文化

映画紹介/『歌声にのった少年』 パレスチナの現実と抵抗、歌に乗せて

 イスラエルは昨年10月以来、パレスチナ・ガザ地区で大虐殺を続けている。すでに4万人が殺され、行方不明者も1万人を超えている。イスラエルはレバノン、イエメン、さらにイランにも攻撃を仕掛け、戦争は拡大の一途である。

 ホロコーストは映画をはじめさまざまなシーンで描かれているが、イスラエルの蛮行が西側社会で報じられることは少ないし、文化面ではさらにわずかである。

 本作「歌声にのった少年」は、ガザ地区難民キャンプ出身の歌手ムハンマド・アッサーフが、エジプトのタレント・オーディション番組で優勝するまでを描いた、実話に基づく映画である。

 ムハンマド少年は、姉のヌールや友人と自作の楽器を持ち寄り、バンドを組んでいる。魚を獲って稼いだカネで楽器を買い、パーティーなどに出演し始めるが、腎不全のヌールは貧困ゆえに治療を受けられず亡くなってしまう。

 その後、失意のムハンマドはタクシー運転手として働いていたが、友人の励ましを受け、「スターになって世界を変える」という姉との約束を思い出す。そして、ヤミ業者による偽造パスポートでエジプトへの越境を試みるが……。

 単なるサクセスストーリーではない。

 映画の約半分は、ムハンマドの少年時代である。イスラエルが建設した分離壁、空爆で廃墟と化した町、ガザとエジプトを結ぶ地下トンネル、戦禍で障害を負った多数の人びとなど、「厳しい」という言葉さえあまりに軽く感じるほどの、パレスチナの現実が「これでもか」と描かれている。

 ムハンマドの優勝に、パレスチナ住民は狂喜した。映画でも実際の映像が使われており、かれらの心情を推し量るに十分だ。

 ハニ監督は「パレスチナではこの60年間、敗北の物語しかありません。しかし今、われわれパレスチナ人が待ちに待った成功の物語を手にしました」と、制作の意図を述べている。

 映画制作のための資金の約7割はパレスチナを含むアラブ圏で集められ、出演した子どもたちは、ガザ現地でのオーディションによって選ばれたという。その子役たちの熱演は涙が出るほど素晴らしい。

 ムハンマドは、実際には合法的にエジプトへ出国しており、映画のすべてが事実ではない。友人のウマルがハマス(イスラム抵抗運動)に加わっているのも、ありそうなことだが演出であろう。

 今や世界的な歌手となったムハンマドだが、帰郷する際は、ガザを封鎖しているイスラエルによる特別の「許可」が必要だ。昨年以降は、それさえ不可能になっている。自由な帰郷を認めないイスラエル政策は、植民地主義そのものである。

 米国は、そのイスラエルをあくまで支援し続けている。日本政府も、基本的に米国と同じである。大虐殺をやめさせるには、加担する日本の政策を変える以外にない。

 ムハンマドの美しくももの悲しく、こぶしの利いた歌声は、YouTubeで視聴できる。その歌声は、パレスチナの人びとの抵抗の意思の発露である。

 最後に、ムハンマドが歌う曲の歌詞を、一部紹介したい。

 愛するパレスチナ、アラブの人びとよ
 祖国の何と尊いことか
 クーフィーヤ(男性用頭巾)を掲げよう、高く空中に振りかざそう
 最初の号砲が旅の物語を告げる
 時がくれば、僕らはすべてをひっくり返すだろう
 祖国よ、あなたのために僕らは立ち上がる
 闘いの日、僕らは勝利への道を照らし出すだろう

ムハンマド・アッサーフが優勝したオーディション(実際の映像)

(K・2019年6月15日号掲載記事をリライトしました)

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