昨年末、末期癌(がん)の母を看取った。だから本作には関心があった。末期癌の父を看取る監督自身を記録したドキュメンタリー映画。当初から「題名は『私のおみとり』なのでは?」との疑問だった。
映画は母からの電話で始まる。「家に帰りたい」と自宅での最期を希望した父。母は自宅で看取ることを監督である息子に伝える。息子が仙台の自宅に帰省し、撮影が始まる。
91歳の父と86歳の母。絵に描いたような老老介護を、地域の訪問介護・医療関係者が親身に支える。自宅は、こちらも絵にかいたような、高齢化の進む都市近郊の住宅地。留守番や買い物などでご近所同士も支え合う。こうした周囲に対する感謝の意がところどころにさりげなくにじむ。
心臓に持病を抱える母に介護生活は負担だ。睡眠も十分に取れない。それでも妻としての「最後の使命」を果たそうと元気だ。かかってくる詐欺電話を笑い、介護をめぐる息子との口論も逃げない。
近く父の死が訪れることは避けられない。夫との最後の日々を過ごすなかで、母は夫婦としての人生を振り返る。円満な時期ばかりではなかった夫婦生活。そんな日々をゆっくりと思い出し、かみしめる。
本作は、最後は遺言どおり父の遺骨を海に散骨するまでを、ごくごくシンプルに映し出す。ほぼ100%監督の目線カメラのような映像。実の父と母が登場人物という意味でも、これ以上「密着」したドキュメンタリーはない。
監督による解説もほぼ皆無。それでもここまで雄弁に「生」を語る映画もなかなかない。本作を見た者は誰でも自らや身近な者の最期に思いをはせるはず。高齢化と訪問医療・介護体制の危機が待ち受ける日本社会。この映画は、これからの「あなたのみとり」についての、監督からの静かな問いかけでもある。(T)
2024年製作、9月14日から全国順次公開
監督:村上浩康