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映画紹介/『マルモイ ことばあつめ』「民族とは言葉」 同化政策への抵抗描く

 「民族とは言葉である」。三浦しおんの「舟を編む」は、辞書づくりを通して言葉の重さを教えてくれた秀作だが、本作は視点を変えスケールアップさせた名作である。

 日本は1910年、甲午農民戦争(1894年)以降に本格化させた朝鮮半島侵略の「総仕上げ」として大韓帝国を併合、朝鮮総督府の統治下に置いた。1919年には「三・一独立運動」が発生、総督府は軍隊を動員し、「朝鮮独立万歳」を叫ぶ数千人の人民を虐殺、5万人近くを逮捕した。

 蜂起は鎮圧されたが、総督府は朝鮮への植民地統治スタイルを転換することを余儀なくされた。とくに同化政策として、創氏改名、神社建設と参拝、皇居(江戸城)遥拝、兵士や労働者としての徴用などが強制された。とくに重大なのは、学校と公式の場における日本語の強制である。

 本映画は、創氏改名が実施される1939年前後を舞台に、日本語強制によって失われ始めた朝鮮語を保存するために闘った人びとを、「朝鮮語学会事件」(1942年)をモデルに描いている。(以下、ネタバレを含む)

 スリのパンスは、ふとしたきっかけで朝鮮語学会代表のジョンファンに出会う。ジョンファンは民族の言葉を守るため、秘密裏に朝鮮語の辞典を制作しようとしていた。

 読み書きすらできないパンスは、辞典づくりを手伝うことを通して言葉の大切さを知っていく。だが、総督府の弾圧は激しさを増し、学会メンバーは追い詰められていく…。

 「ひとりの百歩より、百人の一歩が大切」と、懸命に言葉を守り、記録しようとするジョンファンは、まさにインテリ層の民族主義者である。

 ジョンファンと対比する形で、社会の底辺出身で、「カネなら分かるが、言葉を集めてどうする」となじっていたパンスが活動家へと成長していくさまが生き生きと描かれているのが素晴らしい。

 映画独自のラストだが、最後に大きな役割を演じたのが「底辺」のパンスであったことは、帝国主義と闘う人民のたくましさにほかならないと感じた。

 また、2つの親子の対比が見事だ。かつて独立運動を闘い、今は植民地支配に協力しているジョンファンの父。当たり前のように日本人教師に殴られ、父に「日本語を使わないで」と求めるパンスの息子。植民地支配がもたらした「ねじれ」である。

 日本帝国主義による朝鮮支配は、「言葉=民族」を抹殺するに等しいものであった。同時に、親子の間にさえ埋めがたい分断を持ち込んだのだ。戦後80年を経て、この溝は埋まったのだろうか。

 戦後80年を迎えたこんにち、私たちは侵略戦争と植民地支配に対し、正確な認識を持たなければならない。日本と朝鮮半島・アジアとの間にある深刻な「溝」を埋めるのは、私たちの責任である。(K)

2019年製作/135分/韓国

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