阻害要因である。

 旧日本軍による住民虐殺、「自決」強要という沖縄戦の歴史的事実を否定するような参政党や日本保守党は今年3月に起きた辺野古におけるボート転覆事故を利用しながら、沖縄の平和教育への介入と破壊を強めるだろう。

「沖縄のことは沖縄が決める」

 県内では今回の知事選と同日投開票で多くの市町村議員選挙が行われた。全体的に保革を問わず、新旧交代が目立った結果であった。わが党も若干名の議員・候補者を支持し、勝利へ貢献することができた。いずれにしても、こうしたことも県民が「変化」を求めていた証左であろう。

 「デニー危うし」が報じられた選挙戦最終盤には多くの女性や若者が立ち上がり、うねりをつくり出した。力関係全体を変えることはできなかったが、以降の県民運動にとって重要な財産である。

 沖縄県民は、戦後の米軍統治時代からこんにちまで、何度も「島ぐるみ」の闘いに立ち上がってきた。県民とわが国中央政権との摩擦・矛盾は深まらざるを得ない。そして、古謝県政もその摩擦と矛盾の淵に立たされるであろう。あくまで中央政権の側に立つのであれば、多くの県民の反発と怒りを呼び起こすに違いない。

 わが党は、労働者など県民大多数に根差しながら、高市政権に反対し、「沖縄のことは沖縄が決める」という県民の行動を支持する。

※編集部注 本文書は10月3日に発生した那覇市での米海兵隊員による強盗殺人事件以前に執筆された。

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