解説

「台湾住民の自決権」を論じる意味 中国革命は反植民地主義闘争の偉大な前進

 高市首相による「存立危機事態」発言の撤回と、辞職を求める闘いが重要な課題になっている。闘いを発展させる上で、台湾が中国の一部であるという「一つの中国」の立場を堅持することが重要である。

 だが、「台湾住民の自己決定権」などと言い、「一つの中国」の立場に事実上反対する人々が一定数いる。典型は日本共産党で、「台湾住民の意思を尊重し、理解を得ることが決定的に重要」などという。

 昨年来、多くの青年学生がイスラエルによるパレスチナでの大虐殺への抗議に立ち上がった。一部は、沖縄の米軍基地反対運動との連帯を強め始めている。ここで叫ばれているのが「自己決定権」や「反植民地主義」のスローガンである。

 その一部に、米軍基地被害に苦しむ沖縄と、中国の「軍事的圧迫」を受ける台湾(この真偽は重要だがひとまず置く)を、「自己決定権が奪われている」として同一視する見解がある。

 沖縄の「自己決定権」とは、米日両政府による基地押し付けに反対する立場で、県民の当然の要求である。また、沖縄に対する米日両政府の態度は、植民地主義と言っても何ら問題はない、不当なものである。

台湾の自己決定権は幻想

 だが、台湾を沖縄と同一視できるのか。

 「台湾住民の自己決定権」を主張する見解の多くは、米国や日本政府が半ば公然と宣伝する「台湾地位未定論」を基礎にする。

 1951年のサンフランシスコ講和条約では、台湾がどの国家に帰属するかは明記されなかった。これを口実に、「台湾の地位は未確定」とする立場である。公式には台湾を独立国としては認めない一方で、台湾当局による実効支配地域(台湾島、金門島など)を、中国の領土とも認めない。

 この延長上に、「台湾住民自身が独立か統一かを選ぶ権利」を持つという考え方が生じる。

 だが、中国はサ条約調印に招かれず、署名もしていない。サ条約が、日中間の戦後処理の法的根拠とはならないことは明白である。日本でも、社会党や共産党がサ条約を認めないなど、国民的合意を得たものではなかった。

 日本が台湾を中国に返還したのはサ条約ではなく、ポツダム宣言の受諾によってである。後述するように、これは日中間でも確認されている。

 さらに中国だけでなく、台湾当局もまた、公式には台湾を「中国の一部」とする態度を維持している。両岸間の違いは「どちらが中国の正統政府か」という点で、これは民進党が政権を握るこんにちでも変わっていない。

 「未確定」どころか、台湾は中国の一部で、「台湾住民の自己決定権」は国際政治上の問題になっておらず幻想なのである。

 「自己決定権」論は、その主観的意図はどうあれ、台湾独立論の一部あるいは亜流と言ってよい。

 しかも、侵略と植民地支配に手を染めた日本がそれを主張すること自体が、中国・台湾の人々からすれば「迷惑千万」である。

 まして日本は、1972年の日中共同声明で、中華人民共和国が「中国の唯一の合法政府であることを承認」し、台湾が中国の「不可分の一部」であることを「十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」と確認した。「ポツダム宣言第8項に基づく立場」とは、中国への台湾の返還を認めるとする立場である。

 日中共同声明は、国会で全会一致で承認された。この立場を順守することが肝心なのである。

「民族統一」は中国の悲願

 もう一つ、「台湾住民の自己決定権」という考え方には、中国の民族自決権が一顧だにされていない。

 中国(清朝)はアヘン戦争以降、列強による植民地支配に苦しんだ。国土は奪われ、人民は殺され、収奪され、文化は壊され、経済は破壊された。列強と腐敗した清朝の支配を打ち破ろうとする闘いが続き、1911年の辛亥革命として結実した。だが、列強とそれに結びついた軍閥、買弁資本による支配は終わらなかった。

 日本は日清戦争で台湾を奪い、争奪戦に参戦した。日露戦争(1904年)で中国東北地方で利権を獲得した。その後の21カ条要求(1915年)、柳条湖事件(1931年)を経て「満州国」をでっち上げ、盧溝橋事件(1937年)で侵略を本格化させた。日本は中国にとって、最大の侵略国・植民地支配国となった。

 こうした半封建・半植民地状態を終わらせたのが、中国革命である。中国共産党は国共合作による抗日戦争の勝利に続き、国共内戦にも勝利した。

 新中国は、中国が負わされた賠償金や借款、不平等条約を一切継承しなかった。中華民国(国民党や軍閥の政権)がそれらを継承したことと対照的である。

 これは、抗日戦争、反植民地闘争で主導権を打ち立てたのが、中国共産党であったからだ。中国革命と1949年の中華人民共和国の成立は国際共産主義運動の勝利というだけでなく、世界の反帝国主義・反植民地主義闘争の偉大な勝利である。

 だが、中国の反植民地主義闘争は、未完である。英国から香港を、ポルトガルからマカオを取り戻したものの、台湾は依然として施政下にない。中国にとって「民族統一」は悲願で、それは正当な権利である。

分断は米国の責任

 最後に、中国の統一がいまだ達成できていない原因をつくり出しているのは、統一を妨害した米国であり、それを支えた日本である。

 中華人民共和国が成立し、敗れた蒋介石・国民党勢力は台湾に逃げ込んだ。新生中国による「祖国統一」「台湾解放」は目前だった。だが、米国は朝鮮戦争に介入するとともに、台湾海峡に第7艦隊を派遣して台湾を保護下に置いた。中国は統一を延期せざるを得なかった。

 さらに米国は1954年、台湾と「米華相互防衛条約」を締結した。米軍が台湾に駐留、核ミサイルも配備された。これに続くベトナム戦争の期間中も、約3万人の米軍が台湾に駐留し続けた。膨大な軍事援助と顧問団の派遣も継続された。

 米国は中国との国交正常化(1979年)後も、台湾関係法によって軍事援助を継続させた。台湾が中国の一部であることを「認識」し、米国による台湾防衛義務はなくなったが、オプションとして米軍の介入余地は残されている。いわゆる「あいまい戦略」である。

 第一次トランプ政権は、この「あいまい戦略」から踏み込む姿勢を見せた。2020年に「台湾保証法」を成立させ、「国際機関への台湾の有意義な参加」を促すことを決めた。次のバイデン前政権は繰り返し「台湾有事」への「介入」を明言、2022年にはペロシ下院議長が台湾を訪問して、中国を露骨に挑発した。2023年には国防権限法を制定、27年度までに100億ドル(1兆5600億円)の軍事援助を承認した。

 米中央情報局(CIA)や、ロシア周辺国での「カラー革命」で暗躍した全米民主主義基金(NED)を使った、台湾世論への系統的工作も続いている。NEDの働きかけにより、2003年には「台湾民主基金会」が設立された。台湾に限らないが、「民意」の一定部分は、こうしてつくられてもいる。

 中国による統一事業を阻止し、中国・台湾(両岸)の分断を「固定化」したのは、ほかならぬ米国である。帝国主義的干渉そのものではないか。

 日本も1952年の日華条約で台湾当局を支持し、分断に加担した。近年、多くの与野党国会議員が台湾を訪問している。昨年には、海上保安庁と台湾海巡署(海保)が初の合同訓練を行うなど、政府機関も公然と台湾と関係を持つに至っている。

 「反植民地主義」の立場をとるのであれば、こうした米日による干渉こそ非難すべきであろう。他方、中国による台湾統一に反対することはできない。台湾問題は、その解決手段を含めてもっぱら中国の内政問題なのである。(K)

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