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労働新聞 2017年6月15日号 投稿・通信

田舎暮らしの中から
見えてきたこと(6)

立ち消えになった圃場整備案
大規模化では地域を守れない

宮崎県 黒木 隆男

 蛍が飛びかう季節になりました。たくさんの蛍が、同じ周期でいっせいに光を点滅させる光景は、実に幻想的です。定年退職後、この山間の村で暮らすようになって、六回目の田植えの季節を迎えることになりました。
 今年は四月、五月と少雨傾向が続きましたので、梅雨に入ったばかりですが、夏場の水を心配する声も聞こえてきます。
 私が住んでいる集落は中山間地と呼ばれる地域です。田んぼは斜面に沿って作られているいわゆる棚田ですが、大小の田んぼが不規則に配列しており、「棚田百選」に選ばれるような見事な幾何学模様を描いているわけではありません。それでもすべての田んぼに水が入り、稲苗が植えられた風景をお宮の石段から眺めると、思わず「オー!」と声をあげてしまいそうになります。
 これらの田んぼの水は、集落の中央部を流れる幅二メートルほどの小川から取水されています。上流に溜池があり、八月の渇水期には、この池から水が少しずつ供給されます。ここから二キロメートルほどの間に五つの小さな堰(せき)があって、水路が左右に延びています。そのうちの何本かは、さらに複雑に分岐しています。ですから隣り合った田んぼが別の水路から水を取るというようなこともあります。
 この複雑な水路を見ていると、先人たちが水を引くためにいかに苦労したかがよく分かります。昨年は水量が豊富でしたから、それほどでもなかったのですが、水量が少ない年には、水路の分岐点で、どちらに多く水を流すかでトラブルが起きることもあります。そういう年には、奇数日はこちら、偶数日はあちらというふうな取り決めが行われることもあります。
 一昨年のことですが、この集落に町の行政から圃場(ほじょう)整備の提案がありました。私は地権者への説明会に参加できませんでしたが、話によれば、農業基盤整備促進事業ということで、集落の田んぼをもう少し大きな区画の、原則長方形の圃場に造成し直すという計画のようでした。
 平野部の圃場ではすでにこうした整備はある程度進んでいますが、こんな中山間地でどう実施するのか、イメージが湧きませんでした。当時は環太平洋経済連携協定(TPP)に向けての議論がされている時で、政府は農業競争力を高めることで農産物の輸入拡大に対抗できると主張していましたので、実績づくりをしたいのだろうと、村の人たちは話していました。もちろん、長方形の大きな区画になれば、トラクターなどの使用も便利になるし、何より畦(あぜ)道が少なくなれば草刈りの苦労が軽減されます。
 この事業は公共事業ではありますが、地権者も一定の負担をしなければなりません。確かに便利にはなりますが、問題は別のところにありました。その整備された圃場を、この先誰が耕すのかということです。地権者の大半は七十歳〜八十歳代です。政府の農業政策の基本が、農地の集約、大規模経営化であることを村人は知っています。そしてその方針の中では、中山間地の農業は切り捨てられるのだということを感じているのです。
 結局、町の提案は了承を得られず、立ち消えになってしまいました。
 中山間地で暮らしてみて思うことは、この山あいの田んぼがいかに大きな価値を持っているかということです。
 大分県の山間部で、大きな地割れが発生しました。原因は分かっていませんが、これから棚田が放置されれば同じような事故が起きるのではないかと心配しています。もともと棚田は、土砂崩れなどが起こりやすい谷地(やち)を開墾し管理してきたところが多いのですから、丁寧な管理が必要な場所だといえます。こうした地道な作業を、大規模農家や利潤を追求する企業が受け持つはずもありません。
 大規模化結構。しかし、もう一つの道も必要だということを肝に銘ずべきだと思うのです。


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