20001005


戦後日本の労使関係・労働運動の
歴史的総括のために


(2)企業、支配層の新たな対応策-「資本効率重視の経営」への転換、新たな雇用・人事戦略

 こうした金融優位のグローバル市場で勝ち残るために、わが国企業は経営戦略の根本的転換を迫られた。これまでの「日本的経営」は通用しなくなり、グローバル・スタンダード(世界標準)経営への転換が避けられなくなった。
 九八年四月、経済同友会が発表した第十三回企業白書は、それを率直に認めた。
 「市場主義は世界共通のルール」と確認し、「日本だけが出遅れるわけにはいかない。日本経済と企業は日本的経営ともてはやされた過去の成功体験にとらわれず、市場主義経済へ思いきって舵(かじ)を取る必要がある」と「資本効率を重視する経営」への転換を提言した。さらに、「資本効率を重視することによって利益をあげ、利益をあげることによって企業の価値と人びとの企業への投資インセンティブを高め、有利な資金調達で積極的に事業を展開して成長していく」「もはや市場と直結したサイクルを維持し、強化できる企業しか生き残れない。歴史が今、それを証明しはじめている」と述べている。トヨタ自動車の奥田会長は、「超競争時代の動きを俊敏、的確にとらえ、グローバル・スタンダードに適合した経営を実践することはもとより、自らもデファクト・スタンダード(事実上の標準)を確立する」(九八年年頭あいさつ)と、経営改革の決意を述べた。
 「日本的経営」からグローバル・スタンダード経営、すなわち「資本効率を重視する経営」への転換は、企業自身のさまざまな組織再編を伴ったリストラ・ラッシュとなって、労働者の雇用と働く環境そのものを劇的に変えている。
 独占企業は資本の効率的活用のために、経営資源を高収益部門に特化・集中する一方、低収益・不採算部門を閉鎖・売却する「選択と集中」を展開している。また、過剰設備を解消するために、資産リストラに積極的に取り組んでいる。
 また、それと並行して持株会社、分社化、アウトソーシング、国境や企業グループの枠を超えた買収・合併、戦略的提携など、組織改革と再編が積極的に進められている。
 さらに、実施され始めた会計基準の変更(連結決算、時価中心)は、親企業の利益重視の経営からグループ全体の企業価値の最大化へ変化を迫り、そのためグループ企業の再編が進み、事業の「選択と集中」が加速的に行われることになる。
 まさに、労働者にとって「気がついたら別会社」という事態が進んでいる。
 しかも、わが国独占企業はこうした個別企業での努力だけでは、激化する国際競争に勝ち残れない。支配層は、「高コスト構造の是正」と称して社会的コストの削減、とりわけ税財政コストの引き下げを求め、規制改革、構造改革、行財政改革を進めている。
 この間も、物流、流通、旅客運送サービスなど非製造業分野での規制緩和が進められた。さらに、「生産性が低い」小売、食品加工、住宅、医療の各分野で、参入自由の確保、競争の促進、退出の促進などによって業界構造を変えようとしている。
 とくに当面大きな問題は、税、財政改革である。「大きな政府」は、企業にとって最大の社会的コスト負担となっているからである。経団連は、政府債務残高が六百四十五兆円、GDPの一三〇%にまで危機的になっているとして、財政再建と規制改革を結合して打開しようとしている。「歳出の二割を占める社会保障や地方交付税、また、歳入の六割に満たない現行の税制を抜本的に見直せ」「年金、医療、介護、福祉の各制度について、給付と負担のあり方を見直せ」と要求している。公務員への成果主義賃金・人事制度の導入ももくろまれている。
 こうしたかつてない大規模な企業組織再編、組織改革、それに加えての規制改革、構造改革は、あらゆる産業部門で下請け中小企業労働者はいうまでもなく、独占企業のホワイトカラーを含むすべての労働者の雇用と労働条件、生活条件を翻弄(ほんろう)し、経験したことのない不安につきおとさざるをえない。
 たとえば、日産「リバイバルプラン」というリストラ策は、村山工場、愛知機械港工場、日産車体京都工場をはじめ五工場を閉鎖、グループ企業全体で二万一千人の人員削減、三年間で下請け・取引企業を半減し、購買コストを二〇%削減するものであった。これは、当該の工場と関連会社に働く労働者の雇用、労働条件を一変させた。工場閉鎖が決まった村山工場の労働者は、その日から遠隔地配転に従うか、「退職」するかが迫られた。下請け価格の大幅削減を要求された関連企業では、倒産・廃業するところ、労働者の首を切るところ、出向・転籍でしのぐところなどなど、労働者の運命はまさに木の葉のごとしである。
 すでに市場から敗退した金融機関や企業からは、膨大な数の労働者が街頭に放り出された。合併では、人員削減はつきもので、関連企業への労働条件の引き下げを伴う出向・転籍、あるいは「希望退職」という事実上の首切りが待っている。遠隔地への単身赴任が言い渡されるかもしれない。今日まで働いていたところが、明日は別会社になり、人員削減の対象になるかもしれない。米欧人の社長に代わり、米欧流のドライな処遇と労使関係に当面するかもしれない、など。
 市場の評価いかんで企業そのものがなくなるリスクがある以上、労働者の雇用・労働条件の安定など保証の限りではないのである。
 こうした組織再編、リストラが展開される中で、それぞれの独占企業内では新たな雇用・人事戦略が具体化されている。
 その一般的方向は、九五年五月、日経連が発表した「新時代の日本的経営−挑戦すべき方向とその具体策」(注)だが、もはやこれとて生ぬるくなっている。
 経済同友会の第十四回企業白書(九九年二月)は、「『個』の競争力向上による日本企業の再生」という提言で、雇用・人事戦略へのより徹底した市場原理導入を訴えた。「『先が見えない』かつ『変動幅の大きな』市場環境下では、『いま』こそが真実であり、決定的に重要である。…人材面においても成果主義化、報酬の短期決裁化、労働力流動化こそが企業経営を襲う経済的嵐や地震に耐えうる柔軟な構造につくり変えることになる」。
 ごく一握りの「国際競争力のある人材」に高報酬を与えることによって労働者同士を競争に駆りたてる一方、全体として人件コスト削減を最大限追求して、総額人件費管理の徹底、正社員の派遣、パート・アルバイトなど「安あがり」の労働者への置き換えなどを進めている。
 こうした企業の新たな経営戦略、雇用・人事戦略をあと押しするために、ここ三〜四年、政府は戦後史を画する企業法制、労働法制の改悪、新設を次々と強行した。
 企業法制でいえば、一九九七年二月に純粋持株会社の解禁、九九年七月には株式の交換で組織再編を容易にする「株式交換制度」容認、九九年八月にはリストラを支援する「産業活力再生法」の新設、九九年十二月民事再生法、二〇〇〇年五月には「企業分割」に関する商法改正が行われた。
 労働法制も九七年六月、女子保護規定の撤廃、九八年九月、有期雇用契約期間や裁量労働の拡大など労働時間の弾力化、九九年十二月、原則自由とした労働者派遣法改定、二〇〇〇年五月、民間職業紹介解禁の職安法改定など、次々と成立させられた。
 これらの法制化の動きは、グローバル化時代にわが国企業が勝ち残るための環境整備であり、徹頭徹尾、企業本位で、労働者の利害など何一つかえりみられていない。
 「資本効率を重視する経営」とは、結局のところ、労働者の徹底的な犠牲で資本の側が高利潤をあげる経営である。日本的労使関係の特質である終身雇用制、年功序列賃金は、企業自身の手で反故(ほご)にされている。したがって、金融グローバル化の競争激化の下で、かつてのような一つの企業内で「良好な」労使関係が維持されると期待することは、まったくの幻想となった。 


 日経連の「新時代の日本的経営−挑戦すべき方向とその具体策」で提言されている雇用・人事戦略の内容は、以下の三つに要約できる。
 第一の柱は、終身雇用制を転換し、雇用を流動化させ、企業が必要な人材を必要なとき、必要なコストで確保できるように緩和した。
 今後の雇用形態としては大別して三つ−「長期蓄積能力活用型グループ」「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」のタイプを想定、「企業は常に仕事、人、コストを最も効果的に組み合わせ、職務構成と能力構成との関係をチャレンジ型、ダイナミックな形態にしておくことによって、能力や勤労意欲を高め、活力ある企業経営を実現するための『自社型雇用ポートフォリオ』の考え方を導入すべきである」という。
 第二の柱は、複線型の人事処遇制度の採用である。
 「人間尊重」と「個の主体性の確立」をベースに、従来のライン昇進の単線型から、あらたに職務にリンクした職能資格制度を導入し、昇進・昇格は厳密な業績評価の上に複線型を採用する。これからは、努力次第で過去の失敗をいつでも取りもどせる、いわゆる『敗者復活』が可能となるチャレンジ型、加点型の人事制度を導入する必要がある、という。そのために、専門職の育成・活用制度の確立が提起されている。
 第三の柱は、賃金管理である。
 一つは、総額人件費管理の認識のいっそうの徹底である。高コスト体質を改善するために、賃金、賞与に加えて退職金、福利厚生費などをパッケージにして管理する方法の徹底を提言した。二つは、現在の年功的色彩の濃い定期昇給の定義や運用を改め、年俸制を導入するなど、成果、業績によって上下に格差が拡大する、いわばラッパ型の賃金管理が提言されている。賞与制度をいっそう業績反映型にすべきであり、退職金制度を貢献度反映型にすべきだとしている。

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