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労働新聞 2019年2月15日号 投稿・通信

自衛隊に引き継がれる
旧日本軍の体質
陰湿な私的制裁、国の責任は重大

 防衛大の人権侵害裁判を支援

福岡県・田中 隆司

 防衛大学校(神奈川県横須賀市)で起きた人権侵害に対する民事裁判の判決公判が二月五日に福岡地方裁判所で開かれ、被告である加害学生八人のうち七人に計九十五万円の支払いが命じられました。原告が受けた人権侵害の深刻さに比べてこの金額は余りにも低すぎるというのが私の印象ですが、報告集会の中で原告は「防衛大学校の中での不法行為が初めて認定されたので、自分としては良かったと思います」と謙虚に話されていました。
 この判決についての評価はひとまず置いて、裁判の中で明らかになった防衛大学校で何が行われてきたかということと、原告とその家族の闘いについて、紹介させていただきます。
 彼は二〇一三年三月に福岡県内の高校を卒業して防衛大学校に入校します。中学生の時に自宅の近くで自然災害があり、復興支援に来た自衛隊員の活動に影響を受けたこと、高二の時に東日本大震災での自衛隊員の活動を報道で知ったことなどが志望の動機だったそうです。
 防衛大では「入校」に先立って五日前に「着校」し、五日間の体験入学を経験します。この間に二年生が上級生からしごかれる様子などを見学します。これで「ふるい」にかけるわけで、年によって違いますが、毎年百人近くが入校せずに地元に帰っていくそうです。それでも彼は「一年間がんばるぞ」と決意したようです。しかし現実はさらに過酷なものでした。
 防衛大では上級生が下級生を「指導」する学生間指導が制度化されていますが、彼が経験した「指導」は以下のようなことでした。新入生に対しては生活上の些細な不手際やミスが「粗相ポイント」として加算されます。アイロン掛けの筋が二本になったので一ポイント、などという具合です。そしてポイントが一定の数に達すると「罰ゲーム」が科せられます。
 彼は東京の風俗店で店の女性との性行為を強要されます。彼はとてもそんなことはできなかったとのことで、その日はラー油の一気飲みとか乾いたカップ麺を三十秒で食べるとか(「食いしばき」というです)、これで一ポイントを減じてもらいました。翌週も風俗店に行くことを強要されましたが、彼は「絶対に行きたくない」と断ります。「落とし前」はさらに過酷でした。下半身を裸にされて消毒用のアルコールを吹きかけられて火を点ける「ファイヤー」です。
 「防衛大における『指導』の実態」という表があります。後に彼は刑事告訴するのですが、その時に防衛大がアンケート調査したものに原告が見聞きしたものを加えていますので、このすべてを彼が受けたというわけではありませんが、二十二項目もあります。よくこんなことを考えつくものだと思うひどいもので、長い年月の間に蓄積されてきた「負の遺産」だと容易に想像されます。
 一つだけ紹介します。「卒リン」というのがあります。卒業式の前夜、卒業生に恨みを持つ在校生が仕返しのリンチを行うことが黙認されていたそうです。「卒業生への報復リンチ」で、やられた卒業生が恥ずかしくて公表できないような手段に人気があったそうです。一四年三月には「卒リン」に身構えた四年生が枕元にアイスピックを用意、襲ってきた在校生を刺して重傷を負わせる事件が起きています。
 このような学校でも彼は最初の一年間を耐え忍びます。母親をはじめ家族の支えがあったことが決定的ですが、加えて「一年間耐えよう」と励ましあった同級生の存在も大きかったわけです。ところが二年生になると状況が変わります。一年間やられてきたことを新入生にしなければならなくなります。彼はそれができませんでした。すると同級生から「自分だけいい格好するのか」と孤立していくわけです。こうして肉体的にも精神的にも追い込まれた彼は、二年生の夏に休学して福岡に帰りました。すると彼の顔が遺影風に加工された写真が携帯電話に繰り返し送られてきました。
 こうした状況を受け、まず彼はの上級生八人を刑事告訴しました。一五年三月に三人だけが略式起訴され十〜二十万円の罰金刑が確定します。
 その年の三月に彼は防衛大を退学しました。実家での生活の中でも、心身の健康を回復するのには時間がかかります。夢でうなされ「やめてくれ!」と叫んだりすることがあったと母親は話しています。彼もまたどうしたら自分を取り戻すことができるかを一生懸命考えました。その結論の一つが加害学生と防衛大(国)に対して民事訴訟を提起することでした。家族はその決意に応えて支援してくれる弁護士を探し、一六年五月に第一回公判が開かれました。
 この裁判を支援するために「防衛大人権侵害裁判を支援する会」が結成され、地元では「防大裁判の原告を支える市民の会〜たんぽぽの会」が親身になって原告家族を支えてきました。一七年以降、県内各地で裁判の報告会が開かれ、原告の母親の報告は大きな驚きと感動を与えてきました。私も一七年の暮れにお話を伺い大変な衝撃を受け、以降できる限り裁判の傍聴に出かけるようになったという次第です。
 話を聞いた時、私は五味川順平氏の「人間の条件」という小説を思い浮かべ、何十年かぶりに読み返してみました。そして戦前の日本軍の中で行われていたことがそのまま受け継がれているのだということを実感しました。元自衛官の小西誠氏が記した「自衛隊・この国営ブラック企業」によると、防衛大学校の退学者は入校者の二〜三割に及び、自衛隊内部での自殺者は毎年六十〜九十人にも達しています。
 裁判はこれから、防衛大(国)の責任を問う、いわば本丸での闘いとなります。国は加害学生の個人的な逸脱という主張をするはずです。原告の「自分のような学生を一人も出さないように変わってほしい」という声を大切にして、できる支援をしていきたいと思っています。


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