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労働新聞 2019年1月1日号・15面

2019 
国連「家族農業の10年」元年


世界で進む小農家の再評価

 国連は今年から二〇二八年までを「家族農業の十年」と定め、小規模・家族農業を支援する政策を各国に促すキャンペーンを強化する。現在、国際機関では家族農業の果たす経済的・環境的・社会的役割の再認識が進んでいる。こうした現状とその背景について、愛知学院大学経済学部准教授で、現在は国連食糧農業機関(FAO)で客員研究員も務める関根佳恵氏に聞いた。(文責・編集部)


 国連は、その時々の国際社会が共通して取り組むべき課題であったり注意喚起を促すべきテーマを選び、毎年「国際◯◯年」という形で設定しています。一四年は「国際家族農業年」と決められました。今年から始まる「家族農業の十年」はその延長で、各国に農業政策、開発政策を根本から見直すよう、より本腰を入れたキャンペーンを展開しようとしています。
 一〇年頃を境として、いくつかの国連機関が家族農業を再評価する報告書を相次いで発表しました。世界食料保障委員会(CFS)も一三年に「食料保障のための小規模農業への投資」という報告書をまとめましたが、縁あって私もこの作成に参加しました。
 CFSは食料保障のための世界的アプローチを調整する目的で一九七四年に設立された機関です。この頃は、旧ソ連が食料輸出国から輸入国に転じたり、また人口が世界的に増加するなど、将来的に食料の需給が逼迫(ひっぱく)することが世界的に認識された時代でした。ただ、食料輸入国と輸出国、先進国と途上国など、加盟国の利害が対立して実質的な意味のある提言ができない状況が長く続きました。
 そのような問題を解決するため、二〇〇九年に独立性確保と効率的な意見集約を行うための組織改革が行われました。専門家ハイレベル・パネルも設置され、任命された十五人の運営委員(任期二年)がテーマごとに科学的知見に基づく分析と助言を行うようになりました。「価格乱高下と食料保障」「土地保有と国際農業投資」(一一年)、「食料保障と気候変動」「社会的保護と食料保障」(一二年)、「バイオ燃料と食料保障」「食料保障のための小規模農業への投資」(一三年)などの報告書がまとめられました。
 特に「食料保障のための小規模農業への投資」という報告書は、国際家族農業年のための政策勧告を行っています。国際的な農業政策の転換期に発表された同報告書の執筆に貢献できたことは、この分野の研究者として誇りです。

大規模近代農業の弊害顕著に
 従来の国連の政策は伝統的な開発経済学の影響が強く、大規模で近代的な農業が世界の貧困問題を解決すると考える人が主流でした。
 しかし、世界の貧困人口はいまだに多く、〇七〜〇八年の世界食料危機の際には栄養不足人口が増加しました。市場のグローバル化や国際価格の乱高下、多国籍企業などによる「新植民地主義」「新エンクロージャー」などと呼ばれる土地収奪や種子の囲い込みなどに直面し、世界の小規模・家族農家は危機的状況に置かれるようになりました。現在、世界の二十一億人が貧困状態(一六年現在) にありますが、そのうち八割が農村で生活しています。
 また近代的農業による負の側面、たとえば環境汚染、枯渇性資源への依存、水資源の枯渇、食の安全性、気候変動の悪影響などを指摘する声も強くなっていきました。
 一方で「時代遅れ」とされていた小規模・家族農業の多面的機能を見直す動きが進みました。土地生産性でみれば収量・販売額ともに大規模農業よりも高く、また生物多様性や環境保全、雇用創出、地域経済活性化のほか、貧困、飢餓の撲滅にも貢献する能力があると評価されるようになっています。
 統計的に見ると、世界の農業の約七三%が一ヘクタール未満の小規模農業です(CFS一三)。小規模・家族農業は、世界の農家の九割を占め、食料の八割を生産しています(FAO一四)。飢餓や食料安全保障を語る際、小規模・家族農業を抜きに語れないことは明白です。

取り組み積み重ね国連動かす
 こうした見直しの大きな転機となったのは、先に述べた〇七〜〇八年の世界的な燃料価格や食料価格の高騰、それによる食料難の発生です。食料価格の高騰は農業生産者にはいいことと思われるかもしれませんが、小規模家族経営の多くは食料を完全自給しているわけではないため、食料の市場価格の高騰は問題です。また農業資材や原油の価格も高騰し、農業経営にとっては打撃となります。食料難で最も弱い立場に立たされたのが小規模な食料生産者でした。国際農産物・食品市場への過度の依存が地域の食料主権を脅かすことにつながりました。
 また〇八年のリーマン・ショックやその後の各国の財政危機、さらには温暖化など環境問題や生物多様性の危機なども、これまでの経済や社会全体のシステムのあり方を見直す機運を高めました。
 もちろん、以前から近代的大規模農業開発の問題点を指摘する動きはありました。世界通貨基金(IMF)による構造改革プログラムの問題点を指摘する研究者や市民団体、ジャーナリストは活動を続け、ネットワークをつくり専門的な研究を積み重ねてきました。国際的農民組織のビア・カンペシーナや国際NGOの世界農村フォーラム(WRF)などは、情報分析や政策提言の能力を高め、オブザーバーとはいえ国連機関での政策議論を主導するなど、存在感を高めています。
 このような動きは国連の中でも無視できない大きさとなっており、FAOの姿勢にも大きな影響を与えています。FAOは〇二年に「世界農業遺産」の認定を始めました。ユネスコの世界遺産が、遺跡や歴史的建造物、自然など「不動産」を登録し保護することを目的としているのに対して、世界農業遺産は、その土地の環境を生かした伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用、農村文化・農村景観などを「地域システム」として一体的に認定し保全につなげていくことをめざしています。そのような取り組みも一連の変化の一つだと言えるでしょう。

地域の声高め国の姿勢変えたい
 この動きを受けて、例えば欧州連合(EU)では共通農業政策改革の議論の中心として農村の雇用創出とそのための小規模・家族農業の維持・発展が議論されています。これに対して、日本の政策はいまだに大規模化・企業化推進という逆の方向をめざしています。環太平洋経済連携協定(TPP)やEUとの経済連携協定(EPA)などの貿易自由化、また種子法や農地法、卸売市場法の見直し・廃止、特区を活用した企業参入、農協改革など、いわゆる新自由主義的な政策を推し進めています。
 昨年十一月には国連経済委員会で「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言(小農の権利宣言)」が賛成多数で採択されました。家族経営など小規模な農家(小農)の価値と権利を明記し、加盟国に対して小農の評価や財源確保、投資などを促し、食料の安定生産に向けた種子の確保や協同組合への支援なども含む内容ですが、採択では米国やオーストラリア、ニュージーランドなどが反対し、日本は棄権しました。
 一四年の国際家族農業年の際には安倍首相も一応は国会で「家族農業をしっかり支援します」と答弁し、また農水省もイベントを行い、マスコミの報道もあったのですが、それ以降農水省内では家族農業支援政策が定着していないように感じます。同省の方を話しても、「それは途上国の話」というような反応が多いですね。
 安倍政権が長く続き、農水省やJAの中では「大規模化・企業化で輸出志向の攻めの農業を進めるしか道はない」という方向にしか目が向いていない人が増えているように感じます。またJAの職員は改革で手一杯という印象です。あるいは、それに異議を唱えると組織内で自らの立場がなくなることを危ぐしている人も少なくないでしょう。「家族農業の大切さは分かるが、現状では組織内でそれを言うことはできない」と打ち明けてくれる人もいます。
 現状を憂いているだけでは始まらないので、一昨年六月に小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン(SFFNJ)という団体を仲間と呼びかけて結成しました。国連や海外での動きを広げる活動として、フランスの大学生が作成した家族農業に関する映画「未来を耕す人びと」の日本語字幕を制作し上映を呼びかけています。また今春には農文協ブックレットを出す予定です。単なる海外情報の翻訳ではなく、日本の文脈に合うよう、伝え方を今後も工夫したいと思っています。
 種子法は廃止されましたが、昨年は都道府県単位で対抗する条例づくりの動きが広がりました。国・中央の政策をすぐに動かすのは難しいかもしれませんが、地域の声をボトムアップで発信する取り組みの積み重ねは重要だと思います。
 これからも、全国各地での学習会や映画の上映会などを呼び掛けながら、日本でも小規模・家族農業の役割と可能性を再評価し、農業・食料政策の中心に位置づけることを訴えていきたいと思っています。

せきね・かえ
 愛知学院大学経済学部准教授。1980年生。2011年に京都大学大学院博士課程経済学研究科修了後、立教大学経済学部助教などを経て、16年から現職。12〜13年にCFSの専門家ハイレベル・パネルに参加、報告書「食料保障のための小規模農業への投資」の作成に関わる。
 18年4月から今年2月まで、FAO客員研究員としてイタリアでの研究活動に従事予定。現在、小規模・家族農業の生産物が市場で適正に評価され生産者が利益を確保できる認証制度づくりに向けた研究のため、現場調査やデータ分析に奮闘している。
 また17年6月に設立されたSFFNJの呼びかけ人代表として「家族農業の10年」を支持・応援する活動の先頭に立ち、全国各地を回っている。


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