日本労働弁護団が派遣法改悪に反対声明

990425

派遣法改悪許さぬ闘いを

日本労働弁護団

「雇用破壊法案（労働者派遣法等改正法案）」に反対し、抜本的修正を求める声明

　政府は、一九九八年十月六日、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就労条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案」を国会に提出した。

　この法律案は、「雇用破壊法案」「リストラ促進法案」「雇用不安拡大法案」と呼ぶべきものであり、日本の労働秩序を根底から覆す危険を持つ。また、この「雇用破壊法案」は、ただでさえ雇用関係に不安を抱く多くの勤労者の将来への不安をいっそうかきたてて、消費を落ち込ませ、不況を深刻化させるものである。

　よって、日本労働弁護団は、「雇用破壊法案（労働者派遣法等改正法案）」について、その骨格である労働者派遣対象業務の原則自由化に関する抜本的修正がなされない限り、廃案を求めるものである。

　その理由の詳細は以下の通りである。

一、従前の「労働者派遣法」の内容と問題点

　労働者派遣とは、レンタカーやレンタルビデオと同様に、労働者を雇用する派遣業者（派遣元）が、労働者を使用したいユーザー（派遣先）に労働者を派遣して、派遣料金を受け取る制度である。レンタカーの場合であれば、レンタカー業者は常時自動車を所有して整備をしておく。ところが、日本の労働者派遣事業の場合には、レンタカーの場合と同様に常時労働者を雇用してその生活を維持しておくタイプだけでなく、ユーザーから労働者派遣の注文を受けたときにだけ登録されている労働者を雇用して派遣するタイプ（登録型）も許される。

　労働者派遣では、ユーザー（派遣先）は労働契約上の使用者責任を負わない。これに起因して、ユーザー（派遣先）は、契約期間途中での解約、労働者をレンタル物品と同様に扱う「返品」や「交換」要求、本来の「用途」以外の雑用などでの使用等々の横暴な行為に及ぶ可能性が高く、派遣労働者の地位は不安定である。

　このため、労働者派遣は、一九八五年制定の労働者派遣法によって、右のごとき弊害の発生しにくい高度な専門技能を必要とする業務（現在では二十六業務）に限定して、認められてきた。

　しかし、現実には、労働者派遣は、法が本来予定していた高度な専門業務だけでなく、さまざまな業務で使用されており、パート・タイマー、臨時工・季節工、請負的労務提供者などと並ぶ、労務費削減策の一環として利用されている。また、法の定める二十六業務以外に就労させる違法派遣も横行している。すでに、大都市圏の都市銀行の窓口業務・記帳業務・案内業務・外回り業務には、自給八百七十円～九百五十円で各銀行系列の派遣業者に雇用され、派遣業者から銀行に派遣されている女性労働者が、正規雇用の労働者と同じ制服を着用して多数就労している。銀行に対する批判や人件費削減の声が高まる中で、各銀行は、末端の労働者にしわ寄せを行い、正規雇用の労働者を削減し派遣労働者に置き換える方策を講じている。

二、常用労働が破壊され、派遣労働に代替される危険性

　今回の法案では、労働者派遣の認められる対象業務を原則自由化（例外的に禁止するのは、港湾、建設、警備など）することを主な内容にしている。

　このため、正規雇用の労働者が派遣労働者に置き換えられる危険をいかに防止するのかという点は、最も重要な問題となっている。現に、フランスの法律には、「派遣先企業の通常かつ恒常的業務に関わる雇用を継続的に充足すること」を禁止する明文規定が存在する。また、ドイツの法律では、一年以上派遣労働者を使用した場合には、労働者派遣ではなく職業紹介であったと見なされ、派遣労働者はユーザー企業（派遣先）に直接雇用されたものとして扱われる。

　日本でも、中央職業安定審議会での審議過程では、労働者派遣が認められる業務の範囲を原則自由化するものの、そのかわりに、「臨時的・一時的な業務」に限定する方向性が示されていたことがある。ところが、法案となった段階では、「臨時的・一時的な業務」に限定する旨の規定はおかれなかった。今回の法案では、派遣先企業は、「『当該派遣先の事業所その他の派遣就業の場所ごとの』『同一業務』について、一年以上継続して労働者派遣を受けてはならない」（改正後の第四十条の二）という制約を受けるだけである。労働省は、この規定により、労働者派遣は臨時的一時的な業務でのみ可能であり、常用労働者を置き換える危険はないとの説明をしている。

　しかしながら、法案にある「派遣就業の場所ごと」「同一の業務」という要件で、労働者派遣の期間を一年間に制限してみても、常用労働者の代替を防ぐ歯止めとは、全くなり得ない。

　なぜなら、「就業の場所」という言葉は、現行の労働者派遣法第二十六条一項二号にも存在しており、その言葉の意味について、労働省の従前の行政解釈では、労務管理の指揮命令系統が異なれば「就業の場所」も異なるものとされている。従って、一つの事業所内のある係長の下で一年間派遣労働者を使用した後、隣の係長の下で派遣労働者を使用することは妨げられないと解釈される。

　また、「同一の業務」という言葉については、さらに大きな問題がある。従来から、労働省は、通達を発して、常用労働代替防止のために「同一の業務」に三年間以上派遣労働者を使用しないように、行政指導を行うこととしている。ところで、この「同一の業務」の意味を解説した労働省の業務取扱要綱（部外秘）では、労働省が定めている職業分類またはその組み合わせが異なれば「同一」でないとしている。この行政運用が維持されれば、一年間「営業販売の仕入係事務員」だけの業務に派遣労働者を使用した後、「営業販売の仕入係事務員兼、販売係事務員」の業務に派遣労働者を使用する場合には、「同一の業務」に継続して派遣労働者を使用する場合とはならず、連続して派遣労働を使用できることになる。

　したがって、今回の法案にある「派遣就業の場所ごと」「同一の業務」に一年間以上派遣労働者を使用することが出来ないとの要件は、抜け道だらけのザルというほかないのであって、常用労働者の代替を防ぐ歯止めとは、まったくなり得ないのである。

三、労働保険制度、社会保険制度などのセーフティ・ネットの崩壊の危険性

　今回の法案では、建て前としては、派遣労働者の使用は、専門職などの例外を除き、一年間以上の継続使用は許されないことになっている。しかも、派遣労働者は、常用型（派遣業者が派遣の注文の有無に関わらず、派遣労働者を雇用するタイプ）だけでなく、登録型（派遣労働者が派遣の注文を受けたときだけ、登録済みの労働者を雇用して、派遣するタイプ）も許される。

　このため、今回の法案で解禁されようとしている一般の派遣の従事する労働者は、常に失業の不安にさらされる。

　ところが、今回の法案では、失業への配慮が全くない。なぜなら、現行の雇用保険法では、一年以上の雇用継続の見込みがあることを一般被保険者の資格を取得する要件としており、一年以内の登録型短期派遣労働者は雇用保険の一般被保険者となるのが困難だからである。

　この事実に照らしても、今回の法案は、常用労働者を派遣労働者に置き換えることを促進した上、さらに、派遣労働者の失業に関しては、冷淡に放置する内容となっているものといわざるを得ない。

　これに加えて、厚生年金制度や健康保険制度では、長期安定的な雇用を制度設計の大前提としているのであり、不安定雇用労働者の増大は、制度の基盤を掘り崩すものとなりかねない。今回の法案は、失業、疾病、老齢などの場合に対処するために長年かけて整備されてきた労働保険や社会保険などのセーフティ・ネットのシステムを崩壊させかねない危険を内包するものである。

　万が一にも、今回の法案が成立するなら、派遣労働者を使用するユーザー企業は、①労賃切り下げの利益、②労働保険料や社会保険料の企業負担などの労務コストの大幅削減による利益、③使用する派遣労働者各自の失業、疾病、老齢などによる負担や危険を本人や家族に押しつけ、それからはみ出たものについては、生活保護制度などの予算の範囲内で国や地方自治体に対処させる利益、④当該企業の退職者で厚生年金を受給しているものに関する年金財源負担（退職者に関する労資負担の保険料による積み立て分を除外した、賦課方式による現行世代の労資負担）を正規雇用の維持に努力している企業と労働者に押しつけて、負担を回避する利益、等々を享受する。かかる事態に至ると、真面目に正規雇用を維持しようとする企業は、企業競争力を維持できなくなり、市場競争で敗北せざるをなくなるのであって、日本の二十一世紀の労働秩序は根底から覆される危険があるといわざるを得ないのである。

二月二十七日

日本労働弁護団全国常任幹事会