2021年6月5日号 2面・解説
上場企業の二〇二一年三月期決算(二〇年度)がほぼ出揃った。 純利益では全体で前期比二六%増の約二十八兆円で、三年ぶりの増益となった。それでも、一九年三月期(一八年度)の約八割程度までの「回復」にすぎない。 マスコミ報道によると「下期に製造業を中心に利益が急回復」(日本経済新聞)という。とくに自動車、スマートフォン(スマホ)関連、海外投資事業で利益が拡大した。半面、鉄道や航空、レジャー、外食などの業種は苦しみ、赤字企業は約二百九十社(全体の一七%)と、リーマン・ショック直後の〇九年度以来、十一年ぶりの多さとなった。 企業間の「格差」が開く、まさに「K字型」決算である。 業種間で大きな偏り 業種別では、鉄道・バスが▲一兆四千八百九十三億円、空運が▲七千十三億円の最終赤字となるなど、交通・運輸業界は深刻である。 一方、全三十六業種中三十二業種が「減収増益」だったことは注目に値する。なかでも製造業は、八%減収で三五%の最終増益となった。とくに、上期の減益分を下期で「取り返した」格好である。 たとえば、トヨタ自動車は上期純利益が前期比九四%減少であったが、下期は七・二倍にも達した。 大企業、とくに製造業大企業の増益を支えたのは、中国への輸出が拡大したことである。わが国の中国向け輸出は、四月が一兆五千八百三十四億円(前年同月比三三・九%増)と、十カ月連続で増加した。コロナ禍から抜け出した中国の需要が、日本に「恩恵」を及ぼしている形である。 もう一つ、首切り、拠点閉鎖など労働者や地域住民に犠牲を押し付けることで利益を確保したのである。三月の労働力調査によれば、非正規雇用の就業者数は十三カ月連続で前年を下回り二千五十四万人となった。容赦のない「非正規切り」が繰り返されているのである。 リストラの結果、製造業を中心に損益分岐点はいちだんと低下した。コロナ禍のなかでも、大企業は「コロナ後」を見据えて利益をむさぼる体質を強化しているのである。 もう一つ、海外投資を中心業務とする企業が大きく業績を伸ばした。 典型はソフトバンクグループである。同社純利益は約五兆円と、国内企業として過去最大を記録した。背景は、米連邦準備理事会(FRB)など主要国中央銀行による大規模な金融緩和により、同社が保有する株価が上昇したことである。 同社の利益を除くと、純利益は全産業で▲一%、非製造業では▲二四%となる。極論すれば、ソフトバンクグループの「一人勝ち」ともいえる状況である。 そのほか、東京五輪関連も大増益となった。五月決算であるため確定値ではないが、パソナは純利益が六十二億円と、前年比一〇倍が予想されている。 国家間も「K字型」 「K字型」は企業間だけでなく、国家間でも鮮明になっている。 中国はこれまでのところ感染抑制に成功し、経済回復を軌道に乗せている(一〜三月実質成長率は前年同期比一八・三%)。米国も巨額の経済対策によって、見かけの成長率は「好調」(一〜三月期は前期比年率換算で六・四%成長)である。もちろん、米国では政府債務の急拡大や深刻な階級矛盾が何ら解決しておらず、以降の経済情勢は不透明である。中国も民間債務の拡大などのリスクはある。 他方、日本は「先進国中唯一」ともいうべき「デフレ状況」にある。国内総生産(GDP)成長率は2四半期連続のマイナスが確実視されている。飲食店を中心に中小零細企業・個人企業の倒産・廃業が相次ぎ、失業者は増加、働けても非正規や「ギグワーク」を余儀なくさせられている。多くの国民がコロナに倒れ、あるいは政府の悪政の下で生活と営業の展望を奪われている。 経済低迷の最大の理由は、コロナ禍に対する菅政権の失政と相まって、GDPの過半を占める個人消費が低迷し続けていることである。多国籍大企業は「国内市場の縮小」を口実に、海外で稼ぎ、国内は技術革新を「活用」して大合理化を進める方向をいちだんと強めている。 この下で個人消費が伸びるはずもない。 この状況は、すでに述べた企業間の「K字型」と結びつきつつ、多国籍大企業と国民経済・国民生活との間の矛盾をますます激しいものとさせている。 トヨタ、合理化で増益 ここでトヨタ自動車を例に述べてみる。 トヨタの二一年三月期決算の概要は以下のようなものであった。 トヨタ単体の販売台数(世界)は七百六十四万六千台で、前期比▲一四・六%。ただ、上期の大きな落ち込みを下期に巻き返した。特に、プラグインハイブリッド(PHEV)などの電動車は前年を一割以上上回る二百十五万五千台を売り上げた。 本業の利益に相当する連結営業利益は二兆千九百七十七億円(前期比▲一〇・〇%)だった。一方、経常利益は二兆九千三百二十三億円(同一四・七%増)、純利益は二兆二千四百五十二億円(同八・一%増)と、コロナ禍の中で「減収増益」となった格好だ。 コロナ前の一九年三月期と比較すると、営業利益では及ばないが、経常利益で二八%、純利益で一九%も上回っているのである。 経営側は、コロナ禍による売上高の減少分を「原価改善の努力、諸経費の増減・低減努力」によって「百億円」分の営業利益を積み増したとしている。しかも、これは短期的な「経営努力」ではなく、「リーマン・ショックの後からずっと取り組んでいる総原価改善によって損益分岐台数を落とせてきたこと、東日本大震災の後サプライチェーンとの減債の取り組みや在庫の保有、代替品の評価など」(近執行役員)の結果と胸を張っているのである。 まさに、長期にわたる下請企業などへのコストダウン要求強化、労働者への犠牲しわ寄せで「乗り切った」のである。 こうした好業績の中で行われた二一春闘では、トヨタは平均月九千二百円の「総額引き上げ」、六カ月の年間一時金要求(ともに満額回答)となった。豊田社長は「組合員の皆さんのがんばりに感謝し」、要求通りにするなどと述べている。 だが、そもそも一時金要求額は昨年比〇・五カ月分、要求総額も九百円下回っている。トヨタ労連は一九年に豊田社長に「生きるか死ぬかの状況が分かっていないのではないか」と「一喝」されたことがこたえたのか、要求総額にベースアップ(ベア)・定昇・手当などが含まれるかどうかさえ公表しなかった。 世界有数のグローバル企業であり、裾野も広いトヨタでの体たらくは、わが国労働運動全体に負の影響を与えるものである。 「支払能力」に屈する連合 コロナ禍を口実に、大企業は賃上げ抑制策動をいちだんと強化している。 「日本経済新聞」による二〇二一年の賃金動向調査では、平均賃上げ率は定期昇給とベアを合わせたものでさえ一・八二%(前年比▲〇・一八ポイント)となった。これが二%を下回るのは八年ぶりで、前年を下回るのは三年連続である。平均賃上げ額が六千円を下回ったのは、一四年以降で初めてである。 賃上げ率が前年を下回ったのは、全二十九業種のうち二十一業種と大部分で、自動車・部品が一・八七%(前年比▲〇・一八ポイント)、外食・その他サービスは一・八六%(同▲〇・七四ポイント)などである。安倍前政権下での「官製春闘」という欺まんさえ完全に崩壊した。 一方、「巣ごもり需要」が伸びた食品スーパーでは、二・四%の賃上げを行った企業もある。 さらに夏季一時金(ボーナス)も前年比▲三・六四%で三年連続のマイナス、支給額でも八年ぶりの低水準となっている。ここでは、造船や航空、自動車・部品で大きく減った。他方、食品や陸運などでは前年比増となった。 経団連は「支払い能力」など経営環境は「個社によって大きく違う」(中西前会長)などとうそぶき、職務や成果を重視した配分手法への転換、「春闘解体」論をますます強化している。 連合を主導する、自動車産業などの民間大手労組はこれに屈し、今春闘でベア要求を行わなかった。ベアを求めなかった企業は、前年から一〇ポイント以上増えた二三・六%と、四分の一にも達する。 神津・連合中央指導部は今春闘で「それぞれの産業間における最大限の賃上げ」を掲げた。これは事実上、産業間・企業間の「格差」を容認したに等しい。賃上げにおける業界・企業・規模間の「格差」拡大は、連合中央指導部が企業側の「支払い能力論」に事実上は屈し、ベア要求を見送った影響が大きい。 トヨタのように「支払い能力」があるのに意図的にかどうかそれを「見逃し」、満足な要求をしなかった労組も多い。 連合の指導力欠如(放棄)は明白ではないか。 闘いなしに賃上げは不可能 一般に、企業側の賃上げに対する姿勢は、企業収益が一〜二年遅れて反映されるとされる。だとすれば、この先も賃上げ環境は厳しいといわざるを得ない。 また、製造業などの好調が持続する保証はない。新型コロナウイルスの感染拡大の収束は「まだら模様」である。半導体需要の増大に供給が追いつかない現状は、当面の世界的リスクである。わが国の基幹産業である自動車産業への影響は避けがたい。 何より、世界資本主義は末期症状を呈し、官民の債務拡大、新興諸国の通貨不安など破局につながりかねない「芽」が各所で膨らんでいる。 「支払い能力」論に追随し続ければ、一握りの多国籍大企業はともかく、大企業の労働者でさえ生活の困難さは増す。まして、中小零細企業の労働者や非正規労働者、ギグワーカーは生活が成り立たない。 闘わなければわずかな賃上げさえ実現できない情勢なのである。 (K)
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