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2015年7月5日号 2面〜3面

南シナ海の埋め立て問題 
安倍政権、安保法制の口実に

アジアに緊張の種まく米国と闘おう

松本恵一

 米軍は七月一日、「国家軍事戦略」を発表、米国を脅かす国家として初めて中国を名指しし、中国による南シナ海での岩礁埋め立てが「アジア太平洋地域の緊張を高めている」として、米国が国家間の戦争に巻き込まれる危険性が「増大している」と断じた。安倍首相は、集団的自衛権の行使容認や安保法制の「根拠」として南シナ海問題を最大限に利用している。米国と安倍政権があおる「中国の無法」は口実にすぎない。だが、議会内野党はもちろん労組活動家も、マスコミが垂れ流す歴史的経過とより全面的な事実を無視して操作された「情報」をう呑みにするだけで、戸惑っている。これでは、当面する安保法制に反対する闘いはもちろん、独立・自主の政権をめざす国民的戦線をつくって安倍政権を打ち倒すこともできない。アジアの平和を乱しているのは米国とそれに「鉄砲玉」のように従う安倍政権であることはますます明白である。真の敵は誰なのか、この最も肝心な点を明確にして安保法制廃案、安倍政権打倒の闘いを前進させなければならない。


 最近米国は、中国による南シナ海での岩礁の埋め立て工事を「地域の安定に対する脅威」「航行の自由を妨げる」などとさかんに攻撃している。
 安倍政権は、集団的自衛権の行使容認のための安全保障法制を合理化するために、南シナ海問題を利用している。安倍首相は南シナ海で起きる武力衝突が、集団的自衛権に伴う武力行使を認める要件である「重要影響事態」にあたることを否定していない。法案成立の口実にする狙いもあってか、南シナ海でフィリピン軍との合同軍事演習を強行し、中国を挑発した。
 さながら、中国が南シナ海情勢を緊張させているかのような言い分だが、まったく一方的である。わが国は、米国の進める地域の国々を対立させてコントロールするためのバランス・オブ・パワー戦略に追随させられている。そこを見抜かなくてはならない。

根源は帝国主義の介入
 南シナ海には東沙諸島・西沙諸島・中沙諸島・南沙諸島の四大諸島が存在する。これらの島々の領有は複雑である(略史参照)。
 第二次世界大戦前までは西欧帝国主義の植民地支配下にあった。日本が一九三八年に領有を宣言し、台湾の一部に組み込んだ。
 中国は、唐代(七世紀〜十世紀)から管轄下に置かれていたと主張している。
 日本の敗戦に伴って領有は当然にも放棄されたが、諸島の帰属はあいまいなまま残された。
 四三年、米英と「中国国民政府主席」による「カイロ宣言」は「日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還する」とした。これは「領土分割」など戦勝国による戦後処理合意であったが、侵略国であったわが国がこれら地域を放棄し、駆逐されたのは当然である。
 ところが、米国が主導した「連合国」諸国とわが国の戦争処理のためのサンフランシスコ講和条約(五二年四月発効)では、日本の「(台湾や南シナ海の諸島など占領・植民地化した地域の)すべての権利、権原及び請求権を放棄」だけが確認され、その帰属先は明示、合意されなかった。帝国主義争奪の相手として日本を無力化し、かつ地域に争いの火種を残しておきたい米国のバランス・オブ・パワー策略に沿った意図もあったであろう。天皇制政府が受け入れた「ポツダム宣言」では、「カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない」とされていた。
 日本軍が撤退した後、「中華民国」が西沙諸島に上陸。五一年、中華人民共和国政府が初めて、南シナ海の島々への主権を宣言した。しかし、五四年にフランスがインドシナ半島から去った後、島に上陸したのは米国の傀儡(かいらい)、南ベトナム軍だった。
 七五年、南ベトナム政府が崩壊、中国は残りの島を占領。ベトナム政府(ハノイ)はそれを黙認せざるを得なかった。中国に対して表立って島の返還を求め始めたのは、石油ガスが埋蔵されていることが分かって以後である。南沙諸島では、八八年に中国とベトナムの間で海戦が勃発、中国が赤瓜環礁を占有した。
 帝国主義諸国が相次いで敗北した後、地域諸国の間で領有権争いが巻き起こる事態となったのである。こんにち中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、それに台湾が、諸島全部または一部の主権、および排他的経済水域と大陸棚の主権・管轄権を主張している。
 中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)などは、南シナ海での領有権、開発権などをめぐって争いを激化させた。とくに、石油など海洋資源開発をめぐる争いが注目を浴びた。
 近隣国間だから対立と紛争を含のは当然だが、とくに二〇〇〇年代は全体として協力関係は発展した。
 九一年には、中国とASEANが正式対話を開始した。その後、九七年のアジア通貨危機を経て関係が発展し、〇二年には中国・ASEAN自由貿易圏建設という目標が確定された。また、「南シナ海における関係諸国行動宣言」も調印され、領土・海洋問題の平和的解決がうたわれた。
 〇五年にはベトナム、フィリピンと共に南シナ海での海底資源調査なども開始された。中国とASEAN諸国の経済貿易関係は急速に発展し、世界経済の成長センターとなった。
 とくに中国は〇〇年代に急成長し、一〇年には日本を抜いて国内総生産(GDP)で米国に次ぐ世界第二位となった。昨年には、実質を示す購買力平価換算GDPで米国を追い越したといわれる。
 経済力の発展は、国力の発展であり、当然にも政治大国化、軍事大国化を促している。中国は米国に対して「新型大国関係」を求めた。帝国主義に蹂躙(じゅうりん)されてきた中国が興隆し、その屈辱の歴史を清算しようとするのは当然のことである。「中華民族の偉大な復興の実現という中国の夢」が一二年の第十八回党大会で提起された。
 その実現の、急速な経済発展は、大量の資源と輸送ルート確保を中国の大きな課題として浮上させた。また、商品輸出市場の確保とともに、〇五年ころからは資本輸出も活発化、こんにち世界二〜三位の資本輸出国となった。そのための国際政治力、有利な国際環境確保が重要課題となった。
 南シナ海は、中東からインド洋を経て、アジア、さらに太平洋へと資源などを輸送する際にほぼ必ず通らねばならない「要衝」である。しかも、原油など豊富な海洋資源が埋蔵されている。かくしてこの地域が「核心的利益」となったのであろう。そして近隣諸国との摩擦を激化させる。
 それにしても「一国二制度」などと知恵のある大国である。また、主要矛盾という優れた認識論を踏まえた戦略もあるはずである。ところが実際は、時に「大国主義的」と思わせるような強硬姿勢をとって、対ASEAN諸国関係で矛盾を激化させた。
 米国に付け入る隙を与えたのは間違いない。早くも〇五年に米国の戦略家シュレジンジャー元国務長官が、中国の貿易と資源ルートすなわち「死活」を握っているのは米国だと喝破していた。「核心的利益」などというから、逆に、「中国の弱み」と見定めたのであろうか。
 帝国主義の策略の国、米国である。世界的危機のなか登場したオバマ政権は、アジアを収奪し、経済を維持するとともに、中国をけん制し米国中心の世界秩序に取り込み、世界支配を維持しようと策動を強めた。衰退する米国の力を集中し急速に台頭する中国を抑え込み、アジア支配を立て直す「アジア・リバランス戦略」を打ち出した。
 ここでも米国のバランス・オブ・パワー政策が進められた。米国は、一〇年七月のベトナム・ハノイでのASEAN地域フォーラム前後から、露骨にASEAN諸国を分断し、各国を中国と対立させる策動が強められた。南シナ海の領土問題にも本格的に介入し始めた。クリントン国務長官(当時)は、この会議を「転換点」と評価している。
 以後、米国と関係断絶で「親中国」になっていたミャンマーとの関係回復をはじめ、ベトナムやフィリピンとの関係などが急速に進んだ。シンガポールとは軍事関係を発展させた。
 ベトナムやフィリピンなどと中国との争いも急速に激化した。
 それでも、経済関係を中心に、これらの国々を含んでASEANと中国とは全体として良好な関係が続いている。ベトナムもフィリピンも、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)参加を決めている。領土領海をめぐる争いは各国関係での中心問題ではないのである。
 オバマ大統領は一一年十一月、オーストラリアで演説し「アジア太平洋地域に重心を置いてバランスをとる」と演説し、米国の戦略方向を公式に明らかにした。重心の移動、旋回「ピボット」であり、バランスをとる「リバランス」である。海兵隊の基地設置、オーストラリア駐留も明らかにし、太平洋からインド洋をにらむ軍事展開を鮮明にした。
 しかし、米中関係は対立一辺倒ではない。むしろ、新たな相互関係が発展した。一三年六月には長時間のオバマ・習近平首脳会談が行われ、オバマは「中国の平和的台頭」を歓迎した。翌一四年三月の首脳会談でオバマ大統領は「新たなモデルの二国間関係を強めていくことで合意している」と発言、中国の求める「新型の大国関係」に同調しつつ、中国を「新世界秩序の建設的構築」に取り込む狙いもあけすけにした。
 こうした米中関係の下での、南シナ海での緊張激化である。
 中国による「埋め立て」は一二年二月以降に始まり、昨年には相当程度進んでいた。当然、米国はそれを全部把握していた。それでも、米国は騒ぎ立てなかった。一四年九月、ラッセル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、両国関係の全般について「中国と協力できる分野を見つけ、同意できない分野も率直かつ建設的に議論する」「違いをコントロールする」と述べている。
 要するに「コントロール可能」と見ていたということだし、中国もそうした対応だったのであろう。
 そもそも、この海域で実効支配する島の埋め立てや軍事基地建設を行っているのは中国だけではない。ベトナム、マレーシア、フィリピン、台湾などは滑走路を建設済みで、南シナ海の諸島に軍隊を常時駐留させているのも中国だけではない。当然、米国はこれらの国々・地域に対して、批判などを行ったことはない。
 英国の新聞「フィナンシャルタイムズ」は「米国がどう動くかが問題だが端的に言うとたいしたことはしないだろう」と六月十一日付で断じた。なぜ難しいのか、と自問し「北京の行動が明らかに不法だとは言えない。フィリピンもベトナムも埋め立てを実行している。法律家たちによると、中国の主張もいいかげんだとは言い切れない。これらの島はフィリピン、ベトナム、マレーシアに近いが、それが決定的な条件とは限らない。また中国はあからさまに航行の自由を脅かしているわけではない。中国は自らが主張する領海で軍事活動を規制しようとしている。国際法に矛盾するがこの問題も米国の姿勢にかかっている」と述べた。これが、いわゆる「国際社会」の常識であろう。
 そもそも、アジアの国ではない米国が「当事者づら」をして南シナ海問題に口を出す資格などない。

米国の「巻き返し策」
 しかし、米国は少なくともこの四月に態度を急変させ、強硬に転じた。
 その大きな背景には、ウクライナ問題や中東の情勢悪化でアジア・リバランスがままならない上、今年三月に入って、AIIBに欧州諸国が加わるなどで、米戦略が大打撃を受けたこともあろう。連邦準備理事会(FRB)のいわゆる「出口」が容易でない経済危機もあろう。
 米国は新たな巻き返しに迫られた。米「戦略国際問題研究所」(CSIS)は四月十二日、工事の衛星写真を公表、米政府、オバマ大統領は、埋め立て工事を「地域の安定に対する脅威」と決めつけた。
 この直後の二十八日、新たな「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)が合意され、その翌日の日米首脳会談では、「中国のいかなる一方的な現状変更の試みにも反対」し、南シナ海の問題に関し、「日米で様々な取組を推進していくこと」を確認した。自衛隊の南シナ海哨戒などが打ち出された。
 次いで五月、放送局CNNのテレビクルーを米軍偵察機に同乗させるという異例の措置をとって、工事と当然にも中国軍の警告通報を世界に実況中継した。
 さらに米軍は七月一日、「国家軍事戦略」を発表、米国を脅かす国家として初めて中国を名指しし、中国による南シナ海での埋め立てが「アジア太平洋地域の緊張を高めている」と断定した。

米国の先兵、安倍政権
 巻き返しを図る米国だが、財政難で軍事費を抑制せざるを得ない。そこで地域で対立させ、しかも負担は日本に押しつけ、対中対抗の「鉄砲玉」として使おうとしている。これこそ問題の本質的なことである。シーア米国防次官補は、自衛隊による海上の警戒・監視活動を求めている。
 米国が南シナ海問題を騒ぎ立てるのは、安倍政権を自国戦略に取り込み、対中国策略の先頭に立たせる狙いである。要するに、南シナ海で、日中を対立させる策略にほかならない。
 昨年、ウクライナ問題に介入し、ドイツやフランスなどとロシアとを対立させたバランス・オブ・パーワー策略である。
 しかし、ドイツなどの大国は、米国の策略に抗して独自の対ロ外交など自らの世界政策を進めている。
 一方、安倍政権は、完全に米国にコントロールされ、安全保障法制などで積極的に呼応している。ドイツのメルケル政権と比べても、あまりにひどい対米従属の売国奴ぶりである。
 安倍政権は、五月〜六月にかけて、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどとの一連の首脳外交で、中国の「力による現状変更の試み」へのけん制をけしかけた。フィリピンやベトナムに巡視艇などを提供することが決まった。六月二十三日には、海上自衛隊のP3C哨戒機を、南沙諸島に近いパラワン島に派遣し、フィリピン海軍との共同訓練を行って中国を挑発している。
 さらも、六月初旬の主要国(G7)首脳会議(サミット)でも、南シナ海問題を取り上げ、中国包囲のための国際「世論」づくりに奔走した。
 まさに、矢継ぎ早の中国対抗策である。
 だが、安倍政権の策動は功を奏していない。G7でも西欧諸国はAIIBに参加を決めた上、中国への名指し批判に反対した。アジア諸国の態度は、前述した通りである。
 米国のアジア戦略の先兵として振る舞い、緊張をあおる安倍政権の策動は、わが国の孤立を深めるだけの亡国の道である。
 米中間でさえ、南シナ海問題で対立する一方、緊密な意思疎通も行っている。六月末に行われた「米中戦略経済対話」では応酬もあったが、同時に関係強化の動きも進んでいる。中米は投資協定の推進で合意し、安全保障面でも「重大な軍事行動の相互通告制度」や「海空遭遇時の安全行動規範」ついて議論した。習近平国家主席の今年九月の訪米前に、空中遭遇時の安全行動規範協議の妥結をめざす考えを表明した。
 「新しい大国間関係」で、中米関係は複雑に推移し、つばぜり合いは長期にわたる。
 安倍政権は「鉄砲玉」としてさんざん利用されたあげく「はしごを外される」であろう。
 米国に依存して中国を敵視・対立する道では、わが国は永遠に米国のくびきから逃れることはできず、アジア諸国と平和に共生することはできない。安倍政権を打倒し、独立自主の政権をめざして国民的な戦線を形成し、自国の運命を自国で決められる国をめざさなくてはならない。

アジアのことはアジアで
 南シナ海の問題に対し、域外国の米国や日本は干渉すべきでない。
 米国の干渉は、アジア内部の矛盾につけ入って分断する策略である。これに乗せられず、自主的平和的に解決が図られるべきである。アジア諸国と中国は、ここ数年、法的拘束力を持つ「行動規範」の作成に向けた協議を進めている。現在の米国の干渉強化により、この協議は停滞を余儀なくされている。
 ときに中国の態度も強硬で、気がかりなときがある。国内世論に押されての面もあろうが、帝国主義に支配・抑圧され続けた東南アジア諸国の歴史と、その打開のための結束の努力を十分考慮しているだろうか。アジアの国々は、どの国も自主的な生き方を望んでいるし、複雑な国内事情も抱えているのである。
 習近平国家主席は、昨年五月のアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)で、「アジア人によるアジア」を主張した。その通りである。そのためには域内対立をできるだけ避け、相互利益尊重で平和的に解決し、米国の介入と干渉に反対し、米軍の撤退を求めるアジアの共同した努力を発展させるべきである。
 全世界は米帝国主義に警戒し連合して闘わねばならない。これはとりわけ全世界の労働者階級の任務であるが、それに尽きない。全人民、諸国家、それに危機下の目下情勢では米国に追随することを好まない先進諸国(本来の意味での帝国主義)国家でさえそうである。
 とくに日本ではそうである。安倍の進めるような米帝国主義のアジア介入干渉、中国敵視政策の「鉄砲玉」となる道を断固拒否しなくてはならない。全世界、とりわけアジアでの、米帝国主義の危険な策動に対する連合した闘いの発展は、わが国が完全に対米従属を打ち破って、自国の運命を自国で握る最も有利な環境となるであろう。
 南シナ海問題などを口実とする、安倍政権の安保法案強行に反対しなければならない。中国敵視政策に反対し、沖縄県民の闘いに全国で連帯し、ともにアジアの平和・共生のために闘おう。 


南シナ海をめぐる略史

第2次世界大戦以前 フランス、一部は米国、オランダの支配下
1938年 日本が「新南群島」として領有宣言
  43年 「カイロ宣言」、「日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。日本国は、また、暴力及び強慾により日本国が略取した他のすべての地域から駆逐される」
  46年 「中華民国」、西沙諸島に上陸
  51年 サンフランシスコ講和条約で帰属先が明示されず
   同  中華人民共和国政府が主権を宣言
  54年 南ベトナム軍が上陸
  74年 西沙諸島をめぐり中国と南ベトナムが交戦
  75年 中国が西沙諸島全体を占領
  88年 南シナ海で中国とベトナムが海戦
2002年 中国とASEANが「関係諸国行動宣言」に調印
  05年 中国、ベトナム、フィリピンが共同海底資源調査
  10年 米、ASEAN地域フォーラムで介入を開始
  11年 オバマ演説「アジア・リバランス」を宣言
  12年 この頃、中国による「埋め立て」が始まる
  15年4月 米戦略国際問題研究所(CSIS)、衛星写真を公表
     6月 主要国首脳会議(G7)で日米が画策
     7月 米軍「国家軍事戦略」で中国を名指し


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