学費値上げ反対運動に取り組む武蔵野美術大学の松野有莉さんは、大学内で女性アーティストの権利を守るための「ギャラリーストーカー対策委員会」も立ち上げている。行動を起こした動機などについて聞いた。(文責編集部)

対策の冊子を作成、構内で配布している
私が学費値上げ問題に関わるようになった前段階として、「ギャラリーストーカー対策委員会」での活動があります。
ギャラリーストーカーとは画廊などで若い女性作家につきまとう人とそのハラスメント行為を指します。
ギャラリーストーカーという存在が認知されるようになったのはここ数年で、記者の猪谷千香さんによると、「画廊に居座り、キャバクラに来たかのように振る舞い、女性作家たちに長時間の接客を求める。あるいは、作品を購入したのだからといって、男女関係を求めてくる。SNSでも作家の投稿にしつこく返事をしたり、長文のDMやメールを一方的に送りつけたりしてくる。しかし彼らは客であり、コレクターであることから、売り出そうとしている駆け出しの若い女性作家は強く拒絶できない」(注1)とあります。
加害者の多くは中高年男性で、ターゲットにされるのは美術大学在学生、または若手と呼ばれるアーティストです。
実はギャラリーストーカーという概念が非常に幅広い事象を含む上に、定義もあいまいです。鑑賞者や美術関係者が立場を利用して、アーティストに対してものや行為を強要することを今のところギャラリーハラスメントと呼ぶことが多いです。
自主的な「対策委員会」
私が学部2年生だった数年前、卒業論文に相当する「卒業制作展」で、多くの知人らがギャラリーハラスメント被害に遭いました。中年男性が当時の4年生を中心にたくさんの武蔵美生につきまとい、盗撮したり、連絡先を聞き出そうとしたりしました。
当時捕まえて対応しようとしましたが、盗撮行為については容姿を撮影しているだけでは罪に問えず、またその他の行為も直接的な身体接触行為などがほぼなかったことから、刑事事件にはできなかったそうです。大学側にも対応を求めましたが、当該男性を構内出禁(出入り禁止)にすること、武蔵美関係者の外部イベントにも立ち入らないこととの誓約書を交わすことしかできませんでした。
私は一連の事件にショックを受けましたし、対応だけでなく担当部署さえ明確にできない大学側の態度に納得できず、違和感を抱えたままでした。
結局その男性はその後も構内に立ち入っていますし、私の個展にも来たことがあります。認識があったので被害には遭わなかったものの、とてつもない緊張感と恐怖を感じました。誓約書に効力はなかったと言えます。つきまとわれた知人のひとりはギャラリーハラスメントとその後の大学関係者らからのセカンドハラスメントにより、学業の継続が難しくなってしまうほど心に傷を負いました。
2023年、当時学部4年生だった私は改めてこの問題に大学ができることは本当にないのだろうかという思いから、教員や職員への個人的な働きかけや、学生に向けた意見交流の場を設ける動きを開始し、それが友人らの協力を経てギャラリーストーカー対策委員会という形で活動していくようになりました。
対策委員会の主な活動は芸術祭(学園祭)や卒業制作展に際し、関係する大学職員チーム、学生の運営する芸術祭実行委員会などと協議し、毎年の不審者対策を改善していくことです。芸術祭や卒業制作展の期間中は構内に注意喚起ポスターを掲示し、放送で注意喚起を行います。また現場に遭遇しても直接介入しない(取り締まらない)という約束で構内の自主的な見回りも行っています。
本来、学生の安全を守るのは大学の責任のはずですが、ギャラリーストーカーの定義が難しいことを理由に、大学側は「(加害者は)話しかけているだけでは?」「不審者を不審者と決めつける権利は誰にもない」と言います。特定の行事だけの問題ということを理由に、警備の人員を配置することにも、安全管理の部署を設けることにも消極的です。学生を守ろうという主体性を大学の姿勢から感じられた経験は乏しく、その究極が後述する「留学生修学環境整備費」への対応であるといえます。ギャラリーストーカーという言葉も生まれたばかりで、対応するノウハウが社会的にも蓄積されておらず、大学側の対策もない現状です。
これは男性目線で強者の立場からの目線が含まれていると言えると思います。ハラスメントは尊厳を傷つける行為であり、才能があっても被害を機に芸術の世界どころか日常生活すらもままならなくなってしまう可能性があるのです。
学費値上げの態度と共通点
ギャラリーストーカー問題に取り組みながら学生生活をしていく中で、2024年夏に浮上したのが学費値上げ問題です。
武蔵美では20年度に2万5000円、24年度には3万円と値上げが続いています。さらに、25年度から「修学環境整備費」の名目で、留学生のみに対し年間36万3000円もの学費値上げを開始しました。これにより留学生の年間の学費は230万円近くになります。事前に留学生からのヒアリングなども行われず、夏休み前の学生の動きがなくなる時期に、一方的にウェブサイトで施策が公示されました。留学生からだけ徴収するというのは明らかな差別です。
このことが発表された当初から、大学内外で約6000筆の反対署名が集まるなど、多くの反対の声が上がりました。多くの人が整備費を問題視し、スタンディング、署名提出などのアクションが行われましたが、説明会が行われたのは 月に入ってからです。そこでも大学は修学環境整備費の具体的内訳を示していません。主に「キャリア支援」などという名目ですが、学生の要望ともかけ離れています。しかも説明会ではパターナリズム的振る舞いや発言が多く、留学生の日本語能力を試す行為など不適切な態度もありました。この説明会で私の大学に対する不信感は決定的なものになりました。
そうしているうちに、東大の「学費値上げ反対緊急アクション」からの呼びかけを受け、院内集会に武蔵美の学生らと共に参加してこの問題を多くの人に伝える行動を取っていくようになりました。
私は大学側の学費問題での態度に、ギャラリーストーカー問題との共通点を見いださざるを得ません。学生が意見してものれんに腕押しで、大学側には聞かなければならないものとして受け止める意思や仕組みがない。学生の置かれた環境に理解を示さず、大学としての責任を放棄しているようにしか思えません。
やさしい世界つくるために
ギャラリーストーカー問題の背景にあるのは、一つは、美術業界におけるジェンダー間でのパワーバランスの圧倒的な非対称性です。高名な芸術家や批評家、大学教員には男性が多いのに対して、学生や若手作家には女性が多く、それが上下関係を形成している現状があります。
もう一つは、表現の現場に特有な「評価する(される)」あるいは「嗜好」に関係する人間同士の関係性です。応援しているというだけの理由でファンはアーティストに自分と特別な関係を結ぶことを願い、アーティストは「生きるため」にそれを断りきれない。
こうしたことは、美術界では「パトロン」、伝統芸能やスポーツ界における「タニマチ」、さらには美術界や大学での師弟関係など、大なり小なり見られることです。これらがすべて悪いわけではありませんが、ハラスメントを再生産する側面を持っていることも事実です。
その意味で、「表現の現場調査団」(注2)が「白書」で指摘しているように、「『表現の現場』全体が、ハラスメントが横行しているホットスポット」になっています。
「表現の現場」で活動を続けることが被害経験を重ねていくこととイコールであってはなりません。
ギャラリーストーカー問題は、当事者同士の関係性や距離感は当事者の数だけあるということを念頭に考えていく必要があると私たちは考えています。ギャラリーストーカーの定義として、このような行為は好ましくない、これをしたら加害者である、という明確な指標などそもそもつくれません。
大切なのは、このようなハラスメントを受けるかもしれない/してしまうかもしれないと認識すること、もし身近に被害を受けた人がいれば寄り添いの姿勢を見せることです。
被害の相談を受けたときに「でもそういうことってよくあるしね」「その対処もアーティストの仕事でしょ」「では加害者がどのような態度ならあなたは納得するの」といった言葉でなく、「苦しいよね」「ギャラリー/大学に相談してみよう」「あなたの価値は揺るがないよ」という言葉が先に出てくる人の数が増えたらいいなと思っています。寄り添いから来るやさしい人びとのいる世界を私はギャラリーストーカー対策委員会の活動を通してつくっていけたらと思っています。
注1 猪谷千香『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(中央公論新社、2023年)
注2 2020年11月に表現に携わる有志によって設立された。