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「若者の日中交流が未来をひらく」と再確認ーー第2次アジアの平和と未来をひらく若者訪中団 竹井一郎事務局長に聞く

まず自国日本を知ってほしい
 中国脅威論について参加者に向き合ってもらうためには、日中関係の歴史を学ぶことも必要ですが、その前に日本という国がどういう国なのかを知る必要があるのではないか。そう考えて訪中前の学習会内容に手を加えました。昨年は明治以降の日中関係史、特に日中戦争や戦後の国交正常化に至る歴史について解説しました。今年は主として「自国を知るための日本の歴史」を意識して解説しました。戦後の日本は米国の存在抜きには語れません。日本の歴史や日中関係史と米国との関連を解説し、日中関係を考える上では米国との関係も考えなければならないことも伝えました。
 学習会では、日清戦争後に中国(清国)や朝鮮を蔑視するプロパガンダが強化され、これが侵略・植民地支配の富国強兵政策の一助となったことや、戦後は米国占領下で「米国の部下」としての国づくりが行われたこと、また、米国がソ連など共産圏と対抗する体制づくりを急ぐ過程で戦前日本の体制が「再登板」した「逆コース」などについても解説し、戦前から続く中国差別に加えて、共産国・中国への敵視も加わったことを伝えました。また台湾問題についても、そもそも米国の中国内戦への介入があって生じた問題であることを強調しました。
 日中国交正常化についても、その積極面を確認しつつも、ニクソン訪中後の米国に倣って中国と正常化交渉をしたことや、「一つの中国」でも米国に倣って解釈の余地を残したこと、そこのことが現在も高市発言に見られるように台湾問題の「火種」となっていることなど、問題点についても触れるようにしました。
 加えて、自らが手を染めた侵略や植民地支配に対し、日本政府としては中国に一度も正式には謝罪していないこともしっかりと確認したつもりです。
 この学習会を参加者がどのように受け止めたのかは分かりませんが、「日中関係や台湾問題を考える上で米国の存在を抜きにはできない」「日本や米国の主張は客観的に公正・公平とは言えない」などのことはある程度は印象付いたと思っています。

「中国の視点」への高い意識
 今年の訪中団では北京と東北地方の瀋陽・撫順を訪問しました。昨年は東北地方ではハルビンを訪問したので訪問地は違いますが、日本が中国の東北地方に建設した傀儡国家・満州国の実態にふれられる場所という意味では昨年と同じです。参加者は、博物館や記念館などの施設訪問などを通じて、かつて日本が中国で何をしたのか、加害の歴史を学びました。
 加害の歴史については、意識的に調べれば日本にいてもかなりのことを調べて知ることはできます。しかし中国現地でしか学べないこともあります。
 一つは現実感です。施設には、当時の中国の人びとの生活が説明されていたり、実際に日本軍兵士が現地の人を殺害した兵器・道具や現場が当時そのままに残されていたりします。「〇〇人殺害」という数字ではなく、どのような生活をしていた人たちが、どのような被害を受けたか、自分たちの身に置き換えて考えることを迫る展示となっています。実際の被害者の遺骨が展示されている場所もありました。そのような実物が訴える歴史の事実はあまりに重く、参加者は相当に大きな衝撃を受けていましたが、その経験こそが今後に生きると思っています。
 もう一つは中国側の姿勢です。展示は基本的に「中国国民に対し、これからの平和を築くために、歴史を伝える」という内容・構成になっています。日本の巷で言われる「反日教育」「日本への憎悪を植え付ける」などとは対極の姿勢です。実際に現地で見て、何のために、どのように歴史が伝えられているのか、そういったことも確認してほしいと思っていました。
 実は、施設で見学をしている時に私は「史実だけでなく、中国の歴史との向き合い方そのものを気を付けて見てほしいともう少し喚起しておけばよかった」と思ったのですが、訪問後の感想や帰国後のアンケートを見ると、そのような喚起がなくても多くの参加者は「中国の歴史の伝え方」に対し注意して見ていることが分かりました。私の主観・印象の範囲ですが、昨年は「史実」を学ぼうとする参加者が多かったのですが、今年は加えて「視点」についても意識的に学ぼうとする参加者が多かったように思います。

瀋陽師範大学の学生と交流する

行動を意識し考える参加者
 この姿勢はどこからくるのか。先に述べたように、今回の参加者には「悪化している日中関係を改善したい」「日本の中にある中国のイメージを変えたい」と考える人が少なからずいました。そのように思えば、当然自分の周囲に蔓延する中国脅威論と向き合うことを迫られます。「日本で言われている『怖い中国』はどこまで本当なのか」「中国の言い分はどうなのか」などとさまざまな側面から中国について考えることが求められます。私は事前学習会で中国脅威論の背景や構造についてある程度示したつもりですが、それ以前に参加者は自ら中国脅威論について多角的に考えることを模索していたのでしょう。それが「中国の視点」を知ろうとする姿勢につながったのだと思います。
 これも先述しましたが、参加者のなかには「怖い中国」に行くことを親から強く反対された人が複数いました。親も中国脅威論が吹き荒れる日本社会で生活しているわけですから、当然影響を受けています。わが子の身を案じ、真剣に中国行きを止めようとします。参加者は、そういう親の思いを受け止めつつも、中国滞在中も心配する親と頻繁に連絡を取り、中国の実態や自らの思いを伝え、親のものの見方を変えようと努力していました。
 これはつまり、訪中しているさなかにあってすでに日本社会に横たわる中国脅威論を変えるための実践を始めていたということです。親の考えを少しずつでも変えられたことに自信を得た人もいました。帰国後に参加者に対し行ったアンケートでも、また10月4日に行った東京での報告会でも、現地での学びや参加者同士の交流の中で深められた日本での実践について、さまざまな意見表明が自信を持って行われていました。現地の記念館で知った「すぐにはできないことは、一歩ずつやっていくことを認めなければならない」という「毛沢東選集」の一節を紹介しながら、「時間がかかっても頑張ろう」という腹のすわった呼びかけもありました。
 訪中前には「日中関係を変えるために私たちに何ができるのか」という問いへのしっかりとした答えを示すことができるのか、私には自信がありませんでした。しかし実際には、私が答えを示さなくても、参加者は自らの経験と思考からその答えを手繰り寄せようと努力し、手応えも得ていたようです。本当に頼もしいと思います。

北京のロボットイノベーションセンターを見学する

日中交流で得る新たな視点
 今年の訪中団を派遣することで、やはり若い世代の日中交流が未来をひらくと再確認することができました。
 今年の訪中団参加者が「悪化している日中関係を改善したい」「日本の中にある中国のイメージを変えたい」と考えた動機は、おそらく日本の政治や外交や未来を考えてのことというより、シンプルに「自分が親しみを覚えている国」や「中国人の友人」のことを思ってだと思います。リアルな交流によって両国間の親近感を育むことは代え難いことでしょう。
 思えば、昨年の参加者で一徹に「二つの中国」の立場を変えなかった学生は、台湾留学経験があり、「中国からの独立」を望む友人がいる人でした。理屈ではなく、「友人の思いに寄り添いたい」という気持ちがあったのだと思います。
 中国という国に実際に親しみを感じたり、中国人と親しくなったりすることは重要だと再認識させられました。
 さらに言えば、そうした入り口から中国の人との接点を持つことは、日本の若い世代が新たな視点・観点を得ることにつながるでしょう。米国流に浸り切ったこの日本で生きてきた人にとって、全くそうではない中国社会で生きてきた人の経験と考えは新たな気付きとなり得るのではないでしょうか。
 私は中国出身の知人から「日本は米国に戦争をけしかけられていますが、日本人はそれを不安に思わないのですか。なぜそんなに米国を信じられるのですか」と問われたことがあります。このように問われることは、日本社会の置かれている状況を日本の私たちが客観視するよい契機となるのではないでしょうか。
 また、今回の訪問団でも、自動運転企業やロボットイノベーションセンターを見学し、中国社会がどこに向かっているのか、その一端を垣間見る機会がありました。台頭するグローバルサウスの先頭を走る中国からの視点に触れることは、これからの世界や日本について問い直すことにつながるでしょう。
 もっとも「民間交流が活発になり、経済的関係が深まれば、戦争は起こらない」わけではないことは歴史が証明しています。政治が悪ければ戦争は起こります。若い世代が中国を鏡として日本を見ることが日本の政治について問い直すきっかけとなれば幸いです。

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