(5) 参加路線と決別するときがきた−新たな闘いが始まっている
情勢は激変した。金融グローバル化の大競争時代の到来は、日本的労使関係を成り立たせていた条件を崩壊させた。
わが国独占企業はグローバル競争で勝ち残るために、「人間の顔をした市場経済」(奥田日経連会長)などとぎまん的な言葉を弄(ろう)して連合指導部を誘いながら、実際には日本的労使関係を破壊する攻撃を強めている。
最近、労使協議制の形骸化が進んでいる。社会経済生産性本部(九九年の労使協議制についての調査結果)によれば、経営側の労使協議充実への努力の低下、経営の機密情報の労組への提供の後退があるとして、「参加型労使関係の本質である労使協議制の後退」に警鐘を鳴らさざるをえなくなっている。
二〇〇〇年春闘では企業側のうむをいわさぬ攻撃的な態度がめだった。数万、数千規模の人員削減計画を発表する攻勢をかけながら、賃上げは史上最低に押さえ込み、「横並び春闘解体」に踏み込んだ。鷲尾連合会長は二〇〇〇年春闘でのJC回答を受けて、「グローバル時代で株主重視がいわれているが、ここまで強く出てくるとは思わなかった。いったん労使関係がこわれると回復するのは大変難しい。いまの経営者が過去の労使関係の経過を全く考えていないとすると由々しき事態だ。こうした傾向が続くと労使関係をそこなわせ、社会的不安定が生じる。いまの労組リーダーに批判が集中し、別種の組合リーダーが出てくることは経営者にとっても好ましくあるまい」と経営側に苦言を呈した。それは職場の高まる不満を背後に感じとってのポーズ以外のなにものでもないが、図らずも連合指導部自身が参加路線ではもたなくなった現実を認めたものである。
こういう現実を前にしてなお、労使協議、資本家の「良識」に労働者の命運を託すなどという道をとるものは、よほどのばか者か、ならず者と言わなければならない。
資本家はこの危機の時代に、資本家なりの仕方で、労働者に徹底して犠牲を押しつけ、リスクに備えようとしている。
そうだとするなら、労働者が労働者なりにリスクに備えるのは当然の権利である。労働者は資本家に頼るのではなく、独自に、階級としてリスクに備える道を確固として選択しなければならない。
もはや破たんが明らかとなった参加路線ときっぱりと決別し、労働者階級の団結した力に頼って未来を切り開く道、階級的労働運動の路線にそって前進すべきである。この道こそが、独占企業、支配層の攻撃と闘い、要求を実現し、リスクに備えるただ一つの道である。
連合指導部は「労働運動は『抵抗』から『要求』そして『参加』へと、運動のレベルを歴史的に発展させてきた」と言っている。これは真っ赤なウソである。
周知のように労働組合は、どの国でも、「はじめは、資本の専制的命令と闘い、この仲間同士の競争を阻止するかせめて抑制し、そうすることにより、せめてたんなる奴隷の地位よりもましなものに労働者を引き上げるような契約条件を勝ちとろうとする労働者の自然発生的な企てから生まれた」。だから、労働組合の直接の目標は、労資のあいだに必然的な日常の闘争に、資本のたえまない侵害を撃退する手段に、一言でいえば賃金と労働時間の問題に、限られていた。
これを連合指導部が『抵抗』と呼ぶならそれでも結構だが、肝心なことはこの『抵抗』はこんにちでも必要で、有効かつ正当であるということである。資本の側が労働契約の個別化を推し進め、労働者間の競争をあおっているこんにち、この『抵抗』は、ますます切実になっている。これを忘れた労働運動などありえない。
だが、もっと重要なことは、労働運動は『抵抗』の段階で前進をやめなかったということである。資本家階級といくども闘いをくりかえしながら、学び、闘い、革命的理論と結びついて新たな段階に到達した。それは連合指導部がいう『要求』や『参加』の方向ではない。労働者は資本との日常闘争にとどまらず、「賃労働と資本の支配の制度そのものに対抗して」、行動するようになった。「労働者階級の完全な解放という偉大な利益のために、労働者階級の組織化の中心として意識的に行動すること」を学び、政治権力を握って社会を根本的に改造するとるところまで到達した。そのために労働者は、農民、中小商工業者の利益に心を配り、政治的力を結集することを学んだ。労働組合は、経験を通じて「その目標が狭量な、利己的なものでは決してなく、踏みにじられた幾百万の全般的解放に向かって進むものであるという確信」をもつところまで高まった。
したがって、労働運動の歴史的到達点が『参加』であるというのは、歴史的事実をねじまげているだけでなく、労働運動を資本家や支配層の許容する範囲に永遠に押しとどめようとするもっとも悪質な階級的犯罪である。
われわれは、こうしたペテンにだまされず、迷わされず、確固として労働者階級がすでに闘いとった歴史的到達点を踏まえて前進しなければならない。われわれこそ、世界の労働者階級の経験をもっとも正統に、まっすぐにひきつぐものである。戦後のわが国労働運動も、二・一ストや三池闘争の経験をもっている。
その力はあるか。ある。資本家側のなりふりかまわぬ労働者攻撃は、いたるところに反作用を呼びおこしている。労働者状態の急速な悪化のなかで、広範な労働者の不満と怒りが高まっている。これこそ、力の源泉である。
中小、未組織労働者、派遣やパートなど不安定労働者の中に不満が高まっているだけではない。長期間、日本的労使関係を支えてきた大企業のホワイトカラー労働者の間では、会社への忠誠心が急速に後退している。九九年三月、ブリヂストンの出向社員(管理職)がリストラに抗議して社長の面前で割腹自殺する事件がおこった。自殺した労働者は死をかけた抗議文で、「従業員をごみくずのごとく扱う経営者の感覚に、一致団結し抵抗すべきだ」と訴えていた。この事件は、日本的労使関係が職場の足元から揺らぎ始めていることを示した。
職場秩序が流動化し、職場の自由が拡大している。大工場の職場でも、職場の仲間の不満を代弁する活動家が、組合役員に進出できるような条件が広がっており、現に進出している。
現実にも、闘いが始まっている。
連合を支える民間の最大産別・自動車総連の足元から新たな動きが出ている。マツダ労連は、昨年の大会でこれまでの労使関係を無視した経営側のリストラ攻撃に抗議し、「これからはものわかりの悪い組合になってたたかう」と運動方針案の補強策を決定した。二〇〇〇春闘では、二十五年ぶりのスト権投票に入る構えをみせて、昨年実績を上回る一時金回答をかちとった。
北海道の日鋼室蘭労組(JAM)は、リストラに抗して、千八百人以上の労働者が十六年ぶりにストライキに立ちあがった。ゼンセン同盟、私鉄中小、全国一般などもストライキで闘っている。連合に加わっていない中小左派組合も戦闘的に闘っている。
日産のリストラ攻撃を契機に、「労働組合主義」潮流の支配する組合のしめつけをうちやぶって、職場を超え、企業の枠を超えて活動家の連帯と交流、現場労働者への働きかけが始まっている。また、中小労組、パート・派遣労働者の地域的、全国的ネットワークが組織されている。
全体としてはまだ闘うようになっていないにしても、連合傘下の労働組合もふくめて新たな闘いの芽が出てきている。
また、沖縄を先頭にして米軍基地撤去の闘いが各地で広がっているが、労働者の参加が増えている。沖縄の嘉手納基地包囲行動の成功、連合九州の日出生台の米軍演習に反対する闘い、北海道の矢臼別演習に反対する闘い、神奈川の厚木基地反対の闘いなど、闘いの先頭には労働組合が立っている。
さらに重要なことは、「民主党基軸」という連合の政治方針にもかかわらず、批判と不満が噴出し、産別上部の方針に抗して社民党を支持する労働組合が少なからず出てきている。それは総選挙での社民党の「健闘」の要因の一つとなった。
注目すべきは、どの程度意識されたものであるかは別にして、連合内部の中小労組から参加路線に対する批判が起こっていることである。
たとえば、九九年の連合大会で全国一般の代議員は「参加が本当に実現しているならば、なりふり構わぬリストラなどあり得ないはずだ。現実の職場の実態は、参加が幻想でしかないと思う。倒産した労組の委員長が『私たちの組合は労資協調でやってきたが、その協調は労組側の一方的な片思いでしかなかった』と語った」と発言した。また、ゼンセン同盟の代議員も「大きな問題は、近年、労働運動がデスクワークになってしまって、組合員の生活を脅かすさまざまな問題に対して適切機敏にこたえていないことだ。いいかえれば、連合は社会のさまざまな不正や理不尽に対して、率直な怒りを忘れ、そうした勢力と闘う心や気力を失ってしまっているのではないか」と発言して支持を受けた。
ゼンセン同盟の「二〇〇一〜二〇〇二年度運動方針案」は、「労使協議制度の機能強化」を方針として掲げながらも、全体として「市場経済至上主義に抗して」、経営側の攻撃に対抗して闘う方向を提起している。「労働運動の衰退をグローバルな大競争やIT革命、そして価値観の多様化等といった外的要因ゆえに、避けがたい帰結とみるよりは、衰退の原因は労働組合組織の内部にあると認識すべきときである」と述べ、「職場活動の再活性化」のための「見える運動、共感のできる運動の展開」を提起している。「活力を失いつつある労働運動の流れをくいとめ、反転する」ために、「組織化」の流れをつくりあげるとしている。さらには、造船重機労連の二〇〇〇年大会では、電機連合、NTT労組の「成果主義賃金」要求の動きと対照的に「年功賃金制」を決定した。
これまで連合の主要な潮流であった「労働組合主義」「民主的労働組合」の組合にも分化がおこるのは避けがたい。
闘おうとするものにとって、闘いの条件は広がっている。
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