980605


団結で解雇撤回をかち取る

コンチネンタル・ミクロネシア分会  千田 正信委員長に聞く


 早期退職か契約社員かというリストラ案を迫られたことに抗議し、労働組合を結成して闘ってきた全労協コンチネンタル・ミクロネシア分会は、五月十四日、正社員の地位確定を会社側と合意し、事実上の解雇撤回をかち取った。規制緩和で競争が激化し、契約スチュワーデス導入などリストラ攻撃の続く航空業界で、同分会の闘いは重要である。闘争の経過と勝利の要因などについてコンチネンタル・ミクロネシア分会委員長の千田正信氏に聞いた。

 五月十四日の団体交渉で、正社員としての地位を確定することを会社側と合意しました。これから話しをつめていく点がいくつかありますが、合意の方向に向かっています。五月十八日以降、すでに乗務している組合員もいますし、六月以降のスケジュールが送られてくるのを待っている段階で、すでに仕事に戻っています。

ものがいえる労働者に

 二月二十三日にホテルに約七時間かんづめにされ、リストラ案が提示されたときは、組合がなく、自分たちの意見を主張できずに、提示されたものをそのまま受け止めるような形でした。

 三月二日に組合を結成するまでは緊張した一週間でした。すぐにいろいろな人に相談に行き、法律の詳しい人にも相談しました。二十五日には、偶然チラシで目にした全労協に相談に行き、組合を結成することになりました。

 その間、もちろん全員がフライトしてますし、コミュニケーションがとれなくなると組合を結成しても切り崩されると思い、国際電話で連絡をとってお互いにコミュニケーションを取るようにしていました。会社側からは誹謗中傷のボイスメールが流されたりしたので、お互いに討論したり、なるべく自分たちの殻に閉じ込もらないように努力しました。

 分会を結成して二週間目に、赤坂にある日本支社前で抗議行動をしましたが、宣伝カーを使って、腕章をして旗を持ってビラを配り、社会的に訴えるということは、それまで考えたこともなかったので、はじめは戸惑いもありました。でも、これをきっかけに「ものが言える労働者になろう」という考えを全員が持つようになりました。

組合員の団結で勝利

 事実上、解雇撤回をかち取ったわけですが、その要因として、社会的にこの問題を広げたということがあると思います。そして、社前抗議行動を含めたビラ配りや成田空港での就労要求、地裁での訴えなどの行動全体がこの結果に結びついたと思います。

 それから、三月十八日に乗務スケジュールが破棄されてからは、交替で全労協の事務所に常駐し、連絡を取り合うようにしていました。また一週間に一回は全員が集まって会議を行い、各自分担した仕事について進行状況を報告し、情報を交換しました。はじめの頃はみんな落ち込んでいましたが、組合を結成し、やることが増えてくると自然に明るさを取り戻しました。けっこう、楽観的だったのが今回の勝利の基礎になったのかな、と思います。

 それぞれ仕事を分担したのですが、その中で他社との賃金体系の比較などもやりました。その結果、フライトする時間数が他社よりも多く、他社が平均七十時間のところを私たちは平均八十八時間フライトしなければなりませんでした。しかも賃金が低く、今回はそれをさらに切り下げるという攻撃でした。

 当初、会社側は早期退職か契約社員か、と迫ったわけですが、航空業界では、契約スチュワーデスの問題や、規制緩和を背景にリストラが相ついでいます。私たちの会社にも、大阪には契約スチュワーデスがいます。契約社員でも仕事は私たちと同じで、訓練を受けていますが、やはり経験が損なわれてると思います。例えばエンジンに故障が起きた場合、冷静に判断してお客様にそのことを伝えなければいけないので、やはり五年、十年といった経験が必要です。そういう経験を持つ正社員をリストラで簡単に会社から排除しようという考え方はやはり納得できません。

 会社側との合意では、賃金を約一〇%ダウンすることになりましたが、基本給はそのままでボーナスから削減するように主張し、その点はかち取りました。とにかく、正社員で現在の成田ベースを勤務地に職場復帰できたので、組合結成してこの三カ月間、行動してきてよかったです。

 航空業界以外の産業でもリストラが広がっていて、苦しんでいる人がたくさんいますが、私たちのこの結果が少しでも支えになればうれしいです。これからもそういう皆さんとともにがんばっていきたいと思います。


勝利までの道のり

二月二十三日 リストラ案が提示される
三月二日 分会を結成、日本支社へ団体交渉申し入れ
三月六日 運輸省へ要請
三月九日 業務命令の会合に抗議、団交とリストラ案撤回を要求
三月十三日 東京地裁へ地位保全の仮処分申請
三月十八日 強制的会合をボイコット。成田ベース閉鎖、全員の乗務日程が破棄される
三月十九日 中央労働基準監督署に労働基準法違反の申告
三月二十日 日本支社前で抗議集会(四百人)
三月二十四日 団体交渉開始
三月二十五日 第二回団交、会社側が地上職への配置転換を提示
四月一日 会社側が二百五十万円の賃金ダウン提示
四月二日 激励集会
四月十四日 東京都地方労働委員会に救済申し立て
四月十六日 外国人記者クラブで記者会見 日本支社前抗議集会
四月二十五日 成田空港にて就労要求集会
五月一日 メーデーにて決意表明
五月十四日 第十一回団交、解決の合意
五月十九日 職場復帰


Copyright(C) The Workers' Press 1996, 1997,1998