物価高騰で国民生活が悪化するなか、国会では食料品への消費税引き下げが議論されている。だが、食料品ゼロ税率は、価格引き下げにつながらないどころか、さまざまな弊害を引き起こす結果となり得る。食料品ゼロ税率の問題点などについて、税理士の湖東京至・元静岡大学教授に寄稿していただいた。(要旨、文責編集部)

不透明・不条理な税金
スーパーやコンビニなどの店頭では消費税を外税で表示している。これを見て消費者が「私たちは消費税を払っている」と思うのも無理はない。
だが実際には、消費者が負担した「消費税分」がそのまま税務署に納められているわけではない。そもそも、日本の消費税法には消費者という文言は全く出てこない。ではお店が10%や8%取っているのは何なのか。法律的には「税金ではなく、物価の一部」(裁判所の確定判決)だとされている。
事業者が税務署に納める金額は、年間売上高に10%(一部8%)を掛けた額から、年間仕入高や経費・車などの固定資産の購入費に含まれている消費税分を差し引いて算出される。これを仕入税額控除方式という。つまり消費税は、モノにかかる税金(間接税)ではなく、事業者の生む付加価値に課税する直接税的なもの、「第二法人税」のようなものだ。
米国の小売売上税の場合、税金分を消費者が払う義務がある。店はそれを預かり、一定期間まとめてそっくりそのまま州当局に納める、単純で分かりやすい間接税だ。
日本の消費税はこれとは全く異なる税金だ。消費者から見える表の顔と事業者が納める裏の顔を持つ、不透明でめちゃくちゃな税金だと言える。
食料価格下がる保証ない
消費税の納税額が仕入税額控除方式によって算出されるため、正確な納税額がいくらになるかは決算が終わるまで分からない。そのため、食料品の値段をきれいに8%下げることに不安を感じる経営者が多い。企業側は安全性の原則に立ち、従来の税込み価格で販売するだろう。
消費税法には消費税分を価格に転嫁する規定がなく、転嫁の法的義務も保証もない。つまり価格は市場の原理、需要と供給の関係で決まる。売れ筋は高く、売れなければ安くせざるを得ない。最終的な価格決定権は事業者にあるから、食料品がゼロ税率になっても価格を引き下げる義務はない。食料品の値段が8%下がる保証など全くない。
それを言うと、「消費税率が5%から8%に、8%から10%に引き上げられたとき、物価が税率分上がったではないか。税率を5%に下げれば、税率分下がるに決まっている」と反論する者がいるだろう。
だが、税率引き上げのつど引き上げられた価格は、消費税分ではなく、「単なる便乗値上げ」だというのが法的解釈だ。その最たる例は新聞だ。新聞購読料は軽減税率の対象となったが、読売新聞は軽減税率実施を察知した9カ月前の2019年1月から、セット料金4037円を4400円に引き上げた。もちろんこれは法違反ではない。
消費税の税率が引き上げられれば、事業者は堂々と「便乗値上げ」する。だが事業者は決して「便乗値下げ」をしない。値下げがあった場合、それは市場の原理でそうなったか、あるいは力関係で負けた事業者が下げた結果だ。
「補助金」増額の企業も
食料品ゼロ税率によって得られる「補助金」を増やす事業者もある。

私は食品会社がもらうことになる還付金を推算した(表上)。たとえばサントリーグループの場合、現在食料品は8%の軽減税率で課税されているが、北米や欧州、東南アジアなどへビールや食料品を輸出しており、売上高に占める輸出販売の割合は52%に上っている。そのため、現在でも年間149億円の還付を受けている。そのうえ、食料品がゼロ税率になれば、年間還付金額は352億円に増える。つまり、サントリーグループは、食料品ゼロ税率によって203億円の追加補助金をもらうことになる。
なお、参考までに輸出販売に適用されているゼロ税率によって、自動車や家電業界などが巨額の還付金をもらい続けているのも紹介する(表下)。

企業も税務署も守秘義務があるとして各企業の還付金額を公表していない。還付金額は私の推算で、必ずしも実際の還付金額と一致しないかもしれない。
ただ、国税局は各税務署の消費税の還付金額を公表しているのだが、それによると、消費税の税収より還付金額のほうが多く赤字になっている税務署がある。赤字第1位は愛知県の豊田税務署で5075億円のマイナスとなっている。この額はトヨタ自動車に対する還付金から豊田税務署管内の中小事業者が納めた税額を差し引いた金額であるから、トヨタの還付金が5000億円を超えていることは明確だ。
企業献金問題の悪化も
輸出還付金は実質的には輸出企業に対する補助金だ。同様に、食料品ゼロ税率も食品会社に対する補助金だと言える。
食料品ゼロ税率で特定企業群ばかりが潤えば、この補助金をもらえない業界との間で格差・不公平が広がることとなり、他の業界もゼロ税率獲得運動を展開するようになるだろう。
外食産業、新聞・書籍、鉄道・バス・タクシー、運輸・物流、医療、医薬品、身障者用品、石油・燃料、電気・ガス・水道・太陽光パネル、映画・演劇、住宅建設・修理、衣料・靴・寝具、家電、電子機器、などなどが声を上げるだろう。
この運動は消費者の要求というより、事業者団体の運動だ。献金の多寡が業界の盛衰を左右することになるため、政治家と業者団体との癒着が起き、献金問題が悪化するのではないか。
なお、医療・身障者用品は現行法では非課税となっている。非課税では仕入税額控除ができないため、医師会などはゼロ税率獲得運動をした。非課税よりもゼロ税率のほうが業界にとって利益となる。
経済社会混乱させる愚策
一方で、食料品ゼロ税率が不利益となるのは外食産業だ。飲食店は年間売上高に10%を掛けた金額から仕入税額控除をするのだが、食材仕入れにかかる消費税がゼロ税率のため控除額が激減する。消費税の納税額が大幅に上がり、消費税倒産しかねない。
飲食店側が食材仕入業者に消費税分仕入価格を下げろと要求しても、食材仕入業者が下げなければならない規定も義務もない。価格を下げるか下げないかは力関係で決まる。
消費税は事業者間、事業者と消費者との間に価格転嫁の争いを持ち込む仕組みだ。政府はこれを「高みの見物」しているのだ。
また、食料品ゼロ税率はインボイス反対運動に水を差す。インボイス制度導入の際には「複数税率の下ではインボイスが必要」という主張があった。ゼロ税率ができれば「正確な仕入税額控除のために、ますますインボイスが必要」という口実に使われ、個人・零細事業者にとって負担が大きいインボイス制度の固定化につながりかねない。
このように、食料品ゼロ税率は経済社会を混乱に陥らせる愚策中の愚策だ。にもかかわらず、参院選を前に「家計が助かる」などと誤った宣伝をする政治家がいる。こうした宣伝にだまされてはいけない。
代わる財源は山ほどある
消費税は不公正で問題のある税制で廃止するべきだ。これを廃止すると「代わりの財源はどうする」という意見が必ず出る。消費税収は2023年度で約30兆円(税関徴収分を含む国税消費税と地方消費税合計額から輸出還付金を差引後)。廃止した場合の代わる財源は山ほどある。
私も参加している「不公平な税制をただす会」が毎年行っている財源試算によれば、金融資産に対する課税強化で約12兆5000億円、申告所得税の累進税率の見直しで13兆2000億円、相続税の累進税率の見直しで約4兆円、法人税の特別措置を廃止し一律税率を累進税率にすることで約26兆7000億円、国税だけで合計約56兆3000億円の増収が見込まれる。
応能負担原則にかなうこれらの見直しをすべて同時に行わなくとも、部分的に法人税や所得税の見直しをすれば、かなりの財源が得られる。消費税を廃止しても全く問題はない。