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労働新聞 2011年5月15日号・5面〜6面 労働運動

連合「政策制度中央討論集会」を傍聴して(上)

歴史的激動期にふさわしい
大いなる論戦を

党労働運動対策部長 中村 寛三

はじめに
 四月二十五日から二日間、連合の「第十八回政策・制度中央討論集会」が開かれた。続いて「社会保障と税制に関する集中検討会」も開催された。
 討論集会は、向こう二年間の連合の政策活動の基礎となる「二〇一二〜二〇一三年度 要求と提言」(原案)について討論するもので、そこで出された意見を反映させたものが六月二日の中央委員会に提案され、討議、決定されることになる。
 二年に一度の討論集会という点ではこれまで通りだが、今回はこの二年間の激変する情勢を反映してきわめて特徴的なものとなった。
 〇八年九月のリーマン・ショックから二年半、世界資本主義の危機は収まらず、新たな破局が迫る中、世界政治は米国の凋落(ちょうらく)、中国の台頭に象徴される構造変化を遂げ、諸国間の矛盾は激化し、諸国内部での階級闘争は激化している。わが国とて、その埒外(らちがい)にはいられない。
 今回の討論集会は、こうした歴史的激動のさなか、〇九年八月総選挙で「政権交代」した民主党政権下での初めての「要求と提言」を討論する機会であった。連合自身としても、この期間の情勢変化を踏まえ、昨年十二月に「労働を中心とする福祉型社会」(連合二十一世紀ビジョン)を「再定義、深化」させ、新ビジョン「働くことを軸とする安心社会」を策定した。したがって、「要求と提言」は、新ビジョンの最初の具体化として位置づけられ、準備されてきた。
 ところが、まさに組織討議を提案している最中に、東日本大震災が発生、福島原発危機も含め未曽有(みぞう)の被害に直面、被災地への救援と復旧・復興問題が、喫緊(きっきん)の最重要政策課題として浮上した。
 こうして連合指導部からは二つの提案文書、すなわち「政策・制度 要求と提言」(原案)が本冊として、「災害復興・再生に向けた政策」(原案)が別冊として提案された。本冊は、パートTとして「『働くことを軸とする安心社会』の構築に向けて」という副題がつけられ、「要求と提言」の「基軸」が述べられ、パートUとして七項目からなる「政策課題」が掲げられている。二つの提案文書の関係については、「本冊の『要求と提言』を堅持しつつも、別冊に掲げた政策を優先させることで、政策の実現をはかっていくこととしたい」と説明された。
 集会は、五つの分科会に分かれての討論、「震災復興・再生に向けた政策」の全体討論、新ビジョン策定に関わった宮本太郎北大教授の基調講演、分科会報告と全体討論の順序で行われた。
 討論は、今日の情勢下で労働運動に求められているところからすれば、はなはだ不十分と言わねばならないが、これまでに見られなかった変化があった。いくつかの産別、地方連合会から、体系だっていないにしても指導部の提案に対する鋭い批判、注目すべき意見が出された。とりわけ、菅・民主党政権が重点課題として推し進めてきた環太平洋経済連携協定(TPP)への参加問題、原発政策、復興財源と「社会保障と税の一体改革」の消費税増税問題などで、指導部案への率直な批判が出され、さらに議論されることとなった。
 全体討論の最後に連合沖縄から「安全保障政策について正面から討論すべきときだ」との重要な意見が出されたが、それを含め、激動する内外情勢を反映したものであり、連合内部に現れた現状打開を望む光明である。
 リーマン・ショックを経ていよいよ激動する内外情勢の中で発生し、未曽有の被害をもたらした東日本大震災は、国民の苦難を倍増させ、認識面に深刻な変化を生じさせている。この社会のあり方、国の生き方と併せ、労働運動の果たすべき役割について、見直しの気運が広がっている。
 先進的活動家の皆さんが、連合中央討論集会に現れた光明を手がかりに、歴史的激動期を切り開く志を持って大いなる論戦を繰り広げられんことを期待する。
 以下、そうした論戦を促進したいという願いから、いくつかの政策課題を取り上げ、問題提起したい。

1、TPP参加問題について
(1)フード連合など産別、地方連合会から鋭い批判
 菅・民主党政権が「平成の開国」とあおりたて推進してきたTPPへの参加問題は、連合指導部として昨秋、「早期参加」を決めていたが、「要求と提言」(原案)でも「早期参画」と提案された。
 この原案に対する批判の噴出は、今回の討論集会の変化を象徴するものであった。
 フード連合は、地場中小食品産業に深刻な影響が出るとして、昨秋来「拙速参加に反対」の態度を表明してきた。討論の中では、さらに踏み込んで「大震災で農業も打撃を受けた。TPP参加は、食料自給率の向上、食の安全という連合の政策とは両立しない」「TPPは実質的に日米EPA(経済連携協定)だ。農産物だけでなく、工業やサービス分野にも関わり、国のあり方を大きく変えることになる。中国と韓国が参加しない中で、何のメリットがあるのか」と、「参加反対」の態度を鮮明にした。また、国公連合・全農林や全自交、それに地方連合会からも、震災からの復興という観点で国内農業保護の必要性と食糧自給率の向上を主張、農業団体をはじめ各界団体との意見交換の必要さなど、反対の立場でていねいな議論を要請した。
 注目すべきは、「参加推進」の態度をいち早く決定してきたIMF―JC(金属労協)加盟産別で多くの中小労組が加盟するJAMからも、「人の移動や金融など幅広い分野に影響が出るのに、政策委員会で議論されていない。拙速な結論は避けるべきだ」との発言があったことである。これらはしごく真っ当な意見で、連合内の良識を示すものである。
 だが、これらの意見に対する連合指導部の答弁は、木で鼻をくくったような官僚的答弁の典型で、「早期にルールづくりに加わるべき」という昨秋の連合のスタンスを繰り返すばかりで、何一つ納得のいく説明がされなかった。しかし、ともあれ、政策委員会などできちんと議論されることになったのは一歩前進である。
 そこで、指導部の原案の問題点がどこにあるかを指摘し、TPP参加問題にどのような態度をとるべきかについて述べてみたい。
 原案には、昨年十一月の閣議決定「包括的経済連携に関する基本方針」を引き、「『強い経済』を実現するためにもアジア太平洋地域との経済関係を深化させるとともに、二十一世紀型の貿易・投資ルールの形成に向けて主導的に取り組む」と述べた後、「TPPへの参加」を進めると書いている。すなわち、TPPへの参加は、菅政権が自主的に決定したかのごとく、また「アジア太平洋地域との経済関係を深化」させ、その成長を取り込む切り札であるかのように説明されている。これは本当だろうか。

(2)TPPとは衰退する米国の危機打開策/TPP参加は、「平成の売国」である
 第一に指摘しなければならないのは、そもそもTPPとはリーマン・ショック後もなお危機から脱出できず、大量の失業者を抱える米国の危機打開策であり、TPP参加はそのような米国の通商・投資戦略にわが国を従属させる売国の政策であるということである。連合指導部の原案は、この肝心な側面を押し隠すか、見ようとせず、アジア太平洋地域の成長を取り込む切り札であるかのような幻想を振りまいている。
 経過が示すようにTPPとは、衰退する米国の経済危機打開策であることは明白である。TPPは、もともと〇六年三月、環太平洋のシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの四カ国で発足したものだが、〇九年十一月、オバマ大統領が訪日したとき、参加を表明、以降、TPPは米国の危機脱出策、アジア太平洋地域への経済関与を強める手段に変質した。オバマ大統領は、端的に「われわれの生産品をより多くこの地域に輸出することによって米国での雇用創出につながるのだ」と述べた。
 一〇年三月には、米国がオーストラリア、ペルー、ベトナムとともに加盟し、交渉を開始、十月にはマレーシアが加わるが、米国主導で進んでいることは、新たな交渉分野として「サービス(金融)」「投資」「労働」という米国が重視する分野が追加され、米国通商代表部には全二十四の作業部会に対応する担当官が配置されていることからも明らかであり、米国は十一月ハワイでのアジア太平洋経済協議体(APEC)首脳会議までに協定を発足させようとしている。
 なぜ、これほどに米国がTPP協定を急ぎ、日本への参加を強力に進めているか。金融緩和政策と財政政策を限度いっぱい動員してもなお、雇用問題を解決できないオバマ政権にとって、残された手段は輸出戦略以外ないからである。昨年の一般教書演説でオバマ大統領は、「今後五年間で輸出を倍増し、二百万人の雇用を創出する」と述べ、今年の一般教書演説でもいっそう明けすけに「米国人の雇用を増やせるような貿易協定にしか私は署名しない」と明言し、関税を例外なく撤廃する貿易協定を推進している。要するに、米国がとっているのは一九三〇年代のような「近隣窮乏化政策」、外国への輸出を拡大して、自国の雇用を増やす、つまり外国の雇用を奪うことなのだ。この米国の輸出戦略は、量的金融緩和政策(ドル安政策)と相まって、他国との矛盾を激化させていることは、われわれが見ている通りである。国益を賭けた各国間のEPA、自由貿易協定(FTA)の枠組みづくりも激増している。
 では、このようなTPPへのわが国の参加は何を意味するか。
 それは、これまで踏み込まなかった日米EPAに実質的に踏み込むことであって、米国の通商・投資戦略にわが国経済を従属させることにほかならない。
 その結果は、フード連合やJAMが指摘したように、わが国を米国の食料戦略の犠牲に供し、わが国農業を壊滅的状況に追い込み、食料自給率を一四%にまで低下させるだけでなく、繊維製品などの工業製品、医療や金融、中小企業に打撃を与え、「人の移動」問題も含め、深刻な雇用問題を引き起こす。小泉時代の「年次改革要望書」に盛られた未解決の課題が協定として拘束され、具体化が迫られるのである。「国のあり方、国のかたちが変わる」というのは、決して誇張ではない。
 最近発刊された日高義樹氏の本でも、米国の消息筋の話として「この協定は、反米的な民主党政権が米国を排除してアジア諸国をまとめようとしているのを阻止し、米国主導の地域経済協定をつくるためだ。日本をこの協定に押し込め、残っている農産物の関税障壁を壊す」との発言を紹介している。「反米的な民主党政権」とはとんでもない間違った買いかぶりだが、米国の本音がうかがわれる。
 菅首相は、TPPへの参加を「平成の開国」というが、「平成の売国」である。
 連合指導部の原案には、このようなTPPとそれへの参加の本質がまったく暴露されていない。

(3)米国の対中国、アジア分断戦略の先兵として孤立
 第二に指摘しなければならないのは、原案が、TPP参加によって「アジア太平洋地域の成長を取り込む」というのは幻想で、参加すれば、むしろ困難な立場に立たされ、アジアの中で孤立するということである。
 米国のTPP戦略は、「日本をこの協定に押し込める」だけにとどまらない。リーマン・ショック後ますます世界経済の中で比重を増しているアジア太平洋地域の経済に関与し、地域経済協定を主導して成長を取り込むことである。昨年のAPEC首脳会議でオバマ大統領は、「TPPに参加することは、米国が地域にも今後関与し続ける強いシグナルだ。米国はここに定住する」と言い切った。そのためには、巨大な国内市場の吸引力を利用し、世界から資金や技術を取り込む通商戦略を推進、経済協力をテコにアジア諸国への影響力を拡大する中国をけん制し、アジアを分断することが不可欠である。
 米国はそうした狙いから、環太平洋の小国四カ国のTPPに加わることを足場にして、参加国を増やし、昨年のAPEC首脳会議では、アジア太平洋自由貿易協定(FTAAP)を実現する「道筋の一つ」として位置づけさせるところまでこぎつけてきた。米国にとって、次の一歩を踏み出す上で決定的なのが、日本を参加させることができるかどうかである。
 米国の戦略に追随すれば、わが国は中国をにらんだアジア分断策のお先棒担ぎの役割を負わされることは必至であろう。そうなれば、わが国は国民経済で大きな打撃を受けるだけでなく、中国、アジア諸国の不信を買い、孤立し、「アジア太平洋地域との経済関係を深化」させるうえで深刻な事態に直面する。アジアの成長を取り込むなど、水泡に帰することになりかねないのである。
 それは、まさに「国益」を損ない、わが国の将来を危うくする亡国の選択といわねばならない。
 原案には、TPP参加のもう一つの重要な側面、中国を含むアジアとの関係に及ぼす重大な影響について、まるで暴露されていないのである。
 財界は、昨秋来TPP参加推進の役割を果たしてきたが、純粋に経済的利害から言えば、わが国大銀行、多国籍大企業にとっても、成長する中国、アジア市場は、米国とは争奪し合う関係であるにもかかわらず、米国の戦略下で制約をうけるわけで、満足できないはずである。にもかかわらず、長期にわたる対米従属の政治下で、親米奴隷根性が身に着いたか、ふがいないと言うほかない。

(4)「早期参加によるルール策定」は厳しい争奪の現実を知らない書生論
 第三に指摘しなければならないのは、原案では「早期参加によるルール策定」とか、「納得しなければ離脱できる」という理由を挙げて参加促進を図ろうとしているが、無責任きわまりない態度と言わなければならない。
 すでに述べてきたように、TPP参加問題は、リーマン・ショック後の構造変化、激しい対立の中で、わが国の生き方を決める選択の問題、いわば国家戦略の問題である。
 連合指導部の原案の理由付けは、今日の国益をかけた市場争奪戦、資源争奪を含むFTA、EPAの経済外交戦の厳しい現実、とりわけ衰退する米国のTPP戦略の狙いを知らない書生的幻想といわねばならない。最近、来日した米通商代表部元次官補は、「米国に(関税撤廃の例外などの)柔軟性を期待して交渉に入ってはいけない」と述べ、TPPについて「全品目の関税撤廃を原則とするだけでなく、食品の安全基準や医療機器の認可など国内規制で輸出入が妨げられることのない『真の自由貿易』を追求するもの」と指摘した。高い自由化水準を受け入れられず、米国との二国間のFTA交渉を中止したタイやマレーシアの例を挙げ、「日本がTPPに入る際には十分な準備が必要だ」と警告した。

(5)労働運動の先進的役割が問われている
 それにとどまらない。先進的労働者に重大な注意を喚起したいのは、TPP参加の対外経済政策が、衰退する米国のアジア世界戦略としての「日米同盟深化」、中国を「共通戦略目標」とする「日米同盟深化」路線の一環として位置づけられ、車の両輪として進められていることである。
 いま労働運動には、自動車・電機のような多国籍大企業経営者との「労資協調」の延長として菅政権を支え、TPP参加推進の道、売国と亡国の「日米同盟深化」路線を突き進むのか、それとも「労資協調」路線と袂を分かって国民大多数とともにこれと闘う国民的闘いの組織者になるのか、深刻に問われている。
 戦後長期に続いてきた対米従属政治の限界があらわになり、世界の構造変化が起こっているとき、支配層にはもはや独立・自主の気概はない。したがって、労働者階級が独立・自主の旗を高々と掲げ、アジアと平等互恵で共に繁栄する道を切り開くため、広範な国民を率いて闘う偉大な任務を引き受けるときがやってきているのである。
 TPP参加に反対する闘いは、その偉大な任務の緒戦である。そうした角度からの大議論を期待したい。(次号に続く)。


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