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映画紹介/『はだしのゲンはまだ怒っている』

 よくできたタイトルだ。ゲンはまだ何に怒っているのか。そんな疑問を持って観客を鑑賞に臨ませる、よくできた仕組みだ。

 名作漫画『はだしのゲン』の主人公ゲンは、作中でずっと怒り続けている。原爆そのものや投下した米国に限った話ではない。戦争を招いた天皇を頂点とする軍国主義、さらには戦争を起こす人間そのものにも怒りが向けられている。

 漫画では、かつての戦争の時代が余すところなく描かれている。戦中の国民総動員体制下での戦争協力強制や思想弾圧、地獄の被爆体験、荒廃し暴力に満ちた戦後社会、過酷な被爆者差別や戦災者の貧窮、米軍占領下での米軍犯罪や言論弾圧や「逆コース」など。朝鮮半島の植民地支配や強制連行、差別、中国などアジアへの侵略と虐殺にもきちんと触れられている。

 映画では、実体験をもとに漫画を描いた中沢啓治さんの妻や関係者、また同時代を生きた被爆者などの証言から、漫画で描かれていた時代が「リアル」であることが裏付けられる。戦争とは何か、戦争を防ぐためには何をしたらよいのか。それを考える上で、やはり『はだしのゲン』以上の教科書を挙げることは難しいのではないか。

 だが近年、「描写が過激」「間違った歴史認識を植え付ける」などの口実で、学校図書館での閲覧制限を求める声が上がり、広島市の平和教材から消えるなどのバックラッシュが起きている。この漫画が戦争について考える最良の教科書であれば、過去の戦争を美化したい者、これから戦争を準備したい者にとっては目の上のたんこぶにほかならない。

 では、ゲンがまだ怒っているのは、この揺り戻しの動きに対してなのか。あるいは、被爆者が自らの経験に重ねるウクライナやパレスチナの現状に対してなのか。本作では必ずしもそれが明確にはされていない。

 ただ、私には平岡敬・元広島市長が「ゲンの怒り」を代弁しているように思えてならない。「この漫画には戦争の本質が描かれている」と評する彼は、平和教材からの排除の動きを批判し警鐘を鳴らすとともに、いまだに原爆投下を正当化し続ける米国も批判し、「米国が原爆投下の間違いを認めることが核兵器廃絶への第一歩」と強調する。

 米国の従属国であり、米国の核の傘の下で安住する日本の政府は、米国の原爆投下も核保有も批判しない。世界の核廃絶にも後ろ向きだ。政府だけでなく、平和団体でさえ「米国の核」には触れないことも少なくない。ゲンがまだ怒っているのだとすれば、この現状を許している私たちに対してなのかも? (T)

『はだしのゲンはまだ怒っている』
企画・監督・編集:込山正徳、11/14より全国順次公開

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