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労働新聞 2022年8月5日号・5面

カタヨリさんの新聞用語解説

南シナ海の領有権問題

 新聞で「南シナ海の領有権問題」が図解される際によく見るのが「九段線」。中国が南シナ海における権益を主張する領域を示すものだが、そのエリアは南シナ海のほぼ全域で、日米両政府はこれを「過剰な海洋権益の主張」と批判している。確かにこれを見て「中国は強欲だ」と思う人もいるだろう。しかし中国は「強欲」ゆえ九段線を主張しているのか。南シナ海の領有権問題を歴史経過を追って説明したい。
 なお、私の解説にはカタヨリがある。領有権にからむ国際法関連のことはバッサリと割愛する。

日本の領有が問題の種に
 南シナ海には200以上の島があるが、人が住めるほどの陸地のある島はほとんどなく、多くは満潮時にわずかに水面から頭を出すぐらいの「岩」や、干潮時にしか頭を出さない「低潮高地」だ。
 このような状態なので、近代以前、西沙・南沙諸島は、領土として扱われるといより、どちらかというと「航行の障害物」とみなされていた。
 しかし19世紀に入ると、近代的な国境概念に基づき、島々を領有しようとの試みが始まった。中国(清朝)やベトナム(阮朝)が調査隊を派遣するなどの動きがあったが、実際に領有するには軍事力など物理的な力が必要。20世紀に入り、ベトナムを含むインドシナ半島を植民地化したフランスと、植民地化した台湾を拠点に東南アジアへの南進を図っていた日本が参戦し、領有権争いは本格化した。
 日中戦争勃発後の1939年、日本は西沙・南沙諸島を「新南群島」として領有を宣言、台湾省に編入した。主要な島々を占領し、部隊を派遣し、気象観測所などの情報収集拠点を築いた。欧州でナチス・ドイツと対峙(たいじ)していたフランスにはこれに対抗する余裕はなかった。
 45年の日本の敗戦により、台湾は中国(国民党政権)の領土として戻る。「日本が台湾に編入した西沙・南沙諸島も中国の領土」というのが国民党政権の認識で、47年には南シナ海に「十一段線」を設定する。その後の中国革命で政権が代わり、共産党政権は53年に十一段線を修正、九段線を設定した。これは、ホー・チ・ミン政権下のベトナムに配慮し、十一段線からトンキン湾付近の線二本を除いたもの。
 このように、中国の主張する九段線は、戦前の日本が西沙・南沙諸島を「台湾の一部」として組み込んだ歴史を引き継いでいる。この事実を無視して日本が中国を一方的に批判するのは無責任だ。
 また、実は台湾当局も現在に至るまで依然として十一段線を主張している。この台湾当局は批判せずに中国だけを「強欲」と批判する姿勢にはカタヨリがあるのではないか。
 なお現在、西沙諸島は中国が全域を実効支配しているが、南沙諸島はベトナムが最大の29カ所を支配している。以下、フィリピン9、中国7、マレーシア5で、台湾当局は2だけだが一等地とも言える南沙諸島最大の太平島を支配している。このようにベトナムが優勢なのは、日本敗戦後にインドシナ半島に舞い戻ってきたフランス、そして米国の傀儡(かいらい)として一時期存在した南ベトナムが熱心に実効支配を進めたからだ。中国だけでなくベトナムの領有も帝国主義の歴史を引き継いでいる。
 この後、石油資源の存在が明らかになったことなども手伝い、70年代からはフィリピンやマレーシアも領有権問題に参入、現在に至る構図が出来上がった。
 南沙諸島は実効支配地が複雑に入り組んでいる。しかし、もちろん国境が画定していないのでこの地域にトラブルがないわけではないが、88年に中越が軍事衝突して以降、現地の情勢は比較的安定している。既に実効支配している岩礁・砂州を新たに埋め立てたり、各国が未占拠の岩礁・砂州を新たに占拠したりする形で勢力拡大が行われているが、奪い奪われのような事態は起きておらず、当事国同士で衝突を避ける協力体制もできている。
 現在、各国とも支配地の観光地としての開発に力を入れているが、それは南シナ海が安定的に平和であることの裏返しだ。

米お得意のプロパガンダ
 では「南シナ海の領有権問題」とは実のところ何なのか。この「問題」が焦点化したのは、2013年以降だ。一般に新聞などでは、中国が実効支配地を大規模に埋め立て滑走路やレーダー基地施設を設置していることが問題とされている。これを主に米日両国が「軍事拠点化だ!」と騒ぎ立てて焦点化した。
 しかし、領有各国は皆、大なり小なり同じように埋め立てや軍隊配備を行っている。ことさら中国だけが批判されることに理はない。しかも、米日は中国の埋め立てを「一方的な現状変更」だと騒ぐが、先にも述べた通り、南シナ海で奪い奪われのような事態が起きているわけではない。にもかかわらず、ロシアによるウクライナ侵攻を批判する際の「力による現状変更」と似た表現で中国の単なる埋め立て工事を批判するというのは完全に度を越しており、もはやフェイクの域にあると言える。
 これが問題化した時期は、米国のオバマ政権によるアジア・リバランス政策と軌を一にしている。このころから米国は「航行の自由」なる作戦の一環としてたびたび南シナ海に駆逐艦を派遣、中国を威圧している。先に述べた通り、南シナ海は軍事的な緊張とは遠い状態にあり、中国も航行の自由など妨げていないにもかかわらずだ。
 要するに「南シナ海の領有権問題」の本質は、中国を批判したいがための難くせにほかならない。歴史的にも米国は、「大量破壊兵器」などなど、さまざまな言いがかりをつけて他国に介入してきた。この問題も、関係国に対立を持ち込み、各国を中国に対抗する米日の陣営に組み入れる思惑ゆえの謀略だ、という見方はカタヨリがあるのだろうか。
 これまで見たように、この領有権問題には日仏米など帝国主義の侵略の負の遺産も引き継がれており、今また日米がこの問題に介入し緊張を持ち込むことは二重の犯罪行為だ。

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