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労働新聞 2021年3月5日号・4面 労働運動

経団連「経労委報告」
を批判する(下)

一握りの「DX人材」囲い込む
「雇用維持」はまったくのペテン

矢田 広美

 二一春闘は三月十七日の集中回答日のヤマ場に向け、労使交渉が活発化している。連合は二日にオンライン方式で「政策・制度要求実現中央集会」を開催、また各地方連合会も経営者団体に対し、賃金引き上げなどを求める申し入れを行っている。一方、経団連はコロナ禍を口実に「雇用か賃金か」との選択を迫り、賃上げ抑制の動きを崩していない。かれらの「二一年経営労働政策特別委員会報告」に基づく賃金抑制と「働き方改革」を打ち破ろう。



経団連「経労委報告」を批判する(上)
「サステイナブルな資本主義」叫び、労働者に競争と分断持ち込む

賃金抑制の姿勢あらわ/「雇用の維持」はペテン
 「報告」では二一春闘について、「最優先すべきことは『事業の継続』と『雇用の維持』であることを、労使の共通認識として強く意識すること」などと、「雇用か、賃金か」との二者択一を迫り、ベアについても「業種横並びや各社一律の賃金引き上げは現実的でない」「自社の実情に適した賃金決定が重要」などと「支払い能力論」をいっそう前面に押し出している。
 その上で、連合・神津指導部が二一春闘の要求について触れ、「それぞれの産業における最大限の賃上げ」などに取り組んだ結果の目標として『二%程度の賃上げ』を実現する」と記述したことについて、「コロナ禍によって経営環境が大きく様変わりしたことを踏まえた対応」などと評価している。昨春闘で連合は「二%程度の賃上げ(ベア)」「定期昇給分(定昇相当維持分)を含めた四%」という要求を掲げていたが、二一春闘では「取り組んだ結果目標」としての「二%程度の賃上げ」と要求をいっそう後退させたことを受けたものである。
 だが、「報告」ではこの連合・神津指導部の「ささやかな」二%程度の賃上げ要求についても、嫌悪感を示し、さらに中小企業における「格差是正」要求(総額一万五百円以上)についても、「建設的な労使関係を阻害」「良好な労使関係を損なう」などとどう喝さえしているのだ。
 経団連は「日本の賃金水準がいつの間にか、経済協力開発機構(OECD)の中で相当下位になっている」(中西会長)などとまるで他人事のように言い放ちつつ、「報告」のなかで「労働分配率を個々の企業の賃金決定と結びつけて考えるのは適切ではない」などと居直っている。そして、許しがたいことに「人材育成に関する費用」や「働き方改革の推進に要する費用」など「総合的な処遇改善にかかる費用」を含めて「考慮することが望ましい」などと言っているのだ。企業のためのデジタルトランスフォーメーション(DX)人材育成にかける費用を「総合的な処遇改善」などという手前勝手な論理にゴマ化されてはならない。
 また「雇用の維持」が「最優先」などと言うが、実際にはそれを一顧だにせず大規模なリストラ・合理化を進めてきたことを忘れたというのか。
 リーマン・ショック直後には自動車関連産業を中心に「派遣切り」を強行、こんにちのコロナ禍の下では正社員に「希望退職」を強い、「他企業への出向」という形の合理化を推し進めているではないか。そして、派遣労働者などは恒常的に「景気の調整弁」としてクビが切られているではないか。「雇用の維持」が「最優先」はまったくのウソである。
 その上、「報告」ではこの間わずかながら引き上げが続いてきた最低賃金についても「中小零細企業の持続的な生産性向上の確認が重要」とけん制し、産業別に設定されている特定最低賃金についても「廃止を視野に検討すべき」などと迫っている。
 あくまで企業ごとの「支払い能力」に基づいた賃金決定に固執し、産業全体の賃金水準の引き上げに背を向け続けているのである。
 その一方、財界はこのコロナ禍にあっても内部留保を増やし続けているのだ。
 財務省が昨年十月末に発表した法人企業統計によると、二〇一九年度の企業の内部留保(金融・保険除く)は約四百七十五兆円と八年連続で過去最高を記録した。そして、二〇年七〜九月期に資本金十億円以上の大企業では前年同月比で一・九%増加しているのだ。「報告」では「一定水準の内部留保を保有することの重要性が増している」などといい、それをわずかでも取り崩して労働者の賃金に回すことなどはまったく考慮されていない。そればかりか、「企業にはポストコロナを見据えた将来への投資が必要」などと内部留保のため込みを奨励する有り様だ。

「生産性向上」で財界に唱和する連合中央/「参加・協議路線」からの転換を
 「報告」では「日本の労使関係の真価が問われる重要な交渉・協議になる」と「日本型雇用」の解体まで踏み込み、プレッシャーを労働運動に加えている。
 にも関わらず、連合中央・神津指導部は闘う前から「with/afterコロナ時代にむけた課題認識は(「報告」と)一致する点が多い」と賛意を示すとともに、「DXの加速を人手不足対策や生産性向上を進める好機を受け止める」などと無批判に唱和している。
 また「報告」にある持続的な生産性向上を実現していく中で、賃金引き上げのモメンタムを維持していくことが望まれる」との文言を取り上げ、「(賃金引き上げのモメンタムを)社会全体で認識共有していくことが不可欠」(神津会長)と財界との一致点を強調するばかりである。
 あくまで財界は「生産性の向上」を賃上げの絶対条件にしているのであって、労働者一人ひとりの生活実態など関係ないのだ。
 その上、安倍政権下で演出された「官製春闘」「賃上げ要請」のときの「経済の好循環実現に向けた政労使会議」を取り上げ、「政労使で認識を一致させ、デフレ脱却をはかってきた考え方を堅持」(「連合白書」)といい、「哀愁」とも思える姿勢を見せている。財界はもはや、「日本型雇用」の解体まで踏み込んでいるのも関わらず、この姿勢だ。
 連合は昨年十二月に開催した中央委員会で二一春闘の方針を決定した。
 「誰もが安心・安全に働くことのできる環境整備と分配構造の転換につながり得る賃上げに取り組み、『感染症対策と経済の自律的成長』の両立と『社会の持続性』の実現をめざす」とのスローガンの下、具体的には「定期昇給分(賃金カーブ維持相当)分(二%)の確保を大前提に、産業の『底支え』『格差是正』に寄与する『賃金水準追求』の取り組みを強化しつつ、それぞれの産業における最大限の『底上げ』に取り組むことで、二%の賃上げを実現する」というものである。
 しかし、その足元である自動車業界の企業連は早々とベア要求を放棄した。
 全トヨタ労連は二一春闘において基本給のベア要求の目安額の提示をやめる方針を打ち出した。同労連は一九年春闘から「脱ベア重視」の姿勢に転換していた。事実上統一要求を放棄していた。それでも昨年までは「ベア月三千円以上」といった目安額を示していたが今年はそれさえもかなぐり捨てた。このコロナ禍にあって、トヨタの二〇年十〜十二月期の売上高は前年同月比七%増の八兆千五百億円、純利益は五〇%増の八千三百八十六億円で、急回復が顕著であるにも関わらずだ。
 この三月二日に発表された二〇年十〜十二月期の法人企業統計によれば、内需型産業のいくつかを除き、企業業績(利益)は回復してきている。とくに製造業の経常利益は二一・九%増と、一八年四〜六月期以来10四半期ぶりの増益だ。自動車販売の回復で輸送用機械が伸び、建設機械が好調で生産用機械もプラスだ。同時に非製造業は一一・二%減益で、運輸業・郵便業が苦戦し、宿泊や飲食などのサービス業が不振なのは事実だが、コロナ禍を口実とする賃金抑制は根拠を欠くものだ。
 「各企業によって事情が違う。(ベアの)上げ幅議論でモノを言うのはおかしい」「働き方に応じた賃金制度の構築が求められている。今年が大きな転換点」(鶴岡労連会長)。到底、労組幹部のものとは思えぬ発言だ。すでに同労連の中核組織=トヨタ労組は人事評価に応じ昇給額を決定する新賃金制度の導入へ旗を振ってきた。かれらはこの間、連合―自動車総連の構成組織として突出した形で、経営側に忠誠を誓い、統一闘争としての春闘を内部からかく乱してきたが、またもその本性をあらわにした。また同じ自動車業界のホンダ労組やマツダなど、また三菱重工労組もベア要求を見送った。
 こうした潮流はまさに財界とそのための政治を労働運動から支える連中にほかならない。
 その一方でUAゼンセンやJAMなどは旺盛にベア要求を掲げ、「労使協調」路線の電機連合も統一闘争を堅持して闘っている。
 しかし、神津会長は「賃上げの流れの定着には二%の旗を掲げることが不可欠」と意気込む一方、全トヨタ労連などの動きについて、「どこまでが定昇でどこからがベアか区分けをやめるということ」と火消しに回る始末だ。
 経団連からは「連合の主張は経団連とほとんどいっしょ」(大橋副会長)との声が聞こえる。連合中央・神津指導部の「二%の旗」が「建前としての要求」として見透かされているのだ。
 わが国の労働者の賃金は一九九〇年代後半からこんにちまで超低賃金が続いてきた。これは国際的に見ても「異常」である。大企業はこの期間もぼろ儲(もう)けして、利益をため込んできている。労働組合は遠慮することなく「すべての労働者に生活できる賃金をよこせ」の旗を掲げて断固として闘う時である。
 また指摘しておかなければならないのはこうしたわが国における低賃金構造がつくられた時期は連合結成(八九年)と重なっていることだ。連合結成以来の「参加・協議路線」への深刻な総括こそ求められるし、それは連合内外の労働組合指導部に問われている。職場内で徹底的な議論を巻き起こし、この間形成されてきた「参加・協議路線」の総括が必要だ。
 もはや財界=経団連は長年形成されてきた「日本的労使関係」の最後的解体まで踏み込んでいる。この「日本的労使関係」を前提にしていた「生産性三原則」「参加・協議路線」の破たんは目前だ。
 生活実態を根拠に「生活できる賃金をよこせ」の旗を掲げて断固闘おう。
 わが国の低賃金構造を打破する主力は当然ながら労働運動にある。職場を基礎にしながら、同時にこの問題を広く社会に訴えて、苦境にあえぐ中小企業や農業従事者などの人びとと広く連携し、政権や財界に迫るべきである。

菅政権との闘いも二一春闘の大きな課題/スト含む大衆闘争で要求実現迫ろう
 またこんにち菅政権は「日本の生産性が低いのは中小企業の数が多いからだ」という「中小企業淘汰論」を公言しているアトキンソン氏をブレーンとして重用、コロナ禍も利用しつつ、中小企業を犠牲にしながらその成長政略を進めようとしている。
 安保・外交政策でも米バイデン政権の「同盟重視」の対中国敵視政策に積極的に呼応するなど政治軍事大国化の歩みを進めている。
 この菅政権との闘いも二一春闘における重要な課題だ。
 すでにコロナ禍にあって、製造業を中心に残業が減少、残業手当が出ず、生活不安が広がっている。また、雇用形態や企業規模間の格差も抜本的な是正には至っていない。
 また、自動車業界ではEV(電気自動車)化に伴う事業再編が本格化、また菅政権が叫ぶ「カーボン・ニュートラル」政策(実際は原発再稼動を狙うもの)によって非効率石炭火力発電の廃止・縮小が進められ、雇用に重大な影響を及ぼそうとしている。
 確かにコロナ禍にあって、産業、企業ごとの業績に大きな違いはあり、春闘を闘った結果として「幅」が出ることもあるだろう。しかし、あくまで春闘をストライキ含む統一闘争として闘わなければ労働者の生活は守れない。
 連合中央・神津指導部の「参加・協議路線」を転換させるとともに、春闘を「野党連合政権」に向けた票田開拓に変質させる共産党=全労連の裏切りを許さず、二一春闘を断固闘い抜こう。


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