「日本型ライドシェア」が4月、東京23区や川崎市、京都市などの一部都市で導入された。財界や自民党の一部はこれに飽き足らず、全面解禁へ向けた新法制定を策動している。地方の衰退や高齢化が進むなか、公共交通を維持するために各界の努力が求められている。陸海空運輸労働者の産別組織である全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協、16組織・約60万人)の慶島譲治事務局長に聞いた。(文責・編集部)
ーー「日本型ライドシェア」をどのように評価していますか。
慶島
発端は、コロナ禍によってタクシー需要が縮小して離職者が増加、タクシー台数が大きく減ったことです。歩合制が、運転手給与の基本となっている影響も大きいでしょう。
その後、コロナの第5類への移行、インバウンドの増加で需要は急回復しました。これにより、運転手の「供給不足」が顕在化しました。
「日本型ライドシェア」つまり「自家用車活用事業」は、タクシー会社の運行管理の下で行われます。タクシー事業者が安全・安心を担保する形で、1種免許しか持たない人を雇用します。
ただ、自家用車活用事業は、あくまで「供給不足」に対する緊急避難的な措置だと理解しています。タクシー事業はあくまで2種免許(注1)を有するプロのドライバーが担うべきです。ですから、供給不足が回復したらやめるべきだと考えます。
ーー財界や一部の政治家は、さらなる「ライドシェア新法」を主張しています。反対する理由を教えてください。
慶島
ライドシェア新法は、ウーバー、リフト、グラブなどのプラットフォーマーに全面的参入を許すものです。
問題点は、大きく二つあります。
一つは、雇用形態が正規雇用でなくギグワーカーであることです。ギグワーカーは、要するに「スキマバイト」です。こうした雇用形態に、安心して利用者の命を預けることができるでしょうか。
プラットフォーマーからすると、利益を上げるには「業務委託」という名前のスキマバイトがもっとも都合が良いのです。社会保険料を払う必要もありませんから。
もう一つは、ダイナミックプライシングの問題です。プラットフォーマーは、雨天やイベント開催時のような、利用者が困っているときに価格を上げ、稼ごうとします。
公共交通には、道路運送法第 条で「運送引受義務」があります。鉄道でもバスでも、乗車券を買ったお客にあまねくサービスを提供しなければいけません。ですから、タクシーでは乗車拒否が禁じられています。
ダイナミックプライシングの下では、お客が「高い価格では乗られない」と言えば「それならご自由に」となります。
価格変動が認められるのは利用平準化のために限られるべきです。例えば貸し切りバスなどで行われている、繁忙期に価格を上げ、閑散期には下げるなどです。プラットフォーマーによるダイナミックプライシングは、これとは「似て非なる」ものだと考えます。
このように、ライドシェアは公共交通の原点と矛盾すると思います。
このような制度導入が「世界の流れ」であるかのように報じているマスコミの論調は「洗脳」に近いと思います。
ーー交運労協としては、ライドシェアに反対する署名運動や「交通運輸政策研究集会」などに取り組んできたと思います。今後の闘いについて教えてください。
慶島
6月7日に「公共交通を守り雇用破壊を許さない総決起集会」を開催しました。これは、新法阻止に向けたキックオフ的な位置づけです。
政府の規制改革推進会議の審議を見ると、来年の通常国会への法案提出が視野に入っているようです。9月に予定される自民党総裁選で、この制度推進が「競われる」であろうことは、菅前首相や茂木幹事長の発言からも明らかです。
ですから、夏から秋にかけては街頭宣伝などでの世論へのアピール活動を強めようと思います。その積み重ねの上に、ワンランク上げた大衆行動も検討しています。
ーー改めて、公共交通政策についての考え方を聞かせてください。
慶島
交通産業は人命を扱うものであることを、改めて強調したいと思います。
軽井沢スキーバス転落事故(注2)や知床観光船沈没事故(注3)の経験を見るまでもなく、交通機関の事故は多くの人命に被害を与えかねません。事後的に何を行ったとしても、失われた命は戻らないのです。ライドシェアに代表される社会実験的事業は、公共交通と根本的に「なじまない」のです。
日本は交通産業が民間のビジネスとして成り立ってきた国です。これは、都市部での利益を不採算路線の維持のために補填(ほてん)することで成り立ってきました。しかし少子高齢化の中、このようなビジネスモデルはもはや持続不可能です。
問題は地方です。ビジネスとして「成り立ってきた」だけに、交通産業に税金を投入することに違和感を感じる世論が強いように思います。しかしながら、民間企業の努力だけでなく、国や地方自治体、あるいは市民が連携していかないと、公共交通を維持することは難しいと思います。
タクシーやバス業界であれば、介護輸送や福祉輸送、スクールバスなどの機能を含む総合サービス産業的なものへと脱皮していく。行政はそれを支援する。それなしに、業界に「頑張れ」と言うだけでは厳しいですね。
一部地域では、公共交通を維持するための連携した取り組みが始まっています。JRの無人駅をタクシー会社の営業所として活用したり、実験的に介護輸送に取り組み始めたりしたタクシー会社もあります。
現在、多くの自治体に「地域交通法」に基づく「法定協議会」があります。ただ、形式的な議論に終始しているものも多いようです。地域の労働組合が関わりを増やす必要がありますね。
ーー最後に、賃上げの課題についてお願いします。
慶島
賃上げは、労働者の基本的な課題です。賃上げが適正に実施され、労働条件が改善されてこそ、人が集まります。賃金の原資は、現状では運賃以外にないわけですから、価格転嫁も適正に行われる必要があります。
水光熱費に比べると、公共交通には値上げしにくい事情があります。タクシー料金を上げるとマイカーに逃げられるのではないかと考えるのが一例です。公共交通をめぐる危機は、そんな引け目を感じる余裕すらないのが実際です。
国民世論に堂々と訴えていくことが大切だと感じています。
ーーありがとうございました。
(注1)2種免許 旅客を運送する目的で運転できる免許で、お客を乗せて運転する権利を持つ免許。通常の1種免許取得から1年以上を経過しないと取得できない。
(注2)軽井沢スキーバス転落事故 2016年1月 日、長野県軽井沢町で発生した交通事故。大型貸し切りバスが転落し、乗員・乗客 人が死傷した。運営会社は、運転手の健康診断や乗務前の健康確認、入社時の適性検査などを怠っていた。
(注3)知床観光船沈没事故 年4月 日、北海道斜里町で観光船が沈没、乗員・乗客 人全員が死亡・行方不明となった。事故前年に船体の亀裂損傷を確認していながら、修理を行わず越冬するなど、経営者のずさんな管理体制が暴露されている。