泥沼化するウクライナ事態と緊迫化する「台湾有事」、どちらも国際政治上の喫緊の課題だが、共通する構図がある。米国が深く関与している点だ。
欧州の反戦運動を見ていると、ウクライナ戦争でロシアを批判する声もある一方、米国を中心としたNATO(北大西洋条約機構)への批判も少なくない。欧州各地で起きているデモは自国のウクライナ戦争に対する中立要求とNATO批判を伴っている。
しかし、日本の反戦運動にはNATOへの言及が少なく、より身近な問題である「台湾有事」に関しても米国への批判が乏しい。「民主主義vs権威主義」という構図を無条件に前提とし、問題が中国の側にあると認識しているように見える。背景には、日本の戦後民主主義が日米安保体制とセットであり、政治・経済・司法・教育などすべてがこの下に築かれてきたことがあると思う。
好き嫌いはともかく、中国が隣国であることは動かせない事実で、また政治・経済いずれの面でも大きな影響力を持つ。良好な関係を築くのが双方にとって最善であり、戦争など絶対に避けなければいけない。そのためには、米国の「民主主義」を絶対視する「思想の安保体制」から脱却し、固定観念から離れて中国を知る姿勢に努めるところから始めるべきではないか。
都合次第の「民主主義」
バイデン大統領を筆頭に米政治家はことあるごとに「自由」や「民主主義」を口にするが、米国の歴史上、「自由」や「民主主義」が前面に打ち出されるようになったのはそれほど昔のことではない。主として、第2次世界大戦中の日独ファシズム国家との戦争や、戦後の冷戦中にソ連と対抗する中で、「民主主義vs全体主義」の構図を示し、「正義は米国にある」かのように宣伝するための情報戦略として使われてきた。事実、米国の大統領就任演説で「自由」という言葉が頻繁に使われるようになるのは、主に第2次世界大戦以降だ。
「民主主義」を掲げて他国に介入する米国だが、国内外でその内実に疑問が突き付けられている。
米国には格差と貧困がまん延し生存権さえ脅かされている人びとが大勢いる。銃犯罪や薬物問題も深刻で、人種的・性的マイノリティーへのヘイトクライムも横行している。マスメディアを「大いに信頼する」と考える米国人は、2022年7月のギャラップの調査によれば、新聞で16%、テレビで11%と過去最低だ。こうしたメディア不信が「陰謀論」やフェイクニュースを生み出す温床となり、トランプ前大統領のような人物に支持が集まる理由のひとつとなっている。1973年に最高裁が認めた人工妊娠中絶の権利を覆すような判決や、中国脅威論を背景にしたアジア系米国人に対するヘイトクライムの急増など、反動的な「逆流」も起こっている。
民主主義は、正しい判断を下せる理性的な個人の存在を前提としているが、現状はほど遠い。実際、「自国の民主主義に問題があり、他国の模範とはなりえない」と考える米国人は、2022年3月の時点で、党派の枠を超えて61%に達している。
また米国が中南米やベトナム、イラク、アフガニスタンなどにおいて、自国の利害にもとづいた侵略を行ってきた歴史には改めて触れるまでもない。
もちろん、米国の民主主義に疑問符がつくからといって、民主主義そのものに意味がないというわけではないが、米国の掲げる「民主主義」が、他国の不安定化や内政干渉の方便として恣意(しい)的に使われていることは認識しておく必要がある。
「台湾の民主主義」も疑問
同様に、米国が強調する「台湾の民主主義」にも疑問符が付く。蔡英文「総統」の台湾当局は20年、「親中的」とされた「中天テレビ」のニュース専門チャンネル「中天新聞台(ニュース)」の放送免許を更新せず廃止に追い込んだ。日本による中国侵略の事実を歪曲(わいきょく)する記述も歴史教科書に現れている。また蔡氏は、あたかも中国が性的マイノリティーの権利を認めていないかのような発言をしているが、中国は性的マイノリティーの権利保護の面において一定の成果を出しており、かえって米国の方が後退しているとする米国の研究者による報告も存在しており、根拠に乏しい政治的発言と言わざるを得ない。
民進党当局が台湾の世論形成を誘導しているのは明らかで、選挙制度があるからといって社会そのものが自動的に「民主的」になるわけではない。蔡氏はイデオロギー的に中国共産党に抵抗感があるのか大陸に背を向けているが、これは香港の「民主派」勢力にも共通してみられる傾向だ。
もちろん、このような意識は蔡氏に限ったものではなく、冷戦的思考に特徴的なものだ。米国は台湾を「反共の砦(とりで)」として維持するため、経済的・軍事的に国民党による台湾当局を支え続けた。台湾では1987年に戒厳令が解除されるまで 年間も軍事独裁体制の下に置かれ、反共的な思想統制が徹底された。米国の都合で台湾は「民主主義」から遠ざけられていたとも言える。
米国は台湾住民の味方であるかのように振る舞っているが、米国にとって台湾は中国を抑えつけるための捨て石でしかない。現在行われているウクライナ戦争で、米国は欧州各国と比べて突出した軍事支援をウクライナに行っているが、これはロシアをたたくためにはウクライナ人の犠牲をいとわないということだ。ウクライナの状況を見て、台湾住民は米国に対立と緊張をあおられることに危機感を持つべきではないか。
歴史・背景理解欠かせない
では、日本に住む私たちにはどういう姿勢が求められているのか。
まず、前提として思想の安保体制に組み込まれていることを自覚し、意識してステレオタイプを排し、中国のことを知ろうとする努力が必要と考える。中国政府は、自国民が西洋的な民主主義に接してそこから何らかの知見を得ることを妨げたりはしていない。私たちにも中国に対して同様の姿勢を持つことが必要だ。
先日、日中友好協会(注)の発行する『日中友好新聞』に、香港の「一国二制度」に関する記述が載っていた。社会主義制度が中国の根本制度であることを「香港の全住民は自覚的に尊重し、国家の根本制度を擁護しなければならない」とする習近平国家主席の発言について、「一国二制度」を分解して「一国」を上位に置き、社会主義と資本主義の併存を二義的なものにすると、批判的に記述していた。日本共産党の中国に対する姿勢が反映していると思われる記述だ。
しかし、香港が中華人民共和国の不可分の一部であることは香港基本法にも明記されており(第1条)、「一国二制度」の前提があくまで「一国」であるというのは中国の一貫した立場だ。香港は、中央政府によって「高度な自治」―「完全な自治」ではない―を授権されているのである。また同法には「香港特別行政区政府は国際金融センターとしての地位を維持するための適切な経済・法律環境を提供する」と明確に記されており(第109条)、「一国二制度」は、国家安全維持法適用後の現在でも健在である。
また19年に米国ネオコン強硬派のルビオ上院議員(共和党)は、中国が国家安全維持法を香港に適用したことを受けて「中国は米国の内政に干渉することをやめなくてはならない」と、まるで香港が米国の一部であるかのような歴史的事実を無視した発言を行った。中国の香港に対する主権を認めないこのような考え方こそが、西洋民主主義国による中国への内政干渉を正当化する。
そもそも、日本が日清戦争で中国に不平等条約を押し付けて台湾を植民地化し、中国に資本輸出権を認めさせたことが、1898年の英国による新界の租借を可能にし、その後の日本を含めた列強による中国大陸の分割支配につながった歴史的事実を謙虚に受け止めるなら、こうした発言は出てこないはずだ。
国家安全維持法も、2019年の「民主化デモ」と呼ばれるものに、米国などの外国勢力が関与していたため、外国勢力の干渉を防ぐ防御措置と考えるべきだ。今年9月に行われた上海協力機構(SCO)の会合で、習国家主席が外国勢力の扇動による「カラー革命」に注意することを加盟国に促したのは、このような背景があってのことだ。
一般論として平和を語るだけでは現実の戦争を止める力にならない。何がどうかかわっているのか、歴史的経過も追って関係性を見なければ、問題の背景を理解できないし、相互理解にもつながらない。日本共産党を含むリベラル・左派は中国と向き合う姿勢を見直すべきではないだろうか。
(注)日中友好協会 公益社団法人「日中友好協会」(機関紙「日本と中国」)とは別組織。
たけち・いっせい
1963年、高知県生まれ。州立ニューメキシコ大学大学院にて修士号取得(歴史学)、法政大学大学院にて博士後期課程修了、博士(国際文化)。現在、國學院大学教育開発機構兼任講師、拓殖大学外国語学部講師。専門領域は日米関係史と国際文化学。近年は現代の排外主義や差別の問題を歴史的な関係性を踏まえて考察することを課題としている。