実は本書は本紙2020年2月15日号でも紹介している。新聞社の科学記者である著者は、「アメリカ『科学不信』の現場から」を副題とする本書を19年に描いたきっかけとして、米国トランプ政権の誕生を挙げている。トランプ再登場に合わせ、紹介文を大幅に書き直した上で、本紙に再登場してもらった。
著者は15年に米首都ワシントンに赴任、米国の最先端科学に感嘆しながらも、むしろ社会に広く根を張る科学不信に衝撃を受ける。人間活動による地球温暖化やダーウィンの進化論はおろか、「地球は丸い」という事実すら信じない米国民があまりに多い実際を目の当たりにし、それまで「専門用語の多い科学を分かりやすく伝えれば理解してもらえる」と報道に心を配ってきた著者は、それだけでは問題は解決しないことにも気付く。
米国のある調査では、共和党支持者の中では学歴上昇に比例して温暖化否定論者が増加していた。知識が増えるほど思想や信仰の違いに応じた考え方の違いが大きくなる傾向は、自分の主義主張を後押しする情報を選び取る、「見たいものだけ見る、見たくないものは見ない」という人間心理(確証バイアス)が招いているという指摘がある。
また、長く狩猟採集・小集団で生き抜いてきた人類の脳そのものは石器時代からほぼ変化がなく、直感や集団を結束させる怒りや恐れの感情に支配されやすい。科学者や専門家より信頼する者や身近に感じる者の意見を信じる傾向があるようだ。たとえそれが素人であっても。直感では理解しづらい温暖化や進化論は反発され、トランプが「反移民」を掲げると「内輪の愛国者」は結束する。
また米国特有の特徴として、建国以来の欧州貴族主義に対する対抗心、エリートや権威に対する反発心があり、さらに保守的なキリスト教福音派や環境規制を嫌う企業の「科学者嫌い」も影響を与えている。
本書では、現状を変えようとする米国の科学者たちの模索も取り上げられている。知識を「頭」に注入しようとするのではなく「心」に届けようと、さまざまに試行錯誤する様子が紹介されている。ここで見直されているのは古代ギリシャの哲学者・アリストテレスの言葉で、「演説に必要なのは論理・信頼・共感」という姿勢だ。
分断と差別をあおる政治家が与野党内で幅を利かせ、反既得権益・反エリートのポピュリズムが広がる日本。共産主義者が人民を啓発する上で、米国の科学者たちの模索はさまざまなヒントを与えてくれるのではないか。 (Q)