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労働新聞 2020年2月15日号 通信・投稿

高齢者介護の
行く末を考える(上)

「地域包括ケア」足元の惨状

三重県・田村 宏

 毎回「労働新聞」が届くのを楽しみにしています。特に、大阪の乾さんの「介護職場泣き笑い記」はヘルパーの現場から見える課題を鋭く指摘していることに共感を覚えて興味深く読んでいます。また事業所の倒産や廃業が増えているという報道を聞くたび心を痛めています。
 それというのも、息子が経営している介護事業所の行く末を心配しているからです。息子は訪問介護事業と介護タクシー事業を同じ敷地内で営業しています。日頃から厳しい経営内容を聞かされていることもあり、経営する側の立場から報告してみようと重い筆を執りました。

現場無視の改悪ばかり
 住み慣れた地域や家庭で安心して生活できることは、介護が必要な高齢者にとってこんなうれしいことはありません。しかし、この理念のもとに考え出されたはずの「地域包括ケアシステム」が危機にひんしています。なぜならこのシステムを支えるためには訪問介護ヘルパーが不可欠だからです。ところがそのヘルパーが決定的に不足しています。いくら募集を呼びかけても集まらない危機的な状況です。これではせっかく訪問介護の依頼を受けても断らざるを得ず、売上の減少につながり経営上の死活問題となっています。一方で在宅介護が必要な高齢者やその家族にとっても死活問題です。
 訪問介護のサービスは、朝昼夕の食事時間帯やディサービスの送り出しと迎え時間に集中するため、どうしてもパートで仕事する登録ヘルパーの確保が不可欠です。一時間当たりの単価は千三百円から千五百円で、一件ごとに交通費も別途加算されます。それでも応募はありません。ヘルパーの人材不足は常態化して、給与面の見直しを含め労働環境の改善を急いでいますが、これといった解決策が見つかりません。いち事業所だけの努力には限界があります。
 これは現場を無視した政府による保険制度の改悪が招いた結果とも言えます。その原因の一端を紹介したいと思います。
 訪問介護サービスに関しては、生活援助の上限時間を二度にわたり短縮したことで、ヘルパーの仕事が分断され、報酬に含まれない移動時間や待ち時間が増えた結果、実質的に登録ヘルパーの収入は減ることになりました。
 また二〇一六年から始まった「総合事業」も大きく影響しています。「要支援」の訪問介護を自治体が独自に行える総合事業に移行したことで報酬単価はさらに低く抑えられることになりました。これにより経営基盤の弱い小規模事業所は介護福祉士の資格を持っていても報酬単価の低い総合事業の仕事でも受けざるを得なくなりました。そうはいってもヘルパーの正義感や情熱だけでは限界があります。労働に見合った報酬とヘルパーの人材不足を解消できる労働環境の改善が不可欠です。大手の事業所より好待遇を提示できない小規模な事業所のジレンマは計り知れません。
 介護に従事する職員に対して給与面の底上げをするために「処遇改善加算」の制度が設けられていますが、小規模な事業所では利用するにしてもハードルが高く、五段階のうちの最低ランクで基準報酬の〇・八%です。規模の大きな事業所ほど加算額は多くなり、最高で一三・七%です。申請するための条件として、職員の資質向上のための具体的な取り組みが求められ、その内容に応じて加算率が決められます。加算に参入できる対象者は常勤の職員であり、非常勤の登録ヘルパーは含まれません。こうしたことからも、小規模な事業所ほど給料を底上げしたくてもできません。ヘルパーの採用が厳しいのは当然です。
 先日の報道によると、高齢者福祉事業の一九年の倒産が過去最高の百十二件だったと報じています。なかでも訪問介護事業所が過半数を占め、小規模事業所が七割だとのことです。介護人材が不足して深刻な状況にあることが明らかになりました。

介護制度は崩壊状態
 そのことを裏付ける内容のNHKの特集番組が一月十二日に放映されました。「自宅で過ごしたいのに受けられない訪問介護」というタイトルだったので、ご覧になった人も多かったのではないかと思います。
 訪問介護事業所に親の介護を頼んでも、ヘルパーがいないので受けてもらえず、やむなく子どもが退職せざるを得ず、途方に暮れる家族の姿を映し出していました。同時に、ヘルパーの高齢化で退職者に新規採用が追いつかない、忙しい職場の上に七割がパートで若い人材が育ちにくい、など構造的な欠陥も指摘していました。
 厚労省発表の求人倍率からもヘルパーの人材不足が明らかになっています。一般労働者の平均は一・四六倍、介護業界全体では三・九五倍で訪問ヘルパーの求人はなんと一三・一倍で圧倒的な売り手市場です。これでは何度求人募集しても経費倒れに終わります。
 給料の底上げについても経営者は努力しています。国基準の介護報酬に上積みして、土日祝日の手当や盆正月の特別手当は負担しています。国の定める報酬は一律ですので、事業所の持ち出しとなります。小規模ながらも事業主の身を削ってでも従業員のがんばりに少しでも応えようとするのは当然のことです。一方では、ヘルパー不足で仕事量が減るばかりでは介護事業として継続できません。
 先のNHK番組の最後は次のようなナレーションで締めくくられていました。「地域や家庭で人間らしく安心して生きるはずの地域包括ケアの考え方が根底から崩れてしまった」と。
 私は、このことをもってしても介護保険制度そのものがもはや崩壊したと見るべきと考えます。「高齢者を社会全体で支える」として二十年前に導入された制度が、これまでの六回の改悪を重ね、理念そのものが崩れ去り、その結末が増え続ける倒産・廃業であり、ヘルパー不足であり、多忙のあまり悲鳴を上げるヘルパーであり、家庭で人間らしく生きる権利を奪われた高齢者であり、親の介護のために仕事をあきらめた家族の悲嘆(ひたん)です。行き場を失った高齢者難民は路頭に放り出され、孤独死や自死を余儀なくされる高齢弱者は増え続けるでしょう。
 諸悪の根源は介護制度の繰り返された改悪にあります。(続く)


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