インタビュー

731部隊は「一部の暴走」ではない 日本医学界の戦争責任問い続けるーー末永惠子・福島県立医科大学准教授

 「台湾有事」をあおる高市政権が登場した。中国敵視の世論操作に反対する上で、旧日本帝国主義による中国への侵略戦争と植民地支配、数々の残虐行為の事実を掘り起こし、認識することは不可欠である。関東軍防疫給水部(731部隊)を中心とする旧日本軍による細菌戦を調査している末永惠子・福島県立医科大学准教授に、医学界の戦争責任などについて聞いた。(文責編集部)


ーー731部隊などに関心を持つようになったきっかけを教えてください。

 私は「戦争と医学医療研究会」の副代表を務めています。この前身である「15年戦争と日本の医学医療研究会」で中国を訪問した際、東北地方・ハルビン(黒竜江省)、チチハル(同)、瀋陽(旧奉天・遼寧省)などを訪れました。

 ハルビンの「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」のほか、遺棄された細菌兵器や毒ガスで住民が被害を受けた地域も回りました。

 731部隊に関する展示は、やはり衝撃的でした。また、自分の家族が残留実験動物によってペストに感染して全滅した遺族の証言は重たいものでした。細菌戦による被害が最も深刻だったのは浙江省で、義烏市では約1400人が死亡したとされています。

 こうした現実を知り、日本人、医学に携わる者として「申し訳ない」という気持ちになりました。731部隊の施設は証拠隠滅のために爆破されていますが、「きちんと残さないといけない」とも思いました。

 これを契機に、生体解剖を行っていた旧満州医科大学(現・中国医科大学、瀋陽)に関して「戦時医学の実態—旧満州医科大学の研究—」(2005年)を上梓(じょうし)しました。

ーー731部隊などについての先生の研究を教えてください。

 ハルビンにあった731部隊の姉妹部隊として、甲1855部隊(北支那防疫給水部、北京)、栄1644部隊(中支那防疫給水部、南京)、波8604部隊(南支那防疫給水部、広州)、岡9430部隊(南方軍防疫給水部、シンガポール)などがありました。このうち最も規模が大きいのが、栄1644部隊です。

南京にあった栄1644部隊の建物

 731部隊では、中国人をはじめ数千人の人びとが「マルタ」として非人間化され、殺されました。細菌戦と生体実験だけでなく、軍陣医学を発展させるための基礎研究、凍傷になりにくくする兵士の体質強化など、さまざまな研究が行われていました。

 凍傷実験は主に寒冷地のハルビンにあった731部隊で行われました。

 一方、栄1644部隊では、青酸カリなどの毒物を仕込んだチョコレートを摂食したら何時間後に「効果」を表すかなど、暗殺・謀略のための実験も行われていました。このため、医学関係者だけでなく、理学や農学、水産関係者、さらに菓子職人まで雇用していた。謀略戦の事実は、戦後発生した帝銀事件(1948年)の捜査の中で明らかになったことです。

 こうした部隊独自の研究と併せ、ペスト菌、コレラ菌などの「現地生産」が進められていました。

 抗日闘争に関わって捕虜とされた人びとが「特別移送」という名目で731部隊に送られ、生体実験・解剖の対象とされた。ところが、「マルタ」にされたかどうかについてはほとんど記録がありません。戦後しばらくたってから、中国側の熱心な調査によって、日本軍に捕らえられて「移送」されたことが分かった。731部隊罪証陳列館にはこうした犠牲者の名前が刻まれています。

 その被害者は、事実が判明するまで「行方不明」扱いだったため、周囲からは「漢奸(スパイ)だったのではないか」と疑われ、遺族も非常につらい目に遭っていたそうです。

 731部隊などの撤収後も、先に述べた残留実験動物による被害と併せ、甚大な被害、苦しみを与え続けていたことを忘れてはなりません。

 こうした事実を知るにつけ、私は「戦争と医学の問題を掘り起こしていきたい」と考えるようになりました。

ーー日本の医学界全体の問題だとのお考えですね。

 731部隊は、当時の日本医学界の「特殊な人びと」の「一部の暴走」ではなく、根幹と言うべき存在です。

 部隊長の石井中将は実動部隊の長で、医学界の重鎮や陸軍軍医学校、参謀本部がバックアップした、「優秀な者が行ける」研究施設でした。医学部から派遣された研究者たちも、誰かにそそのかされたのではなく、自分の出世欲もあって加わった。つまり、危険な最前線に軍医として赴くより、安全な「エリート部隊」で研究に専念できるほうが、はるかに好ましい選択だったのです。

 だから、彼らには「残虐なことをしている」という意識はなく、「恵まれた環境で研究できる」という意識でした。

 時代はさかのぼりますが、陸軍軍医であった文学者の森鴎外は、日清戦争、義和団事件、日露戦争に従軍しています。彼は、敵兵の頭蓋骨を「研究材料」として、日本の知人に送っています。この感覚は731部隊と大差ありません。

 日本の医学界はこんにちでもなお、731部隊と姉妹部隊が犯した細菌戦や生体解剖について、全く反省していません。

 それどころか、関係者は戦後、生体実験の情報を米国に渡すことで免責され、大学教授やミドリ十字(現・田辺三菱製薬)などの製薬会社経営者として、何不自由ない生活を送っています。その旧ミドリ十字が犯したのが薬害エイズ事件です。

 医学界の無反省な体質は全く変わっていません。

ーー当時、戦争協力に反対した医師はいなかったのでしょうか?

 生理学者の横山正松・北京大学医学院助手は、甲1855部隊から「銃弾が腸を貫通しても、腸内容が漏れぬようにする薬品を、中国人捕虜を使って実験せよ」と命じられましたが、「人命を損なう、そのような実験はやりません」と拒否しました。結果、彼は最前線に飛ばされましたが、なんとか生還できました。横山氏は戦後、福島県立医科大学の教授になりました。これは斎藤隆夫衆議院議員が「反軍演説」で除名された(1940年)ことと同じです。

 こうした人びと、少数意見を尊重する社会ではありませんでした。

ーー末永先生が学生たちに伝えたいことは?

 授業で「731部隊を知ってる?」と聞いても、きょとんとしている学生が多い。高校までの学校教育で、731部隊をはじめ侵略戦争の事実について教えていないことは、重大な問題です。

 部隊に所属していた医師たちは、残虐行為が「日常」になっていた。人を人と思わぬ感覚には誰でもなれるのです。731部隊を研究した故森村誠一氏は「悪魔の飽食」と名付けましたが、エリート医師であり、大学では「立派な先生」である彼らがそうなった。「正しいこと」とさせるものがあった。それこそが問題です。

 企業が人殺しの武器をつくることは現在でも広く行われています。これを支える知識は人間の産物です。細菌戦だけが問題なのではなく、自分の技術や知見が何に使われるのかに想像力を働かせること、倫理が求められています。

 「自分は命令されただけだ」という言い訳がありますが、戦争を始めた責任、命令した責任、命令を実行した責任を、それぞれ考えるべきです。

 何より、実際に戦争が始まってしまえば、ほとんどの人はただちに巻き込まれてしまう。だから、戦争を起こさないようにしなければなりません。民主主義を守らなければなりません。

 戦争被害の重みを知っていれば、軽々しく「有事」などと言えないはずです。今の「台湾有事」も扇動であり、乗ってはいけません。そうならないためには、過去の事実を率直に見つめることです。

 中国、アジアとの関係では、侵略戦争と植民地支配の諸事実を認めて真摯(しんし)に謝罪しない限り、問題は永遠に続きます。

 侵略戦争、戦争犯罪に関する資料は、実は、日本国内にこそ埋もれています。外務省、防衛省などの国家機関だけでなく、個人宅も含めて、日本側による真剣な調査が求められています。今は最後のチャンスと言ってもよいでしょう。

 戦争の悲惨さは、外国の戦争犯罪から学ぶだけではいけません。何より、自分たちの先祖が犯した過ちから学ぶべきです。

すえなが・けいこ
 福岡女子大学、東北大学大学院を経て、福島県立医科大学医学部講師。現同大学総合科学教育研究センター准教授。「戦争と医学医療研究会」副代表。

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