イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区でのジェノサイド(大量虐殺)が始まって2年がたとうとしている。イスラエルの非人道的な蛮行は、米国の後押しもあり、終わりが見えない。一方で、この2年で世界の人びとのものの見方・考え方は大きく変わり始めている。駒沢大学非常勤講師(中東地域研究)の南部真喜子さんに聞いた。(文責編集部)
近年、私たちを含めた世界の人びとの「パレスチナ問題」に対する見方は大きく変わってきていると思います。
結論から言うと、この問題は「とても複雑な民族紛争」とか「イスラエル人とパレスチナ人の対立」などという問題ではありません。植民地主義の問題です。植民地を支配する側と支配される側という明らかな力と立場の違いがあり、「同じ力を持つ二つの主体による争い」といった二項対立的な構図で説明することには危険が伴います。「民族対立」としてしまうと、歴史的な帝国主義の植民地分割・分断という問題の本質や、この地が歴史的に持っている多元的な社会のあり方が隠されてしまいます。
確かに長年、そのような言説を政府や主流メディアや学術界が形成してきました。私自身も、パレスチナ問題を勉強して、現地に行って占領の問題などをいろいろと目にしてきましたが、根本にある植民地主義の問題の理解が足りていなかったと思い知らされています
パレスチナ人の解放闘争は、常に世界的な反帝国主義や脱植民地化の動きとともにありました。パレスチナ研究においても、植民地主義研究からの知見と蓄積は多くあります。しかし、それがきちんと継承できていない時期がありました。とくに1993年のオスロ合意以降は、入植にもとづく植民地化や民族浄化が進行し続けたにもかかわらず、「イスラエルとパレスチナの二者の間の紛争(または和平)」といった記述が問題の本質を曖昧にしてしまったり、67年戦争(第3次中東戦争)以降の軍事占領に問題が矮小(わいしょう)化されたりすることで、イスラエル建国の暴力を問うことが曖昧にされてきました。
ガザでのジェノサイドが始まった前後の頃から、世界的に急速に「あれは地域的な紛争ではなく、近代の世界がずっと抱えてきた人種主義に基づく植民地主義の問題だ」「世界の資本などがからみ合う形で抑圧が続いている」という現状認識が広がっていきました。植民地主義とか民族浄化とかアパルトヘイト(人種隔離政策)などの言葉がパレスチナ問題の根本とパレスチナ人が直面している現状を捉える言葉として近年使われるようになってきています。
「国家承認」がはらむ問題
近代以降、現在の国際関係の前提のようになっている国家の枠組みができ、また国家はその大小にかかわらず主権や独立性を持っているという概念やルールが形成されました。しかしそれは欧米での話で、その外(植民地支配した地域)ではそうしたことが全然守られてきませんでした。
アジア・アフリカなどは侵略や支配をずっと受けてきました。ですから、一般的に「近代」というと、いろいろなことが発展するようなポジティブなものとして捉えられがちですが、その発展は誰かの搾取の上に成り立っていたという非常に暴力的なプロセスとも表裏一体でした。
米国という国も、欧州の人間が先住民の土地を侵略し、元からあった社会を破壊し、安い労働力を獲得するためにアフリカから黒人奴隷を強制的に連れてきて、その上にプランテーションとか植民地経済を築いたという過去があります。暴力的な成り立ちを経てできた国です。
イスラエルにも同様のことが言えます。元来、パレスチナという場所では、宗教・宗派、民族といった区分に関係なく人びとが共生していました。そこにユダヤ人が入植し、民族的・宗教的なくくりで別の国をつくらなければいけないという話になった。その地域になかった分断を西洋とシオニズムの帝国主義が持ち込んだのです。
パレスチナ人はあの地域でずっと存在し続けています。それをどうして国家承認という形で世界から「承認」を受けなければならないのか。その問題があります。パレスチナ国家の承認をしてほしくないとは思いません。しかし、二国家構想にもとづく国家承認には、1947年の国連分割決議案をはじめ、その地に住む人びとの意思を無視してこの地を分割しようとしてきた歴史的な思考に重なるものがあります。
国家承認や二国家構想の議論の前に、まずは解放を求めるパレスチナ人の自決権を支持する。そちらの方が重要なのではないでしょうか。そのために、現在進行中のガザでのジェノサイドとパレスチナ全域で行われている民族浄化を認め、それを可能にしている体制への自社会の加担を絶ち、イスラエルへの制裁を課すこと。このことが世界各地の市民から呼びかけられています。
真の国際連帯に必要なこと
数年前から、私は大学で授業を受け持ち教える側になりました。教える側になってみると、自分のシラバス(授業計画資料)などを根本的に変えていかないといけないと思うようになりました。
その直前の2021年5月には、イスラエルによる大規模なガザ侵攻と、エルサレムのシェイフ・ジャッラー地区を中心に、入植者によるパレスチナ人家族の強制追放に抵抗する草の根の住民闘争が世界で注目を集めました。印象的だったのは、それらを「暴動」や「対立の激化」と表す欧米の主流メディアの言説を、パレスチナの若者たちが真っすぐに批判し、自分たちの身に起きていることは植民地主義に起因する民族浄化と軍事占領支配であり、現実に即した言葉を使うよう世界に訴えていたことです。このことは、それまでの自分自身の不十分な説明と認識を刷新し、理解を深めるきっかけになりました
先ほど植民地主義という言葉が使われるようになったと述べましたが、その実態についての理解をどのように深めるのか、それが日本社会に問われています。植民地主義の残虐性と妄信、その暴力を受けた側の痛みと解放の精神をイメージし広げていく作業には、これまで染みついた思考を脱植民地化するための知識や経験が必要となります。
パレスチナ問題を学ぶ上で、私たちが「イスラエルによるパレスチナ人に対する植民地主義支配である」と批判すること。このことはどういう意味をもつことか、考える必要があると思います。
日本はアジア太平洋の国・地域で植民地主義支配を行ってきた歴史を持ちながら、その加害の責任と深刻さを自照することなくきた国です。自らの社会がいかにつくられてきたかを知り、かつての日本に侵略され支配された国・地域のことを知ることは、パレスチナと連帯するために、また支配されてきた人たちと国際連帯する上で、絶対に必要なことです。
私自身、かつてカナダでの留学中に、アフリカなどさまざまなバックグラウンドを持つ国からの留学生に刺激を受けました。カナダで日本の帝国主義を韓国からの留学生と一緒に学んだりする中で理解を深めたりする経験もしました。
研究者・教育者として、大きく変わりつつある世界で通用するものの見方・考え方を伝えられるようになれればと思っています。