故・大隈鉄二同志

労働者階級の革命的指導者、党の創設者、中央委員会議長 大隈鉄二同志を追悼する

2021年4月24日 日本労働党中央委員会

 4月24日に東京で行われた「日本労働党中央委員会議長 大隈鉄二同志追悼会」で、党中央委員会を代表して秋山秀男議長代行(当時)が追悼文「労働者階級の革命的指導者、党の創設者・中央委員会議長 大隈鉄二同志を追悼する」を読み上げた。以下はその全文。


一、日本労働党中央委員会議長大隈鉄二同志は、去る3月22日午前1時半、心不全でその闘いの生涯を閉じた。同志の一生は、日本の労働者階級の革命的前衛政党建設と共産主義をめざして闘った革命的で偉大な生涯だった。

 大隈同志の逝去は、わが党とわが国革命運動にとって大きな損失だ。われわれは遺志を受け継ぎ、革命党の建設と日本革命の勝利に向けて闘うことをここに誓う。

一、大隈同志は、労働者階級の先進分子を結集する革命的前衛政党の建設に全力を傾け、日本労働党の結党を主導し、一貫して党の闘いの指導者であった。

 大隈同志は、1974年1月、日本労働党の結党大会を主宰した。

 戦前の天皇制絶対主義下の日本帝国主義との闘いの革命的伝統を持った日本共産党は、敗戦直後も労働者階級・人民の先頭で革命的に闘った。当時の労働運動で大きな影響力を持っていた国鉄労働者の一人だった若き大隈同志も、ストライキを指導するなど闘いに加わった。占領軍主導のレッドパージは過酷をきわめ、同志は職場を追われたが、日本共産党に入党し、ほどなく職業革命家となった。

 だが、米占領軍支配下の厳しい闘いの中で共産党指導部は分解した。支配権を簒奪(さんだつ)したこんにちの志位和夫委員長につながる日和見主義一派は帝国主義に屈服し、資本主義国家権力との決定的闘いを回避する議会的改良主義、修正主義に転落した。かれらは、当時の組織労働者の中心である総評と中立労連が準備した64年の4・17ゼネストに公然と反対した。また部落解放同盟などにも襲いかかるほどまでに腐敗・堕落した。

 こうした共産党の裏切りには、50年代末からさまざまな批判が労働運動や人民運動内から起こり、共産党内にも広がった。しかし当時の学生運動や新左翼諸派に典型的だが、大衆運動での反発にとどまった。他方、中ソ論争に代表されるように国際的な共産主義運動にも分岐が生まれていた。

 こうした中で大隈同志は、改良主義・修正主義に転落した共産党を打ち倒し、労働者階級としっかりと結びついた真の革命的前衛党の建設を唱え、すべての共産主義者の団結を主張し、日本労働党の結成を呼びかけ創立を闘い取った。「闘争の烈火の中」で日本労働党は誕生した。

 結党には修正主義・改良主義に転落した共産党と闘ってきた政治グループ、社会党内部の戦闘的な労働者、そして「新左翼」の一部が参加した。特に古くからの革命家であり、共産党修正主義と闘ってきた故○○同志は労働党の結成を熱烈に支持し、以降も一貫して労働党の成長・発展と日本革命の勝利に向けて、ともに闘った。

 大隈同志は、労働者階級の最良の先進分子による党という組織原則を打ち立て、さらにどのような党をめざすのかを明確にした。それは、民族課題を中心とする統一戦線問題で理論的政治的能力のある党であり、議会的闘争にも非議会的闘争に対処できる党など、日本の具体的状況の中での建党路線であった。また、高度に発達した独占資本主義国であり議会制民主主義の国であるが故の、修正主義など各種の日和見主義との思想的闘争の重要さを明確にした。

一、内外情勢が激変する中で、大隈同志の指導の下でわが党は結束して革命的な労働党の拡大・強化をめざして闘いを続けてきた。しかし、労働者階級の党組織建設は、重要な前進もあったが、こんにちなお十分には成功していない。だが、資本主義の歴史的危機が迫って、強固な革命的前衛党の建設はますます喫緊の課題となった。

 同志は結党以来、労働者階級の改良のための闘いを重視するとともに、政権奪取に向かう「階級的革命的労働運動」の形成・発展を提起し、運動発展のために心を砕いた。その中で、志を同じくする労働運動の多くの戦闘的指導者たちと深い盟友関係を築いた。党創立前から、炭労傘下の○○炭鉱の闘う労働者との団結に心血を注ぎ、故○○同志をはじめ戦闘的労働者の仲間たちがわが党の戦列に加わった。三菱長崎造船労組の指導者・西村卓司氏など新左翼の戦闘的労働運の指導者たちとも深い友誼(ゆうぎ)を結んだ。

 特に、票欲しさに労働者の断固たるストライキ闘争に敵対した日本共産党の指導に反発し闘う道を堅持した○○労組の闘いを断固として支持した。その指導者である○○氏は同志がこの世を去る瞬間まで深く信頼を寄せた盟友であった。

 こんにちまで同志は一貫して労働党の建設、日本革命の闘いの最先頭で闘い抜いてきた。

一、この50年間、世界は激変した。とりわけ、第2次世界大戦の危機とその後の帝国主義との闘いで全世界の3分の1にまで前進していた社会主義陣営は大きな試練にさらされた。ソ連・東欧の社会主義は、歴史的条件と指導の誤りで帝国主義の攻撃に敗退し、消滅した。中国も試練の中にある。帝国主義の思想攻勢で、全世界のマルクス主義の思想、革命理論、運動の権威は大きく損なわれた。

 こうした中で大隈同志は、「帝国主義に反対する」というプロレタリア国際主義の立場を堅持し続けた。特に日中関係を重視し、党創立以前から○○炭鉱の労働者を率いて訪中し中国共産党や労働者と交流するなど、両国間の政治交流、経済交流、友好交流の発展に尽力した。

 しかし国際共産主義運動では、「自国の労働者人民に頼って」「他国のためではなく自国の労働者階級の勝利のために」との立場を堅持し、それ以前の「共産主義者」にあった、日本の政治勢力でありながらも「ソ連派、中国派、何国派」と呼ばれるような状況を厳しく批判した。

 結党からしばらくして七八年に中国共産党と関係を結んだ。大隈議長は中国の党を深く信頼したが、「日本の党」としての原則は譲らなかった。中国の同志たちと国際共産主義運動をめぐって激しく真摯な議論を何度も行ったことも今や大隈同志の思い出の一つとなった。

 その後、日本共産党の妨害もあって両党関係は途絶えた。だが、同志は「自分の側から裏切ったことは一度もない」とつねづね語っていた。われわれはプロレタリア国際主義を堅持する。

 「市場経済の基礎の上に」という中国の社会主義の道について、いまもわが党は否定的に見ている。同時に、米国を中心とする帝国主義の中国への野蛮な干渉、圧迫、瓦解の攻撃に反対し、「帝国主義と闘う限り断固として支持しともに闘う」姿勢を貫いてきた。6・4事件(89年、日本では「天安門事件」)では、帝国主義は共産党独裁の体制転覆を狙って内政干渉・制裁を強めた。わが国宇野政権も「反中国」の大合唱に率先して加わった。日本共産党も帝国主義に追随した。

 われわれは違った。当時同志が直接筆をとった声明では「わが党は、ブッシュ、サッチャー等のようなキャンペーンに加わろうとは思わない。かれら資本主義諸国の指導者たちは、人権や民主主義のためにたたかっているわけではない。かれらは、社会主義中国を痛めつけ、全世界の社会主義をめざす人民の意志を最後的にくじこうとしている。にもかかわらず、中国での最近の事態は憂慮にたえない。どんな政府も、あれほど多くの人民の行動を、反革命だとか陰謀だとか言いくるめて武力弾圧を正当化することはできないからである」と述べた。

 こんにちも、米帝国主義が強大化した中国を抑え込み覇権を維持しようと政権瓦解の攻撃を強めている。われわれの基本的観点と立場は変わらない。

 2006年、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の最初の核実験の際も、同志は直接筆をとり、「米帝国主義とその追随者に対する北朝鮮の闘いは完全に正当なものである」と断言し、広い範囲で認識面を整頓し、闘う戦線を構築することを呼び掛けた。

 現在、中国も朝鮮も、米バイデン政権の政策を正確に見抜き、断固たる闘いを堅持している。われわれは国の独立と主権、平和のために帝国主義と闘う中国と朝鮮を断固として支持する。

 特に中国共産党は、この7月1日に党創立100周年の記念すべき時を迎える。大隈同志は、今年1月の中央委員会主催の新春講演の中で繰り返し習近平主席指導部の闘いを社会主義への「壮大な実験」と呼んで中国共産党が成功することへの希望を述べた。特に習主席が、金融やデジタル関連で大儲(もう)けしている大企業幹部を叩き、国民の貧困問題を打開するために力を尽くしていることに理解を示し、支持した。
 世界資本主義が完全に行き詰まった歴史的局面である。

一、勝利したはずの資本主義だったが、こんにち決定的に歴史的限界をさらしている。

 今や資本主義は使命を終え、経済社会のありよう、すなわち資本主義的な生産様式が問われる歴史局面となった。

 第4次産業革命といわれる技術革新は資本主義の危機を加速させ、新しい社会の到来を予見させている。

 昨年来のコロナ禍はこの資本主義の根本問題を露呈させ、危機を加速させている。

 世界の資本家たちは「持続可能な資本主義」の幻想を振りまいているが、それは文字通り欺まんにすぎない。地球温暖化と相次ぐ自然災害なども、誰しも認めるように産業革命以来の利潤追求一辺倒の資本主義経済の結果であり、どこから見ても持続不可能である。

 こうした資本主義的な生産諸関係、国家権力に裏付けられた資本主義的(私的)所有関係を基礎とした社会は今や歴史的な限界にきており、完全に行き詰まっている。この世界は変わらざるを得ない。改良的打開は不可能で、根本的解決以外にない。社会革命の時代である。

 資本家階級、支配層は社会の富の生産者である労働者階級を「生活できない」状況に、貧困蓄積と格差拡大で最早耐え難くなっているところに追い詰めている。抑圧されてきた労働者階級が、国家権力を握って経済社会を牛耳ってきた資本家階級を抑え込み、社会を革命的に改造する以外にこの危機からの出口はない。

 労働者階級と資本家階級の矛盾は激化し、両者の衝突が近づいてきている。

 同志は、この歴史的時代の到来をいち早く見抜き、われわれを導き、闘いの準備、革命的前衛党の強化を呼びかけた。

 その決戦に向かう歴史的準備の途上で、大隈同志は斃(たお)れた。同志が導いた革命党建設は残念ながらいまだ成功していない。しかし、この歴史的瞬間を予見し、備えることを公然と提起したのは、われわれが知り得ない全世界での努力はともかく、少なくともわが国では同志だけだった。

 時が来ている。わが党は結束を強め、強大な革命政党を建設することに全力を注ぎ、時代の変化の予兆を感じているすべての人びとと共に、遺志を継いで奮闘する決意である。共に前進することを呼びかける。

一、大隈同志が提起し、確定した党の政治路線は、五十年来の内外情勢の発展と闘いの試練に耐え、こんにちますます重要な戦略的な指針となっている。労働者階級が、当然にも人民的課題を重視するが、独立の民族課題を優先することで、独占資本家階級すらも分断し、最も幅広く戦線を形成し政治闘争の主導権を握り、革命に勝利し政権を握り、連続的に社会主義に向かう道である。

 戦後のわが国は、米占領軍の支配下に置かれた。1951年サンフランシスコ「平和」条約と日米安保条約が締結され、形式上は独立国となったが、真の独立ではなく、国家主権も著しく侵害されたままとなった。わが国は引き続き、米帝国主義の支配下にある「事実上の従属国」となった。真の独立の達成は民族の課題として今もある。

 しかし、50年代からの共産党の日和見主義・裏切りもあって、わが国が従属国であるとの現状規定と独立という民族課題への反発は闘う勢力の中に強かった。米帝国主義は、対中・対ソの戦略上から日本独占資本の育成・強化を支援し、「日帝自立」という誤った理論も広がった。

 そうした中で大隈同志は、高度に発展した独占資本主義国でありながら事実上の従属国であるとのわが国の現状規定を再確立した。そのポイントは、「独立の課題を、独占資本を中心とする支配層もまた解決を必要としている」ことだった。革命運動の前進に向けて、米国の支配や圧迫から生じる支配層内部のさまざまな矛盾を利用できるし、利用しなければならないこと、そのためには労働者階級が民族独立の課題を重視し闘うことで国の政治で指導権を持つ任務を明確にした。安倍前首相に典型的だが、「強い日本」を掲げて「独立」をめざすかのような幻想を振りまき、中間層を欺き政治的支持を広げた。大隈同志は、この危険性を絶えず指摘し、これとの闘争を重視した。ロシア革命を導いたレーニンや抗日戦争と中国革命を導いた毛沢東などの経験と理論に学び導かれていた。

 この戦略路線に沿って、同志は統一戦線問題に一貫して深い関心を払い、その今日的な組織づくりにも尽力した。こうした「組織化」の経験は、わが国では初めてのことであり、わが党の政治的前進を導いた。

 結党初期には、社会党左派のリーダーの一人だった穂積七郎氏などと共に「左翼連合」を結成した。初代幹事会議長は、三重県選出の元社会党代議士で「愛国左派」といわれた足立梅市氏であった。また「日中平和友好条約締結」や「北方領土返還」などでは、社会党委員長も務めた佐々木更三氏や曽我祐次氏などと党派を超えて友誼を築き、運動を発展させ、自民党の一部や財界人とも党を代表して友人関係を広げた。

 その後93年には、以前から深い信頼関係にあった槇枝元文氏(元総評議長)らの呼びかけを支持し協力して「従属国からの脱却」の課題を最優先に掲げる「自主・平和・民主のための広範な国民連合」の結成を呼びかけた。大隈同志の指導下でわが党は広範な国民連合の発展のために尽力し、引き続き奮闘している。こんにち、広範な国民連合はますます影響力を拡大している。

 また大隈同志は、沖縄県民の闘争を一貫して支持・支援し、その全国化のために闘うとともに、社会党県委員長であった新垣善春氏、福地曠昭氏をはじめ、多くの県民のリーダーたちと深い信頼関係を結び、運動の発展に尽力した。

一、現在の国際関係は、資本主義の末期を背景に、米国を中心とする帝国主義とその他諸国の対立、大国間の対立も激化している。とりわけ米帝国主義は、力が衰える中で、強大化する中国を抑え込み世界覇権を維持しようと、戦争も辞さない攻撃に出ている。

 平和の危機の中で、安倍政権を引き継いだ菅政権も「日米同盟基軸」で、米国の対中国戦略の先兵となる道に踏み込んでいる。これは発展するアジアの中で孤立する道である。財界・大企業も中国抜きには成り立たず、選択が迫られ動揺している。米中対立のはざまで、支配層・保守層も含めて、わが国は岐路に立たされている。

 菅首相は先日訪米しバイデン大統領と会談、「台湾問題」の踏み絵を踏まされ反中国の包囲網形成の先兵になることを約束させられた。菅政権はその外交・安全保障でまったくの「時代錯誤」であり、危険であることがあらためて暴露された。

 われわれは、反中国の「人権」攻撃の大合唱には加わらない。

 米帝国主義に反対する中国と全世界の闘いの一環にわれわれは絶えず立ち続ける。

 米国帝国主義の世界支配の時代は終わった。世界は、帝国主義の下で抑圧された弱小国、中堅国、労働者人民が苦しみの中で、抑圧を跳ねのけ自立に立ち上がっている。帝国主義の大国間の対立も激化している。同時に、米帝国主義に反対する闘争が生まれ、各国は米帝国主義に従わなくなっている。特にアジア各国は戦略的な自立を強めている。わが国は、かれらと共に生きることが唯一の正しい道である。

 この情勢は、労働者階級にとって、独立・自主の旗を高く掲げて、支配層の一部も含む最も幅広い統一戦線を形成し、労働者階級を中心とした政権を打ち立てる文字通りの歴史的チャンスである。

 同志が提唱した「独立の課題の主導権を握る」政治路線は、歴史の試練に耐えただけでなく、いま真価を発揮する時を迎えている。

 同志は、その最前線で指導力を発揮して闘いの発展を願い、われわれもそれを望んでいたが、もはやかなわない。

 われわれはその旗を受け継いで前進する。この有利なチャンスを生かし、政権を握り、アジア諸国労働者人民と共に、搾取と抑圧がない社会の実現に向かってさらに前進する。

一、大隈同志は、一貫して党の思想建設を重視し強調してきた。

 結党大会文書には「労働者階級と人民大衆こそが歴史と革命の推進力であること、とりわけ労働者大衆と結びつき、大衆に信頼され、この運動の発展に役立ってこそ革命的たりうるという観点をうちたて、これに対立するあらゆる観点、作風とは徹底して闘わなければならない」と書き込んだ。これはこんにちもわれわれの指針である。

 また同志は、実生活の厳しい経験と闘いの中で独学で哲学を学び、高い水準を闘い取った。それは「闘いの武器」としてわれわれを導いた。

 同志は、党と革命運動の発展を願い、党の理論、思想、政治の水準をいちだんと高めることに心血を注いできた。第六回党大会で同志が提案し採択された労働党規約には「弁証法的唯物論、史的唯物論を世界観、歴史観として堅持し、唯物論的弁証法を党活動のすべての分野・領域の認識と行動とに適用する」と書き込んだ。

 資本主義が末期症状を深める下で、こんにち国際的に価値観・世界観は混乱し、マルクス主義は世界の哲学戦線で劣勢下にある。わが労働党は、だからこそマルクス・レーニン主義を指導思想として堅持し、それを具体化して闘った大隈同志の思想と実践に真剣に学び、闘いを継承・発展させていく。

 そのことが情勢の発展と大衆の要求に応え、反帝国主義闘争、そして日本の革命運動の前進を切り拓くと確信する。

 大隈同志は実に多くの労働者、農民、知識人、女性労働者など各界の人びとと気さくに交流し、親交を深め、幅広く信頼される指導者であった。かれらは陰に陽に党の前進を支えてくれた。エピソードとして、同志が上京した折にいつも利用していた東京駅近くのホテルのフロントの労働者が大隈議長の新春講演会を聞きに来たこともあった。こうした親交のあった、支えていただいたすべての皆さんに、大隈同志に代わってお礼を申し上げる。これからもわが党に変わらぬ友誼をいただきたい。

 途半ばで倒れた大隈同志の遺志を受け継ぎ、全党は中央から現場の同志まで固く団結して、党の総路線と六大会決議に沿って闘い続ける。

 激動の情勢であり、資本主義の側も、労働者階級の側もこのままではもたない歴史局面にある。

 わが党には五十年弱の闘いの蓄積があり、歴史の試練に耐えた幹部集団、献身的な労働者階級の先進分子である現場の同志たち、この党と革命運動の前進を願う多くの友人・知人・支持者の存在、また、革命の統一戦線のこんにち的な形態とわれわれは理解する広範な国民連合が立派に闘っている。

 団結して闘えば、偉大な闘争に戦略的に備え、前進は可能である。

 大隈同志はわれわれの心の中に生き続け、われわれの闘いを見守っている。同志に勝利の日まで「共に闘う」ことを誓う。

 同志、諸先輩、各界の友人の皆さん! 大隈鉄二同志の遺志を継いでともに闘い続けよう!