社説

国益を損なった日米関税交渉 対米従属脱却し、アジア共生に舵を切れ

 トランプ政権が各国に一方的に高関税を課して始まった日米関税交渉が合意したと両政府が発表した。石破首相は「日本の国益は守られた」と言うが、言語道断である。日本が一方的に屈服、譲歩したものである。日米の発表も食い違い、合意文書もない。さらなるディールを仕掛けられる可能性もある。

 わが国の基幹産業である自動車、鉄鋼、農業をはじめ国内への影響は計り知れず、日本側が受け入れた5500億ドル(約81兆円)の巨大な対米投資は米国がその利益の9割を得るという。最終的には国民の税金が使われることになりかねない。

 この関税交渉とともに、防衛費の国内総生産(GDP)比3・5%への増額の「密約」が交わされているおそれもある。

 世界の潮流は、すでに中国はじめとするグローバルサウス主導へと変わった。わが国政府は、衰退し「自国第一」の米国トランプの悪あがきにいつまで付き合う気なのか? その道に展望はない。国民の反発は必至である。参院選では、対米従属で大企業優先の自民党政治が国民に拒否された。政治は流動化し、新たな政治への転換が求められている。国民の怒りと行動を基礎に、対米自立の日本の進路に大きく舵(かじ)を切るべきである。

隷属的な交渉結果

 ホワイトハウスが7月23日に発表したファクトシート(概要書)では、以下のような項目を日本が受け入れたという。

①相互関税および自動車・同部品に対する関税を15%とする

②米国産コメの輸入を直ちに75s%増やす

③トウモロコシや大豆など80億ドル(約1・2兆円)相当の農産物を購入

④5500億ドル(約81兆円)の対米投資を行う。投資による利益の90%は米国に

⑤ボーイング社の航空機100機の購入

⑥防衛装備品を毎年数十億ドル分追加購入する

⑦アラスカ州の液化天然ガス(LNG)開発で新たな日米協定締結ーー

 石破首相は「私がトランプ大統領に『関税より投資』と提案して以来、一貫して主張し、働きかけを強力に進めた結果、守るべきは守り両国の国益に資する形での合意を実現できた」「25%から15%に引き下げた」と言う。だが交渉前の自動車関税率は2・5%で、6倍にもなったのだ。

 この関税率を引き下げるため、日本は5500億ドルを「拠出」する、投資による利益の9割は米国が得ると、トランプは言っている。この81兆円もの対米投資の仕組みは明らかではないが、トランプの意図することころは、日本の資金を使い米国が指示するプロジェクトへの投資を日本企業、政府に求める、ということだろう。ベッセント財務長官は、四半期ごとに日本の実施状況を評価して、「トランプ大統領が不満であれば、自動車とほかの製品に対して25%の関税率に逆戻りする」と脅し、実行を迫ろうとしている。

 さらに、「日本は自由貿易のために(農産物等の)市場を開放した」(トランプ大統領)と、支持者に約束していた米国産コメ輸出の成果を誇ったという。

 これらの大きな取り決めで譲歩をし、得るものは何もなく、これを「国益に資する」などはあり得ない。

 しかも党首会談で配布した「概要」には⑤⑥⑦は含まれておらず、③の金額も記されていない。日米が発表した内容は明らかに食い違うが、赤沢担当相は、米国内でトランプと閣僚で調整が容易でないから合意文書作成を拒否していると言う。かつての皇帝にひざまずく朝貢外交でもあるまい。まともな通商交渉とは言えない。

 8月からの臨時国会で集中審議が始まる。次々にボロが出てくるだろう。

自動車など各業界、農業への影響は計り知れず

 大和総研の試算では、トランプ関税の影響は、日本の実質GDPを短期的(25年)には1・1%、中期的に3・2%程度下押しするとしている。

 日本の自動車産業は対米輸出の約4割を占める。国内自動車メーカー7社の一次、二次を含めたサプライチェーン企業は約7万社、従業者は436万人である。トヨタ、ホンダ、日産、マツダの順で、鋼材や機械、部品卸を含む卸売業、清掃や機械修理などサービス業、自動車販売店など小売業など極めて裾野が広い。

 自動車業界は、熾烈(しれつ)な国際競争の中で、重点が部品製造からソフトウエア開発に移行するなど大変革期にあたり、下請け・取引会社の赤字企業は約3割、さらに日産の赤字決算や人員削減、一部工場閉鎖が発表された。部品会社の「コロナ借換保証」債務返済がピークを迎え、返済負担の増加、人手不足、後継者不足で、廃業や倒産のリスクが高まっている。そこに今回のトランプ関税15%で輸出下請け企業のみならず、取引先メーカーの国内減産で経営を直撃する。リストラ、雇用破壊が一気に進行する。

 次いで関税率50%を課せられている鉄鋼、アルミニウムなど日本の基幹産業のほか、関税が課せられる業種は4000にも及ぶ。これらの企業が立地する地域経済に打撃を与える。

 農業ーコメの輸入はミニマムアクセス77万トンの枠内での、米国産米の輸入といわれている。現状の36万トン程度を75%増やすと63万トンで、ミニマムアクセスの約8割を米国産米が占めることになる。日本側は「需給を見て」と言っているが、米国は「直ちに」と言っている。

 さらに、日本は80億ドル、1兆2千億円もの米国の農産品の購入を約束した。米国からの農産物輸入は現在でも2兆1千億円規模で、5割以上増やすことになる。品目としてトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、SAF(持続可能な航空燃料)が挙がっているが、すでに現状でもトウモロコシは全輸入量の6割以上、大豆は約7割を米国産が占める。北海道、千葉県、茨城県の国内産地で大きな影響が出る。

 鈴木宣弘・東大大学院特任教授は「コメも差し出し、自動車も守れず、全てを失った『盗人に追い銭』外交だ。備蓄米と輸入米の価格破壊だけが先行し、コメを守る政策は示されぬまま、『地獄』への道を突き進む」と言っている。食料自給率はさらに下がる。農民の怒りは爆発寸前だ。

防衛費や駐留経費増額「密約」の可能性も

 石破首相は、この関税交渉の途中で、「関税と安保の問題をリンクさせるべきではない」と主張して安全保障の分野は除外されていたはずである。だが、米国のファクトシートでは、防衛装備品を毎年数十億ドル分追加購入するとあり、ボーイング社の航空機100機の購入を含めて日本側は認めていない。

 すでに米国は7月の外務・防衛担当閣僚会合(2+2)で日本の防衛費対GDP比3・5%を提起しようとしていた。 

 「琉球新報」は「1970年代の沖縄返還交渉でも、米軍用地原状回復補償費の米側負担肩代わりや有事の際の核再持ち込み容認の『密約』が交わされていた。米国有利の要求を日本がのみ、理不尽な合意内容を国民に知らせないという密室協議が日米交渉の歴史だ」と喝破している。そうであれば徹底して追及していかなければならない。

 すでに米国の対中戦略に沿って、安保3文書で「専守防衛」は投げ捨てられた。防衛費は27年までのGDP比2%として軍拡が進み、中国、アジア諸国を刺激し、国家財政を圧迫している。少なくとも米国は、秋の2+2で3・5%要求を、関税合意の進捗(しんちょく)と絡めて強めてくるだろう。

 これは参議院選挙の中でどの党も争点にしなかったが、日米関係はさらに重大な局面となる。

対米従属外交からの大転換を

 こんにちの世界の潮流は、すでにG7・欧米主導から中国を中心とするグローバルサウスが経済、政治でも主導する世界に変わっている。

 日米合意後、欧州連合(EU)は関税15%の見返りに7500億ドルのエネルギー製品の購入と6000億ドルの対米投資で合意をした一方で、中国は4月、米国に報復関税を打ち出し、インドのモディ首相も報復関税を世界貿易機関(WTO)に提訴、ブラジルのルラ大統領は「皇帝のようなふるまいを許さない」と踏ん張っている。

 トランプの存在もまた国内に広がる経済格差という歴史の産物で、高関税攻撃で米国の製造業復活を目指してもすでに技術は失われ不可能である。悪あがきは世界を混乱させるばかりである。

 わが国の大企業、独占資本は、対米従属の自民党政治の下、米国市場とドルに頼り、利益を上げてきた。1980年代以降の米国の圧力と冷戦崩壊後の大競争の中で、対米投資と輸出に依存しながら多国籍化し国内を犠牲に利益を上げてきた。むろん、半導体産業など米国の都合でつぶされてきた産業も多い。一方で今世紀に入ってから日本の貿易関係は中国をはじめとするアジアの比重が増え、こんにちでは6割、米国は2割程度に過ぎない。そこに、トランプ関税で米国への輸出、自動車産業が狙い撃ちされている。支配層の中で日米関係での動揺があるのはそのためである。

 経済同友会の新浪代表幹事は「米国の自国優先主義への傾倒、国際協調への関与低下という本質的な流れは今後も変わるわけではない。日米関係の強化にとどまらず、日本主導による国際協調の枠組みの再構築を進め、日本経済の回復力の強化を図ることが急務だ」と言っている。

 トランプの関税攻撃を受け入れ、譲歩して、日本の新たな進路を切り開くことはできない。自民党政治の耐用年数は過ぎた。対米従属政治を脱却して、アジアの平和、共生に舵を切らなければならない。

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