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2019年9月15日号 2面・解説

英国/
EU離脱強行の可能性高まる

 世界の金融・経済に重大な影響

 日銀は八月末、世界経済のリスクとして、米国の保護主義的な動き、英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)問題、中東における地政学的リスクと原油価格の変動、欧州や中国をはじめ経済成長が急速に落ち込むことを挙げた。ブレグジットは強行される見通しが日々、高まっている。この重大さを理解するには、英国経済の特殊性を理解することが重要である。


 二〇一六年六月の国民投票において、英国のEU離脱が決まった。
 リーマン・ショック後の危機が深まり、英国民が既存の政治・政党への不満を高めていたことが背景にある。移民問題もあった。
 キャメロン政権は退陣に追い込まれ、メイ政権が発足した。
 曲折を経たが、一九年一月、政府とEUの間で合意された「離脱協定案」は、英議会で大差で否決された。再交渉の結果を踏まえた二度の修正案も否決された。四月、EU首脳会議は十月末までの離脱延期を承認した。七月、メイ首相は退陣、ジョンソン政権が成立し、首相は十月末の離脱を言明した。

ジョンソン政権の弱体化
 英国下院は九月十日、ジョンソン首相が提案する解散・総選挙を求めた二回目の動議を否決した(可決には三分の二以上の賛成が必要)。
 英国においては、解散・総選挙は「首相の専権事項」ではなく、実施には、下院の承認が必要である。「EUからの強行離脱」を辞さないジョンソン首相は、、総選挙によって「EU離脱」層の支持をひきつけて議会の主導権を握り、十月末のブレグジットへと突き進むことを狙った。これは、同日までに成立した、離脱延期を政府に義務付ける新法(議会が離脱協定案を十月十九日までに承認できない場合、EUに二〇二〇年一月末までの離脱延期を申請するよう首相に義務づける内容)を無力化する狙いもあった。
 だが、EU残留派が多い野党・労働党はもちろん、「穏健離脱」を願う与党・保守党の一部も造反し、可決しなかった。
 それどころか、閣僚経験者の離党、野党への鞍替えで、与党は下院で過半数を割った。またラッド雇用・年金相が閣僚を辞任・離党、首相の弟も閣外相を辞任した。ジョンソン首相は、延期法案に賛成した造反議員二十一人を除名したが、これをめぐっても党内に異論が続出している。
 ジョンソン政権の求心力は、著しく低下している。
 それでも、離脱交渉の主体はあくまでジョンソン政権である。ジョンソン政権が英国が離脱延期を強く求める可能性は今のところ低い。保守党の支持率は、離脱に向けた強引とも言える姿勢への「好感」に支えられているからである。しかも、延期には英国を除く二十七カ国の同意が必要で、これも簡単ではない。たとえば、最大の課題である、アイルランドとの国境問題は解決策がいまだ見えていない。
 ジョンソン首相は「議会閉会」に打って出、事実上、十月末の「離脱強行」に突き進む構えだ。また、労働党の態度も動揺し続けており、十月に解散・総選挙が行われる可能性も引き続き残っている。
 いずれにしも、英政局はますます不安定化している。

離脱による英経済への影響
 合意なき離脱になれば、EUとの間の関税が復活する。当然、経済活動に深刻な影響を与える。
 すでに世界経済の成長率は低下、その成長さえ、官民債務の著しい拡大に依存したものである。ここに、米国による中国への高関税などの制裁、米連邦準備理事会(FRB)の金利引き下げへの転換などが、世界経済をさらに不安定化させている。
 こうしたなか、ブレグジット問題は、再度の金融危機を招きかねないリスクの一つとなっている。
 離脱が現実になることで、英経済にはどのような影響があるか。離脱によって、英国はEUに対する財政負担がなくなり、移民政策でも自由度が増す。とはいえ、貿易、海外直接投資などに対する新たな障壁を生み出すことになる。
 英国への直接投資にもマイナスになる。これまで、第三国の企業が英国に工場を建設する場合、法人税率が低く、EU市場全体に無関税で販売できることに加え、フランスなどに比して労働法制が企業側に有利であるという「メリット」があった。離脱となれば、これが喪失するわけである。
 英政府の予測でも、離脱後十五年間で、二〜八%の幅で成長率が下押しされるという。英国民の一人当たり所得は最大一〇%低下するという調査もある。英国では約三百万人の雇用がEUへの輸出に依存しているとされ、この部分の雇用不安定化は必至である。
 むろんこれらは、英国がEUと自由貿易協定を締結できるかなどの要因によっても変化する。
 このほか、独立国であった歴史が長く、「残留派」が多数を占めるスコットランドの独立運動や、北アイルランド問題などへの影響も避けられない。離脱は、英国政治をさらに不安定にさせるだろう。

英国経済の概要
 離脱は、欧州、さらに世界経済への影響も必至である。EUは、連合内で二番目に大きな経済と、三番目に多い人口(市場)を失うことになる。たとえば、英国はドイツにとって三番目の輸出相手国(全輸出額の約八%)である。
 欧州中央銀行(ECB)が量的緩和の再開に踏み切ったのも当然である。
 政治面でも、英国の存在感のさらなる低下につながろう。
 世界経済への影響が何より大きいとされるのが、金融業である。
 それを展望する上で、現在の英国の経済的位置を理解しておくことが不可欠である。
 英国の国内総生産(GDP)は約二・九兆ドルで、世界第五位である。だが、六位のフランスとは僅差で、七位にはインドが迫っている。かつては「世界の工場」であった英国だが、製造業は衰退し、先進国中ではむしろ、エネルギー産業への依存度が高い(北海油田の存在)。

英国はタックスヘイブン
 より理解が必要なのは、世界金融における英国の位置である。英国のGDP全体に占める金融・保険・不動産業の割合は二〇%強で、米国とほぼ同じである。
 だが、金融街であるシティの存在感は、ある意味で、米国のウォール街よりも大きい。
 シティはロンドン市の一角で約二キロ四方の広さしかないが、中世のギルド(同業者組合)に期限を持つ企業群が支配し、独自の市長や警察機構を有している。英女王といえども市長の許可なしに出入りできない。
 しかも、英国の「金融街」はシティだけではない。王室直属のジャージー島、ガーンジー島、マン島、海外領土である地中海のジブラルタル、さらにカリブ海のケイマン諸島、旧植民地である中国・香港などと、グローバルなネットワークをつくり、シティとの相乗効果で世界の投資資金をかき集めているのである。
 とくにケイマン諸島は世界第五位の金融センターであり、ここに登記している企業は約八万社、世界のヘッジファンドの約四分の三、二兆ドルもの預金が置かれている。
 まさに、英国全体が一種のタックスヘイブン(租税回避地)といってもよいのである。投資家は、自らの資金をこれらの回避地を経由させることで、一種の「マネーロンダリング(資金洗浄)」を容易に実行できるのである。
 サッチャー政権下、一九八六年に始まった「金融ビッグバン」によって、シティはさらに金融市場として「発展」することになった。
 米国など世界中の銀行、証券会社がシティに支店を構えた。そうすれば、EU全域で営業できるからである。
 金融業の発展と結び付いて、高級品の小売業や高級住宅をターゲットにした不動産業も好調を維持した。これが不動産バブルを生んだ。リーマン・ショック前の十年間で、英国内の銀行の全融資中、製造業へのそれはわずか三%にすぎず、約七五%は商業用不動産と住宅ローンへの融資であった。このバブルはリーマン・ショックを機に破裂、銀行国有化などの危機を生み出すことになるのである。
 リーマン・ショック直前の統計だが、シティは国際的な株式取引の半分、店頭デリバティブ取引の約四五%、ユーロ債取引の七〇%、国際通貨取引の三五%、新規株式公開の五五%を占めている。新規株式公開が多いのは、公開基準は米国に比べても緩いからである。


世界経済揺さぶるリスク
 だが、EU離脱となれば、ユーロ債取引を中心に、投資家にとっての「魅力」が低くなり、資金引き揚げにつながりかねない。
 これを念頭におくように、すでに、多くの金融機関が、英国内の人員をドイツ・フランクフルトやフランス・パリなどに配置転換する計画を発表している。
 日本企業にとっての影響も大きい。欧州諸国中、英国は、日本企業の進出数がドイツに次いで多い。日本企業による英国民雇用者は約十六万人で、EU圏所在の日本企業の約三割を占める。シティに進出している金融・保険業も、約百社に達する。
 この理由は、米国と同じ英語圏であるということだけでなく、英国がEU加盟国であったという事情が大きい。離脱は、後者の前提を崩すことになり、企業は対応に追われている。
 ブレグジットは英国経済はもちろん、欧州経済や世界経済に大きな影響を与えずにはおかない。不安定さを増している日本経済にとっても、「新たな津波」の襲来となる。 (K)


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