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労働新聞 2017年11月25日号 投稿・通信

困難な事情抱え
行き場ない利用者が

  「社会に還る」ため寄り添う日々

障害者施設運営・森野 熊三

 政治は弱者に優しくない。しかし、その優しさを民間施設とそこで働く職員に負担させているとは言わない。優しさを繰り出す前に、予想外の現実が機関銃のように降り注いでくる。
 ここはホームレス支援施設の無料低額宿泊所を母体とする障害者グループホームと作業所で、運営しているのはわれわれの法人だ。

貧困+αの困難
 ホームレスの雇用対策や居住地確保といった支援を国の「責務」と明記したホームレス自立支援法。二〇〇二年に十年間の時限立法として施行され、一二年に五年間延長、再度期限が切れる本年六月に二七年までの再延長が定められた。
 われわれの法人では無料低額宿泊所を運営し、居所・食事・自立支援サービスを提供、それぞれの年齢や能力に見合った自立をめざす利用者たちに緊急一時保護から卒寮まで寄り添い、本人のやる気や潜在能力を引き出して支えている。
 利用者は「貧困」をベースに、リストラ、派遣切り、路上生活、高齢、疾病、多重債務、ドメスティックバイオレンス(DV)と、多岐に渡る「+α」の困難課題を抱えているのだが、そのうち一割程度が精神・知的・身体のいずれか、あるいは重複した障害を持っている。
 かれらの多くは、地域にある既存の障害者施設や障害福祉サービス事業所から受け入れを拒まれ、あるいはこれまで利用していた施設で問題を起し契約解除や退所となっている。依存症、人格障害、他害、元反社会勢力、元セックスワーカー、元犯罪者などの病歴・生活歴、あるいは虐待被害者として暮らしていた環境からわれわれの元に逃げ込んできた過去を持つ。
 また自立支援の過程において、ハローワークや生活保護の手続きがスムーズにできなかったり、対人関係や就職活動でのつまずきなどを経て医療や行政への相談した後で、発達障害や軽度知的障害、うつや適応障害等の疾病や障害が新たに判明する者もいる。
 そんなかれらにこそ、落ち着いて生活できる住居と、勤労の義務を果たせる職場、そして毎日の暮らしを支える福祉専門職の関与は絶対に必要だ。
 そして、多様性のある社会の一員として地域で共存していくためには、「どんなに悪いことをしても『障害者だから仕方ない』と総て許されるわけじゃない」こと、「権利を行使するためには能力に応じた義務を果たす努力をしなければならない」ことを障害当事者である利用者自身も実感を持って学んで身に着けていかなければならない。
 われわれは新たに法人を興した。共同生活援助事業所(グループホーム)と就労継続B型事業所(作業所)を開設したのが一五年のことである。開設直後からそれぞれ「他に行き場のない」事情を抱えた利用者が、この事業所に集ってきた。
 タバコの火の不始末でボヤ騒ぎを起こし、当時入居していたグループホームを退去させられたA子。
 風呂にも入らずヒゲも伸び放題のホームレス姿のまま無料低額宿泊所で二年も自立せずパチンコ三昧の挙句、行政からの度重なる指導にものらりくらりで、生活保護停止一歩手前でギャンブル依存症を診断され療養生活への専念を命じられたB男。
 家族に虐待され障害年金を取り上げられ路上生活に追いやられ、ホームレス仲間が見かねて「愛の手帳所持者が路上生活させられてる。助けに来てあげて」とSOSを発信し、着の身着のままやってきたC子。
 十歳代で薬物依存、二十歳そこそこで暴力団に関わり、刺青、指詰め、その後で統合失調症にかかり、妄想の症状が出て強盗未遂からの措置入院、経歴が災いして退院先が見つからず、幾年もに渡る閉鎖病棟での暮らしの後にやっと安住の地を手に入れたD男。
 グループホームの職員や他の利用者に対し他害行為でケガをさせ、契約解除となってしまったE男。
 知的障害を持ちアルコール依存症と肝硬変を治療中だが、抗酒剤は肝機能に影響するため使えず、断酒会はコミュニケーション能力が低く会話が成り立ちにくいため参加しても意味がなく、残るは強制的に飲酒できない環境をつくってその枠の中で長期間暮らすよりほかないF男。
 度重なる万引きで医療刑務所にて受刑、出所後の居所に困っていたG子。
 幾度か痴漢行為で検挙されるも、「知的障害だからどうせ責任能力に問えない」と被害者が立件をあきらめて泣き寝入り、本人は「痴漢は犯罪とわかっているけど自分は障害者だから許される」と思い違いをして行動を改められないH男。
 われわれの事業所は、かれらにとって「イージー・モード」の生活環境ではない。いうなればここは荒野の果て、崖っぷちに建つ一軒家のようなもの。かれらの多くは、自ら道を踏み外して「社会の最底辺」に流れ着いたのである。
 「障害があるから仕方ない」なんて理屈が通るはずもない。なぜなら世の中の障害者のうち圧倒的多数は犯罪行為や社会的逸脱行為をしないで生きていけるからだ。障害があろうとなかろうと、肥大化した自分の権利意識を満足させるために他者の権利を阻害することはあってはならない。
 どこの学校にも会社にも、あるいは働く側ではなくお客様という立場においてもルールが存在するように、この事業所にもルールが存在する。時間の厳守、ホームから作業所まではドアtoドアで完全送迎をして通勤の労をなくす代わりに、単独外出の禁止、携帯電話の持ち込み不可など、同種他施設ではまず適用していない厳格な規則で利用者を枠にはめる。枠がないとかれらは羽が生えたようにあちらこちらへと飛んで行って社会的な逸脱行動をしてしまうためだ。

地域で暮らすために
 ここの新規利用者は、まず徹底的に「規則やマナーを守る」ことを強いられる。規則を守れない者は他の利用者や職員から疎外される。自分が尊重されたければまず施設内の秩序と他者を尊重すること(たとえそれが自分と相容れなくても)を、日々の暮らしのなかで実践し、協調性や寛容さを身に着けていく。
 ここでの暮らしに慣れてきたら、次にわれわれは利用者にプレッシャーをかける。「枠の中で暮らすだけではいつまでたっても外の社会に出られない。一生枠の中で生活したいのか。自由には責任が、権利には義務が必ずセットになっているのだ。再び社会に出たいならば、外で生きていく生活力を、自信を、他者や社会からの信頼を、自らの手でつかむ努力をしろ。必死でもがいて、この事業所で最後までドロップアウトしないで生き残り、社会へと還れ」と。
 これにはグループホーム入所中は履歴書の職歴が空白期間になってしまうことを内包する。離職期間が延びれば延びるほど社会復帰は困難となる。しかしそれを別の何かで埋めることができれば、本来弱みである空白期間を強みに変えることも不可能ではない。
 A子は、商工会議所の簿記検定を受験することにした。学生時代に病気にかかって何年も休学した末に、期限切れで学問の道を絶たれてしまう憂き目に遭いあきらめざるを得なかった税理士をめざすために。作業の合間に勉強に励み三級に合格。地に足をつけて一歩踏み出した。
 B男は、まずカタチから入ることにした。ヒゲをそり、坊主頭にし、入浴の習慣をつける。作業所では食品を扱うため衛生の徹底は基本だ。規則正しく起きて、食べて、働いて、寝る。自堕落な暮らしぶりも改まってきた。生活を丸ごと見直すことでパチンコへの欲求を仕事の達成感などに替えていく。気が付くと作業所のリーダーとなり新入りの面倒を見るまでになっていた。二年間一度もパチンコやギャンブルに興じることなく過ごしている。
 C子は、成年後見人を立てる手続きを経て、家族からの経済的、身体的暴力から解放された。後見人は経済面の管理だけでなく、障害者の作品展に出したC子の作品を鑑賞しに来てくれるなどして精神的なサポートもしてくれている。
 D男は、作業を通して調理師への夢を取り戻した。中卒後に入学した専門学校で、あと三週間で卒業できるところだったのに、悪友にそそのかされて自主退学し、そこから暴力団員との付き合いが始まり、社会的信用も小指も失ってしまった経過がある。もう一度調理師への道を歩むために、作業所で受験に必要な実務期間を過ごしながら、休日は作業指導員がホームへ出向いて座学を教えている。
 E男は、「他害をやめること」が最重要課題だった。次に誰かを傷つけたらここも強制的に契約解除となってしまう。良くて精神科の閉鎖病棟への入院(本人の同意がない場合も警察や保健所が関与すれば入院させられてしまう)か、あるいは刑務所。最悪は路上死だ。ことあるごとに何度も何度も現実を突き付けて自覚を促す。薄氷を踏むかのように、剣の切っ先の上を歩むかのように、暴力を振るわない一日一日を重ねている。
 F男は結局アルコールを断てなかった。役所の窓口で生活保護も障害者サービスをも辞退すると言い張った。「稼働能力を持たない知的障害者の生活保護を停止するのは人道的に問題がある」と福祉課の課長も粘ってくれたが、どうしても路上に出ていくと言い張り、辞退届と引き換えに貯金のすべてを現金化して持ち出し、われわれはやるせない思いで彼を最寄駅へ送り届けるよりほかなかった。一週間後、遠くの警察署から連絡があり、羽振りよく他のホームレスに酒を振る舞った軽率な行動から所持金を恐喝されてしまったとのことだが、それでもホームには戻りたくないとかたくなに言い張る本人に対し、われわれができることはもはや皆無であった。
 G子はどうしても万引き欲求が治まらず、三階の自室の小窓から雨どいを伝って外に出ようと試みて落下し腰椎や肋骨を骨折、救急搬送されて整形外科に入院。入院期間=ホームを利用しない期間が長期化したため自動的に契約が終了し、その後精神科へ医療保護入院となったと関係者から聞いたが、消息は不明。
 H男は、作業所で人間関係につまづくと、年に数回だが朝作業所からの迎えの車が来る時間にフラリと失踪する。見付けて欲しくて近所の公園で待っているのだ。皆を出発させた後で職員が探しに戻ると、素直に行政の担当者のところへ謝りに行く。もちろん単独外出中に再犯はしていない。他の利用者が検定試験の受験勉強に勤しむ姿を見て自分もほめられたいからと漢字検定を受験、机に向かう経験自体初めてだったにも関わらず、知的なハンデを乗り越え十級に合格した。

利用者の変化が重要
 このような活動の中で、利用者同士が競い合ったり切磋琢磨して張りのある暮らしをし、世話をする職員にとっても利用者が結果を出すことで仕事の達成感を持てるようになった。管理する理事たちにとっては、「不良生徒が生活態度を向上させ優等生に生まれ変わる」かのような利用者の変化こそが新規利用者獲得のための行政や医療機関へ向けたPRとなる。
 また、利用者の家族親族は、これまで家庭内暴力で安全や安心を脅かされ、あるいは対外的な被害者への賠償責任などの利用者によって強いられてきた負担から解放されて、それぞれの人生を生き直すことができるようになった。
 行政や医療の面で利用者に関わる者にとっても、施設職員同様、利用者の生活全般の向上や資格試験合格は支援職としてのやりがいにつながっている。
 社会にとっては、非行や犯罪歴のある利用者が「再犯できない環境で生活している」だけでも地域の安寧維持に有意義なことであり、またかれらの生活が向上していつかこのホームと作業所を卒業し社会に戻れば、障害福祉サービスの給付という形で税金を受け取る側から納税側へとなり、公のおカネが正しく循環することにもなるのだ。
 われわれはこんな小さな福祉の現場から、政治の基本である「富の再配分」と福祉資源の循環をいささかでも具現できるのではないかと思っている。


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