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国はヘルパーの自己犠牲に依存するな 訪問介護報酬の大幅増を(訪問介護事業所ヘルパー兼管理者 N)

 「住み慣れた家で最後まで暮らしたい」……そんな高齢者の願いに寄り添いたいと、私は地方都市の訪問介護事業所のヘルパー兼管理者として働いています。

 前号と前々号の「労働新聞」に掲載されていた、ホームヘルパー国賠訴訟の記事を拝読しました。原告の方と思いは同じです。私の事業所の状況についても知っていただきたいと思い、投稿しました。

 うちのヘルパーは14人。平均年齢は60歳を超えています。若い人はなかなか入って来ず、ギリギリの経営が続き、この2年は赤字となっています。

 同じ地域の訪問事業所が去年・今年と立て続けに閉鎖しました。利用者の一部をうちの事業所でも受け入れることができましたが、明日はわが身かと思えるような危機的状況です。数十の事業所を抱える私たちの法人全体でも近年は赤字事業所が増えてきています。

 そうしたなかで昨年、3年に1度の国による介護報酬改定がありました。事業所に入ってくる報酬がいくらかでも増えるだろうと、淡い期待を持っていましたが、ふたを開けると訪問介護はまさかの報酬減額でした。この国の官僚や政治家は、「福祉は大事」と言いながら、現場の大変さを全く理解せず、こんなにも冷たいんだと、とても腹立たしく思いました。

 国が引き下げた根拠は「訪問介護は利益率が高いから」です。しかしそれは、都市部の集合住宅併設型も地方の一軒一軒の距離が離れた地域も一緒にした数字です。また回答が大手事業所に偏っていることも分かりました。

 地方では、利用者宅への車の移動時間だけで30分以上かかるなど、サービス時間よりも移動時間の方が長くなるケースが少なくありませんが、その移動時間は報酬体系に反映されていません。うちでは移動時間に応じてヘルパーに手当を出しているので、事業所の手出しが増えていくことになります。どんなに遠い地域からの依頼も断らず、地域に密着して運営していこうとすればするほど、赤字必至なのです。

 引き下げは、事業所に入ってくる報酬が増えない→ヘルパーの給与を増やせない→若い人員が入ってこない→閉鎖・倒産の危機……という悪循環の実態を無視した暴挙です。地域の実態を見て見ぬふりをしているとしか思えません。

 この間、全国のさまざまな団体・グループが「おかしい」の声を上げてきました。私のいる法人では、久しくそうした取り組みをしていなかったのですが、私が「このまま黙って、唯々諾々と従うだけでいいのか。利用者家族の願いにますます応じられなくなるのではないか。当事者として、私たちも声を上げていかないといけないのではないか」と提案したところ、「そうだ!」と同調する声が多く上がりました。みんな同じような思いだったのです。そして、法人として「訪問介護基本報酬の大幅な引き上げを求める意見書」をまとめ、先日厚労相に提出してきました。

 猛暑の中、ヘルパー仲間は今日も利用者宅を訪れ、コミュニケーションをとって、利用者の体調に変化がないか見守りながら、入浴・トイレ介助など身体介護や掃除・調理など家事援助にいそしんでいます。大汗をかきながら、熱くなった車に何度も乗り降りしながら、頑張ってます。少々きつくても、サービスが終わって「ありがとう」とニコッとされるのは本当にうれしいし、疲れも吹っ飛びます。訪問介護という仕事にやりがいを感じます。

 しかし、それに見合う対価は伴っているでしょうか。伴っていないから、こんな危機に陥っているのです。介護職の月平均給与は全産業平均より8万円低いという事実があります。国はいつまでヘルパーの自己犠牲の献身的精神に依存するのでしょうか。

 「国の財政は限られている。財源はどうするのか」との愚問を口にする人がいます。人の命と暮らしを最優先にして、人殺しのための軍事費を削り、大企業や金持ちを優遇する税制をつくりかえれば済む話です。

 在宅介護を希望する家族からは「訪問介護が最後のとりでなんです」という言葉をいただきます。私たちはこれからもそういう声に応えていきたい。地域に根差した訪問介護事業所をなんとしても存続させたい。そして、若い人が希望を持って、この素敵な仕事に携わってくれるような社会にしたい……その実現のために、おかしなことにはおかしいと、みんなで声を上げていくことを続けていきたいと思います。

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