OSSの社会主義的要素
ソフトウェアのソースコードが現代資本主義における生産手段の一つとすると、Windowsなどの製品化されたソフト(生産物)は企業が私的に所有し、販売される。開発過程は利潤の源泉である。
OSSではソースコードを特定の所有者が独占することはなく(共有財産)、開発・改善が協働で行われ(協働による生産)、成果は全体に還元される(非搾取)。利用者はソフトウェアを無料で利用できるだけでなく、一定の知識さえあれば開発者(生産者)にも転化し得る。この点でOSSは、社会の知識・技術・協働能力が結晶化した生産物であり、公共財、社会的共有物に近いといえるかもしれない。
開発過程で重視されるのは、企業の利潤獲得ではなく、「技術的優越」「公共財としての価値」である。開発者はほとんどの場合はどこかの企業に所属する労働者だが、OSSの開発は休日などの業務時間外に行われている。要するにボランティアである。彼らは報酬を得ることを目的とせず、開発に貢献したという「評判」をインセンティブとしている。ある種、OSSは開発者にとっては「自己実現・学習の場」と認識されているとも言える。労働と教育の境界があいまいになっているのである。
これは、マルクスが述べた「各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件となる」(共産党宣言)に近い姿といえるかもしれない。

Free BSDのマスコット(BSDデーモン)
OSSは資本主義を支えてもいる
一方、OSSは資本主義の中で発展してきたもので、存在自身は「反資本主義」ではない。
Googleなどの巨大テック企業は、自らのクラウドサービスをLinuxなどのOSSで構築している。OSSを利用することで、サーバー機器などを低コストで導入できるからである。当然ながら、テック企業が手に入れる利潤は極大化することになる。
OSSの管理団体も、企業を排除するものではない。特にLinuxの管理団体であるLinux Foundationは、実質的には企業の連合体である。参加企業は、Google、IBM、Intel、Microsoft、Metaなどの米巨大テック企業だけでなく、富士通、日立製作所、NECなどの日本企業、中国からもHuawei、Tencentが加盟している。OSSにおける企業の影響力は、ますます上昇している。
開発が非賃金化されているという問題もある。開発に意義を感じ、ボランティアベースで行われた労働が、企業の収益と化しているのである。開発者が自発的に参加しているとはいえ、企業は公共財を私的に、しかも一方的に利用している。「やりがい搾取」の最たるもので、労働と余暇の境界が消失することで、搾取もまた極大化されている。資本主義は、余暇をも労働に変換し、資本の増殖のために利用するのである。ただし、業務として、社員をOSS開発に従事させる企業も増えている。
OSSは資本主義の外部ではなく、むしろ近年の「デジタル資本主義」を強化し、統合されている。つまり、資本主義の内部に現れた「非資本主義的生産様式」だが、資本主義を強化するために使われていると概括できる。
OSSをめぐるさまざまな見解
OSSを社会主義的な視点から論じてきた人物には、アントニオ・ネグリ、ヨハイ・ベンラー、クリスチャン・フックス、ニック・スルニチェクらがいる。
ネグリは、協働・知識・ネットワークが生産力の中心になると主張し、OSSを「マルチチュード(多数性)」による「協働的生産の典型例」として、資本主義の内部に現れる「ポスト資本主義的生産様式」と位置づけた。
ベンラーは『ネットワークの価値』において、OSSを「コモンズベースのピアプロダクション(協働による価値創出)」「資本主義の外部にある協働的生産様式」として評価した。
フックスは、OSSにおける「無償労働」を批判的に分析し、デジタル資本主義を批判した。
スルニチェクは『プラットフォーム資本主義』で、OSSは「公共性」と「資本の包摂」が衝突する矛盾領域であると指摘している。
社会主義者ではないが、『限界費用ゼロ社会』で知られるジェレミー・リフキンも、OSSを高く評価し、新しい経済モデルの中心に位置づける点で、ネグリに近い。リフキンは、デジタル技術の発展によって「限界費用(追加生産コスト)がゼロに近づく」と主張し、その典型例としてOSSを挙げている。リフキンは、資本主義の次に来る社会を「協働型コモンズ」と主張する。OSSは①市場外で成立する生産様式、②利潤動機ではなく協働・共有が中心、③知識が公共財として蓄積される、④参加者が水平的に結びつくネットワーク構造という点で、「協働型コモンズ」の実験場だという。
リフキンの見解の特徴は、OSSが資本主義の内部から成長していることに関し、「資本主義の生産性向上が、逆に『共有財の拡大』を生む」としていることである。彼はOSSが資本主義の発展に利用されていることを否定的には描いていない。共有財をより拡大させる生産様式=社会主義は、彼の「考慮の外」にある。社会主義を正面から掲げられない、リフキンの限界を示してもいる。
このように、OSSの発展が資本主義の下での私的所有を克服し、「次の社会」を準備する要素の一つことが明白になりつつある。
OSSは一般知性の具体的な形態
マルクスは『経済学批判要綱』で「一般知性」、すなわち「社会全体に蓄積された科学知識・技術・知的能力が、生産力として直接機能する状態」を予見している。
資本主義の初期においては、生産力の中心は労働者の肉体労働であった。これが産業革命、さらに近年のICT(情報通信技術)に代表される高度に発展した資本主義下においては、科学・技術・知識の比重が増大する。マルクスの時代、主に問題になるのは機械の進歩であった。マルクスは、機械を単なる道具ではなく、科学、技術、社会の知識が物質化したものと位置づけた。「機械=一般知性の結晶」である。
そう考えれば、現代の情報化社会における一般知性には、AI(人工知能)、インターネット、分散型ネットワークなどがあげられよう。
前述の研究を踏まえると、OSSは、一般知性の具体的な形態の一つと言える。
OSSは他の技術と比べても、一般知性の特徴を多く備えている。改めて整理すると、①知識が共有され誰でも利用できること、②非市場的動機による開発者の協働が価値を生んでいること、③生産物が非競合的であること、④改良がコミュニティ全体に還元されることである。
資本主義を否定する「次の社会」の諸要素は、資本主義の内部で生まれ、発展する。だがそれは、私的所有という生産関係に制約され、十全な発展が押しとどめられる。
繰り返すが、現代資本主義社会においては、一般知性は資本主義的生産様式、企業の利益に役立つ範囲でしか利用されず、大多数の労働者・人民のための発展はあり得ない。OSSも同様である。
現状、一般知性・OSSは巨大テック企業による支配を通じて、資本主義的搾取構造、資本の価値増殖の手段として包摂されている。他方で、社会主義的な協働の可能性をはらむことで資本主義社会を克服する可能性を持つ、きわめて矛盾に満ちた存在なのである。
OSSの巨大な発展は、社会主義の下でこそ実現できる。賃金が十分保証され、労働時間が短くなれば、開発者がOSS開発に費やせる時間は飛躍的に増大する。誰もが無料で利用でき、開発にも参加・貢献できる、そのような共有財に基づく社会の萌芽は、すでに育っている。
労働者階級による政権奪取を通じて、一般知性の発展をおしとどめている古い生産関係を破壊し、さらなる発展の道へと解放することが、先進的労働者の任務である。(О)