ホーム労働新聞最新号党の主張(社説など)/党の姿サイトマップ

労働新聞 2020年3月5日号 通信・投稿

日々緊張強いられ診療 
医療困窮化に拍車、
「医療崩壊」は目前

新型肺炎/
安倍政権による「人災」

医師・岩崎 啓一郎=仮名

 私は東海地方で、内科と循環器を専門にする診療所を運営する医師です。
 新型コロナウイルスによる肺炎の拡大を受け、受診を希望する患者さんが多く来ます。この時期は、風邪やインフルエンザなどで比較的患者さんが多いのですが、今年は例年以上です。少なくない患者さんが新型コロナ肺炎を疑い、検査を希望しています。
 私の診療所でも、新型コロナウイルスへの罹患(りかん)を疑った患者さんが数人いました。
 ある患者さんは、大手電機メーカーの社員で、(武漢ではないが)中国への渡航歴のある人でした。三十八度の高熱でせきも止まらず、電話で症状を聞いたときには私も若干緊張しました。
 感染の恐れもあって一般の患者さんと同じように診療するわけにもいかず、車で来てもらって診療所の駐車場で診察させていただきました。
 新型コロナウイルスかどうかはPCR検査によって初めて確定診断ができます。ですが、診療所など一般的な医療施設では現在それができません。結局、診療所から救急車を呼び、地域の基幹病院に転送するほかありませんでした。幸いにも、その患者さんは細菌性肺炎だったようで、すでに確立された治療で快方に向かっています。
 厚生労働省は「標準予防策の徹底」といっていますが、現実には難しいのが実情です。巷(ちまた)では「マスク不足」がいわれ、手に入らず困っている人も多くいますが、私の診療所を含め、医療現場でも非常に不足しています。普通の風邪やインフルエンザと新型コロナウイルス感染の初期症状は区別できません。ですからインフルエンザ検査をするにも特殊な「N95マスク」を使って防護しなければならないのですが、それすら足りない状態です。また私の診療所のような小規模な医療施設では、コロナウイルスによる感染の疑いのある患者さんと、それ以外の患者さんを分ける動線の確保も難しいのが実際です。
 また、多くの方が指摘しているように、PCR検査は容易に受け付けてもらえません。政府が出した二月二十五日の「基本方針」では「医師が必要と認めるPCR検査を実施する」とされていますが、実際にはそうなっていません。
 病気の早期診断が治療の基本であるのに、「基本方針」では発熱やせきなどの初期症状があっても二日から四日間の「自宅安静」後の受診を求めています。こうした受診抑制が続けば軽症の患者さんの重篤化への備えが遅れるでしょう。他の疾患での重篤化も見逃すことになりかねません。厚労省はPCR検査の拡大にきわめて消極的ですが、これについて一説では感染研(や関係者)がデータを独占するためなどとも言われています。あり得る話だと私も疑っています。
 私は地域を管轄する保健所に問い合わせましたが、一日二ケタ台のPCR検査がやっとで、保健所の検査体制も不十分な状況です。ノロウイルスなど他の感染症の検査も合わせれば、とても間に合いません。民間検査会社のキャパシティも活用すべきということはいうまでもありません。
 政府の方針でPCR検査について保健適用になりそうですが、検体の集配についてもいくつかクリアしなければならない問題もあって、すぐには件数が増えないでしょう。

未経験の感染力と致死性
 この新型コロナウイルスそのものの特徴と怖さについてもあらためて指摘したいと思います。
 致死率は二%といわれています。「低い」と思う人も多いかもしれませんが、大きな間違いで、衝撃の数字です。日本でのインフルエンザの死亡率は〇・〇一%未満で、七十歳以上でも〇・〇三%と言われています。
 やっかいなのは、潜伏期間が十二・五日と比較的長く、無症状感染者も感染させます。基礎疾患がある高齢者のリスクが高く、若者にも感染して重症化します。
 また、感染しても初めの数日間は風邪と見分けがつきません。熱、せきが数日続いて、治まる人もいれば、突然悪化して両側肺炎やSARDS(急性呼吸促迫症候群)で人工呼吸器が必要になる人もいます。
 何より、その感染力の強さです。大変な恐怖です。当初、エアロゾル感染(ウイルスの粒子を吸って生じる)は否定されていましたが、エアロゾルによって感染することが疑われています。函館市では看護師がロビーで問診しただけで感染し、北海道美瑛町の開業医も一度だけ診察して感染したというケースが報告されています。院内感染による病棟や診療所の閉鎖は現実に起こっています。
 医療者がインフルエンザを恐れないのは、ワクチンによる免疫で身を守っているからです。しかし新型コロナウイルスにはワクチンがありません。医療者も感染の危険は大きいです。
 これまでにエボラ出血熱やMERS(中東呼吸器症候群)などに対応した経験があるトップクラスの医療機関は別として、大半の医療者には未経験の感染力と致死性を備えた感染症です。私も日々緊張を強いられています。

事態を悪化させる国の対応
 実際の医療現場に身を置く者として、安倍政権と政府の「専門家会議」は本来やるべきことから目をそらしているのではないかと憤りを感じています。
 強力な封じ込め策を採らないのは日本だけです。韓国では一日五千〜一万件のPCR検査を実施して徹底的にシラミつぶしに感染者を把握して治療を行っています。イタリアでも町を封鎖しています。
 しかし、日本の「専門家会議」は「国内感染期」という表現で流行宣言を避け、社会的移動制限に踏み込みません。「軽症者にはPCR検査で確定診断しなくていい」という政府の方針は早期発見、早期検査、早期隔離、早期治療という世界保健機関(WHO)の勧告にも矛盾しています。
 安倍政権は財政と法律の裏付けのない「要請」を連発するばかりです。安倍首相の突然の「一斉休校要請」も、感染予防に向けた何のエビデンス(科学的根拠)もなく、国民の間に混乱を持ち込んでいます。
 この「要請」によって、北海道では小学校の低学年の子どもをもつ看護師が出勤できず、外来を休診せざるを得ない事態も生じています。
 そもそもクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での感染が問題になったときも、現場丸投げの対応で隔離も不十分でした。外国メディアは「日本には検疫という概念がないのか!」と報じました。船内の写真を見て多くの医療者はあ然としました。あれは日本政府がつくった人災です。武漢からのチャーター機で帰国した人たちは自ら声を上げてやっと隔離することができました。
 厚労省、専門家会議、国立感染研、日本感染症学会などの医学会は、こうした失敗を未だに認めていません。
 ひるがえって見れば、安倍政権の下で医療現場の困窮化してきました。病院では医療者が日常的な過重労働を強いられ、病床も削減されてきました。また厚労省、国立感染研、大学など行政や研究機関の人員削減と非常勤への置き換えも進行しました。財政も削られてきました。
 厚労省、そして「専門家会議」も「今後一〜二週間が瀬戸際」と言っていますが、その見立てに科学的裏付けはありません。

最悪の状況もあり得る
 三月に入り、四月にかけて、どんな「地獄絵図」が待っているか分からないと思います。
 すでに、いくつかの診療所、クリニックでは発熱患者を門前払いするところが出てきています。先述したように、動線での隔離が難しいからです。また、室内の空気や空気感染する可能性のある病原体が外部に流出しないよう、気圧を低くしてある陰圧室も足りなくなるでしょう。五百床ある地方の中核病院でも、陰圧室は五つもないのが普通です。感染症学会は「陰圧室対応でなくてもいい」と言っていますが、一般病床で対応するとしたら、一般患者を押し出して専用フロアをつくることになります。小規模施設では、それも難しいでしょう。人工呼吸器が足りなくなる可能性もあります。人工呼吸器は、五百床の地方中核病院でも二十台程度しか備えていないからです。
 現段階で日本だけで数十万人の感染者がいておかしくない状況です。
 新型肺炎の拡大は、安倍政権下での医療現場の困窮化に拍車をかけています。「医療崩壊」はすでに目の前にあります。


Copyright(C) Japan Labor Party 1996-2020