インタビュー 青年学生

被選挙権年齢の引き下げに取り組む 若者の政治参加は日本の未来にーー沼子真生さん(早稲田大学大学院社会科学研究科)

 早稲田大学大学院生の沼子真生さんは、一般社団法人の若者団体「NO YOUTH NO JAPAN」(「若い世代なくして日本はない」の意味)でメディア運営などを担当、同世代に政治参加を呼びかける一方、被選挙権年齢を引き下げる法改正を求める活動にも取り組んでいる。沼子さんに問題意識や想いを聞いた。(文責編集部)

被選挙権年齢の引き下げを訴える院内集会(5月22日、写真提供:Reiko Wakaiさん)

留学先で気付いたこと

 私は、親の仕事の関係で、子どもの頃からシンガポール、香港、オーストラリアでの生活を経験しました。異文化や多言語に触れて育つとともに、転校した先々で自分がマジョリティーではないと意識する経験もしました。

 一方、沖縄の基地問題や福島の原発問題を考えると、自分はマジョリティーの側にあり、基地や原発の被害・負担を押し付ける側にいます。沖縄の米軍基地は「日本の安全保障のため」と言いながら沖縄の人の生活や安全を脅かしています。福島の原発は首都圏のエネルギー供給のために事故を起こし、ふるさとを追われた住民もいます。

 また、東京に暮らし、大学院で学んだり留学したりする費用を出してくれる親がいるなど、自分は恵まれた環境にいて、ある種の特権があるという意識も持っています。

 大学2年生の夏に「平和について学びたいので、多くの国連機関がある国に」という安直な発想でスイスに留学しました。大学でウクライナ難民の友だちもできて、戦争を非常に身近に感じました。同時に、その戦争をめぐって日本を含めた各国の代表がさまざまな外交活動を行っていることも身近に感じました。

 こうした経験から、戦争や平和は各国の政治の延長上にあると、その時になってやっと認識しました。それまでは、戦争が起こった後に被害を受けた人に行う人道支援などに関心がありました。しかし次第に、戦争を起こさせないために自分には何ができるのか、その根本は政治参加なのではないかと、国内政治に関心を持つようになりました。

 また、スイスで受けた女性と政治の授業に強く影響を受けました。生理、妊娠・出産・子育て、働き方など、女性の抱えるさまざまな問題は、政治分野に女性がおらず、その困難を経験していない人が代表して政策をつくっているからだと気づきました。また日本の高齢男性が占める議席の多さに驚き、初めて自分の一票が社会問題と通じていることを理解しました。

 さらにスイスでは、議会選挙という間接民主主義だけではなく、さまざまな課題の是非を問う国民投票など直接民主主義が根付いていることも知りました。

 こうした経験を経て、政治や民主主義は単なる仕組みではなく、人びとの参加によって機能させるべきもので、社会問題は人びとの参加によって解決されるべきだと思い至りました。

年齢重視の風潮に違和感

クーフィーヤを身につけて院内集会を主催した沼子さん
(右、写真提供:Reiko Wakaiさん)

 留学から帰国後の大学3年生の秋、若者の政治参加の促進のため活動するNO YOUTH NO JAPANに入りました。同年代の投票率の低さや無関心を変えなくてはいけないと思ったからです。

 ちょうど同時期にイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区へのジェノサイドが始まり、人の命がいとも簡単に奪われていく光景を毎日スマホ越しに見ていました。留学を経て国内政治に関心を持つようになった私は、日本政府の虐殺に加担する姿勢に深く絶望し、怒りを感じました。パレスチナが破壊されていく異常さと、まるで何も起こっていないかのように皆が暴力を無視して過ごし続ける日常に、「こんな社会であと何十年も生きたくない」と感じました。パレスチナの痛みを通じ、権力を持たない声の小さい人びとが暴力にさらされる理不尽さは将来世代に残したくない、生きたいと思える、生きられないと絶望しなくて済む社会にしたいと考えるようになりました。

 しかし、私を含む若者がパレスチナ問題で声を上げると、「若いから大した知識や経験がない、何も理解せずに抗議してる」「まず自分の生活を考えなさい」など、年齢や稼ぎを基準に、まるで私たちの意見や行動に価値がないかのような、私たちの想いを透明にするような声をかけられることがあります。

 このように、若者の声は聞くに値しないという風潮は日本の被選挙権年齢の設定にも表れています。日本では、選挙権は18歳で得られるにもかかわらず、被選挙権は25歳あるいは30歳にならないと得られません。問題や政策を訴えて立候補することも、25歳未満の当事者を議会に送り込むこともできません。

 この10月、「選挙権は18歳で得られるのに、立候補できる年齢が25歳や30歳であることは憲法違反」としてNO YOUTH NO JAPAN代表理事の能條桃子など20歳代の原告複数人が国を訴えた訴訟の地裁判決が出ました。私は原告ではありませんが、キャンペーンなどの形でこの取り組みに関わってきました。

 裁判長は、議員には相当な知識や経験が必要で、一般的に社会経験の多さは年齢と比例関係にあり、選挙権の18歳よりも高い年齢設定には合理性がある、などと結論付けました。2年も裁判をやってこんな判決しか出なかったことに深く失望しました。

 私は広く使われている「社会人」という言葉には疑問を感じています。これは事実上「労働者」と同じ意味で使われますが、「働いて稼いでこそ一人前、稼いでいなければ半人前」という価値観が含まれていると思います。学生や家事労働(無償労働)をする女性への偏見も見え隠れします。判決がこのような意識を一歩も出なかったことはとても残念です。

若者も政治の当事者

 仮に「若者は未熟だ」との意見をある程度受け入れたとしても被選挙権年齢を引き下げるべきで、その意義も大きいはずです。

 政治は社会生活のあらゆることに関わっています。もちろん若者や学生の生活も例外ではなく、年齢を問わず誰もが政治の当事者です。学生であれば教育制度の当事者であり、入試制度や学費の問題は自らの人生を左右します。また、就職活動の早期化は学生にとって大きな負担で、私自身が就職活動をしていた時にはこれこそ若者が当事者として意思決定に関わるべき問題だと感じていました。

 「被選挙権年齢に達してからその課題に取り組めばいいじゃないか」という意見もあります。しかし、その課題の切実さは年齢や経験とともに変わります。学生の時には就職活動で悩んでいた人も、卒業して勤め始めたら労働問題や税金が主な関心となるかもしれません。その時々に、その問題に最も影響や被害を受けている当事者が、意思決定に関わる権利が保障されるべきではないでしょうか。

 選択的夫婦別姓制度がなかなか実現しない背景には、議員の当事者性の欠如も関係していると思います。これは私の周りの若者にとっては非常に関心の高い、自らのアイデンティティーやキャリアに関わる人生の一大事です。私の知人にも、改姓の選択を迫られて泣くほどつらい経験をした人も、別姓の導入待ちを理由に結婚をしないでいる人もいます。

 気候変動や原発の問題などに対する認識も、世代によって異なるように思っています。今意思決定に関わっている50〜70歳代の議員と、より長く生きるけど議員にはなれない10〜20歳代の若者は、受ける被害の大きさが違います。猛暑や異常気象は年々深刻化し、原発は核ごみの最終処分場が決まらないまま動かし続け、その負担や被害を背負うのは将来世代です。政治に若者の声が反映されれば、持続可能性についての課題がもっと重視されるかもしれません。

政治参加がゴールじゃない

 私はマジョリティーのためにマイノリティーが犠牲になる社会をやめたいです。マイノリティーが生きやすい社会を自分たちでつくれるよう、多様な政治参加が保証されるべきだと考えています。日本の人口の年齢構成を見ると、若者は間違いなくマイノリティーです。そのような視点からも被選挙権年齢の引き下げについて考えてもらいたいと思っています。

 もちろん若者は相対的に資源が不足しているので、被選挙権引き下げが実現しても当選できないかもしれません。供託金や選挙費用を集められず立候補さえできないかもしれません。それでも少なくとも権利は与えられるべきだと考えます。参政権は基本的な人権のうちの一つです。まずは立候補できる権利です。

 この課題については与野党を問わずほぼ全ての政党が賛成しています。にもかかわらず法案提出まで至っていません。議員は全員が被選挙権を行使しているからそこ議員なので、最重要課題にならないのは当たり前だと思います。この5月には院内集会を開き全ての政党に実現を訴えました。今後とも呼びかけを続けていきたいと思います。

 また、若者が政治に参加する手段は投票や立候補だけではありません。海外では、こども若者会議やユース・パーラメントなど、被選挙権に達しない年齢の人が集まって自治体や政党に政策提言したりする仕組みがつくられていたり、予算の一部を決定し使うことが認められていたりする国もあります。若者の声を政治に反映させるさまざまな仕組みを整備することも求められていると思います。

 私にとっては被選挙権年齢の引き下げや若者の投票率100%がゴールではありません。同世代に政治参加を呼びかけるだけでなく、支配や搾取、暴力のない平和で持続可能な社会をつくるため、これからも活動を続けていきたいと思っています。

NO YOUTH NO JAPAN

立候補年齢を引き下げるためのプロジェクト

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