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労働新聞 2018年7月15日号

沖縄の「裏の戦争」から描く

 軍国主義に飲み込まれる社会

「沖縄スパイ戦史」の
三上智恵・大矢英代両監督に聞く

 沖縄基地問題を題材にしたドキュメンタリー作品を手がけてきた三上智恵監督とジャーナリスト大矢英代氏が、沖縄戦の知られざる真実に迫った映画「沖縄スパイ戦史」を制作、この七月から全国で公開される。沖縄本島南部の激しい地上戦ではなく、本島北部や八重山諸島の史実を追った動機や狙いについて、両監督に聞いた。


制作の動機と狙い——軍隊が国民を守ってくれる?
三上 これまでの「標的の村」「戦場ぬ止み」それから「標的の島 風かたか」ではすべて基地反対運動の現場をメインに撮影した。三作品とも(沖縄平和運動センターの)山城博治さんが出てくることも共通している(笑)。しかし「反基地運動の映画」と要約されることには違和感がある。「基地に反対する沖縄県民の姿」を映したかったのではなく、基地が造られることの先にあるもの、理不尽な手段や民主主義の崩壊など、この国の危機を訴えたかった。前作「標的の島」で取り上げたが、このままでは宮古島や石垣島に自衛隊の基地ができてしまう。すると、どうなるのか。今の自衛隊という、集団的自衛権を持ち、攻撃能力を高めている新しい軍事組織は、戦前の軍隊と同じなのか、違うのか。違うのであればどこが違うのか。そういったことを検証せずに「自衛隊が国民を守ってくれる」と受け入れるのは早計ではないか。それを今回の映画で問いたかった。
 個人的には基地問題よりもずっと長い時間を沖縄戦について学び考えてきたので、これから再現され得る不幸というものが見えている。次の不幸を止めるには直接的に沖縄戦を問う以外ないと思った。
 沖縄本島北部のゲリラ戦やスパイ戦、陸軍中野学校を題材にしたのは、「軍隊がやって来た時点で始まる秘密戦」とは何かを知って欲しいから。戦争の恐怖は敵の弾に当たって死ぬだけじゃない。軍が配備される時にはもう地域社会に浸透し自治体ごと飲み込まれ変えられている。その際には必ず軍に積極的に協力する人たちが現れる。これは「植民地エリート」たちとまったく同じ構図だ。権力や軍事力に寄り添って行くことで地域に利益を誘導するつもりが、地域を裏切る結果になった戦争の悲劇を心に刻まないと再発する。

大矢 沖縄戦で住民は軍隊に利用されるだけ利用されて最後は捨てられた。このことは、地上戦があった沖縄本島南部より、地上戦がなかったにもかかわらず日本軍のために住民三千六百人以上が亡くなった八重山の「戦争マラリア」の方がある意味で示唆的だ。
 私自身は学生の時から戦争マラリアに関心を持ち取材してきた。当時から陸軍中野学校の工作員が波照間島民の強制移住に関わっていたことは知っていたが、その後の二〇一二年、当時の沖縄には四十二人もの同学校出身者が送り込まれていたことを知った。これは本作にも出ている名護市市史編纂室の川満彰さんがその著書で報告されていたことだ。
 これを知った時、波照間の強制移住は大きな「裏の戦争」の一片にすぎず、沖縄全体で日本軍がいったい何をしようとしていたのかが見えてきて衝撃を受けた。そしていつかこれを問う仕事をしたいと思っていた。
 三上さんから本作の話を聞いた時、自分が六年前にやりかたったがこととピッタリ重なり、企画に参加することを決めた。

映画を撮り終えて——現在と地続きの普遍的な怖さ
三上 今年の慰霊の日に初めて沖縄北部のおじいちゃん、おばあちゃん、出演者を中心にこの映画を見てもらった。当時少年兵だったある人は「あまりにも当時のことを思い出すから」と言って途中で席を外すなど、映像も含めてきつい内容だったようだ。
 私が心配しているのは地域の人間関係などに与える影響だ。本作では「悪いのは日本兵で、沖縄の人は被害者」という構図を当てはめていない。もちろん犠牲になったのは沖縄の人なのだが、加害者側にも地域の人がいる。そこはどうやってもは消せない事実だが、踏み込むのは覚悟がいる。証言をしてくださった人が後で「何でお前あんなことをしゃべったんだ」と言われ集落で生きにくくならないか、当然心配している。
 それでも「日本軍だけが悪い」という構図から出ようとしたのは、「軍国主義に飲み込まれてしまったら人間社会はこうなってしまう」という普遍的な怖さを取り上げたかったから。政治家や軍部のトップだけでは戦争はできない。これに踊らされただけじゃなく、自分から踊り込んでいく民衆の存在があってあれだけ長く戦争が続いた。
 一方で、「あのような時代だから仕方がなかった」「命令だったから」で許されるものでもないことも押さえたかった。その論法で思考を逃してしまうと、不幸の再生産になる。
 映画を見ると「勧善懲悪」の善悪でないモヤモヤ感が残ると思う。試写会後に知人から「あれ、どういう意味なの?」「あの軍人はいい奴なの、悪い奴なの?」などとと聞かれたが、こういう消化不良な印象が実はとても大事だと思う。単純ではないことについて考えたり話し合ったりする中から今後につながる芽が出ることを望んでいる。

大矢 三上さんの話に関連して言えば、沖縄に配置された陸軍中野学校出身者は二十歳代で、今でいえば大学を出たてばかりくらいの年齢の若者だった。取材をしながら「自分だったらどうだったか」などと考えた。エリート青年が、「国家のために」という使命感で、法律や命令に従って任務を遂行した。時代状況を考えると「百点満点」だったはず。
 これを現在に置き換えると、特定秘密保護法などの法律ができてしまった今歯止めをかけるのが難しいということ。かつての軍機保護法も最初はそこまで厳しい法律じゃなかった。しかし「改正」され「軍機を漏らすものは死刑」にまで引き上げられた。秘密保護法も「テロ対策」も安保法制も、いつどう「改正」されてもっと恐ろしい法律になって自分たちに刃が向いてくるのか。こういうことは明日にでも起こり得る。そのことに対する危機感を今回の取材の中で強く抱いた。
 こうしたことが「国を守る」との掛け声で行われようとする時、いったい何から何を守ろうとしているのか、それを今後も問い続けたいと思う。


映画紹介 「沖縄スパイ戦史」
 戦後70年以上語られなかった陸軍中野学校の「秘密戦」。 明らかになるのは過去の沖縄戦の全貌だけではない——。第二次世界大戦末期、米軍が上陸し、民間人を含む24万人余りが死亡した沖縄戦。第32軍・牛島満司令官が降伏する1945年6月23日までが「表の戦争」なら、北部ではゲリラ戦やスパイ戦など「裏の戦争」が続いた。作戦に動員され、故郷の山に籠って米兵たちを翻弄したのは、まだ10歳代半ばの少年たち。彼らを「護郷隊」として組織し、「秘密戦」のスキルを仕込んだのが日本軍の特務機関・陸軍中野学校出身のエリート青年将校たちだった。1944年の晩夏、大本営が下した遊撃隊の編成命令を受け、42人の「陸軍中野学校」出身者が沖縄に渡った。ある者は偽名を使い、学校の教員として離島に配置された。身分を隠し、沖縄の各地に潜伏していた彼らの真の狙いとは。そして彼らがもたらした惨劇とは。
7月28日から全国で順次公開


監督プロフィール

三上 智恵(みかみ・ちえ)

 ジャーナリスト、映画監督。1995年、琉球朝日放送の開局時に沖縄に移住。沖縄の文化、自然、社会をテーマに多くのドキュメンタリー番組を制作。2012年制作の「標的の村〜国に訴えられた沖縄・高江の住民たち〜」は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞など多くの賞を受賞。劇場版『標的の村』でキネマ旬報ベストテン文化映画部門第1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭で日本映画監督協会賞・市民賞をダブル受賞。14年にフリー転身。15年5月に『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』、17年3月に『標的の島 風(かじ)かたか』を劇場公開。著書に「戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り」(大月書店)など。

大矢 英代(おおや・はなよ)
 ジャーナリスト、ドキュメンタリスト、早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。学生時代から八重山諸島の戦争被害を取材し、ドキュメンタリーを制作。2012年に琉球朝日放送入社。報道記者として米軍がらみの事件事故、基地問題、自衛隊配備問題などの取材を担当する。16年制作「この道の先に 元日本兵と沖縄戦を知らない私たちを繋ぐもの」や、同年制作「テロリストは僕だった 沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち」で数々の賞を受賞。17年にフリー転身、本作が初映画監督作品。共著に「市民とつくる調査報道ジャーナリズム」(彩流社)。


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