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労働新聞 2021年2月15日号・4面 労働運動

経団連「経労委報告」
を批判する(上)

「サステイナブルな資本主義」
叫び、労働者に
競争と分断持ち込む

矢田 広美

 日本経団連は一月二十日、二一春闘における財界の方針である「二一年経営労働政策特別委員会報告」(以下「報告」)を出した。
 二一春闘は新型コロナウイルスの感染拡大の収束が見えぬなかで取り組まれる。コロナ禍はわが国大多数の労働者の生活や雇用をいっそう奈落の底へ叩き落している。二度にわたる「緊急事態宣言」で交通運輸、観光、飲食などを中心に廃業と首切りが続き、「希望退職」などが強要されている。リーマン・ショック直後と同様、真っ先にパートやアルバイトなどの非正規労働者が標的になった。特に働く女性を直撃、二月十日時点で女性の自殺は昨年と比較して八カ月連続で増えている。
 また医療現場では以前からの低賃金などの構造的問題で慢性的人員不足のなか、病床圧迫など「医療崩壊」が現実化、医療労働者に犠牲が強いられている。
 そして「自助」を看板にしている菅政権はその「成長戦略会議」に「中小企業淘汰論」を叫ぶアトキンソン氏や竹中平蔵氏を迎え入れ、財界が叫ぶ「生産性の向上」を後押している。
 IT(情報技術)やAI(人工知能)などに徹底的に立ち遅れたわが国支配層は「デジタル」「グリーン」を叫び、一切の犠牲を労働者をはじめとする大多数の勤労国民に押し付けて激烈な国際競争に打ち勝とうとあがいている。しかし、勝てる保証はない。
 二一春闘はこうした攻撃を打ち破るものでなければならない。


財界の危機感あらわにした「。新成長戦略」
 「報告」はその「序文」で、昨年十一月に発表した「。新成長戦略」(以下、「戦略」)に触れ、これを「わが国が取るべき大きな戦略の方向性」と自賛、「新しいサステイナブル(持続可能な)資本主義を追求すべき」と強調している。
 「報告」もこの「戦略」に基づいたものである。「戦略」では、「デジタル化、グローバル化の進展」「『株主至上主義』への反省」などを挙げ、「資本主義のアップデートと持続可能な成長」「わが国が世界に先駆けて達成することが不可欠」との問題意思を示している。  今年の世界経済フォーラム(ダボス会議)におけるテーマは「グレート・リセット」である。昨年は「資本主義の再定義」であった。
 米国は「自国第一主義」を掲げたトランプ前政権の下、台頭する中国ばかりでなく、欧州やわが国などの同盟国に対しても政治・経済両面で圧迫を加えてきた。国家間、地域間の対立は激化、まさに戦争を含む動乱の状況だ。コロナ禍が世界のパワーバランスの変化をいっそう促進、中国の台頭は著しい。
 また一国内でも階級対立をはじめとする争いは激化、先の米国での議会突入事件を見ても明らかなように、もはや選挙を中心とする議会制民主主義が機能不全に陥っていることをまざまざと見せ付けた。バイデン政権が登場したが、米国、また世界の貧富の格差も拡大し続けている。地球環境問題も深刻化、まさに資本主義は末期的症状である。各国のコロナ禍への対応による財政支出による債務の拡大も重くのしかかっている。
 わが国財界=日本経団連は「GAFA」などに後塵を拝し、「第四次産業革命」での立ち遅れに焦燥感をつのらせながら、生産性向上に向けた号砲を鳴らしている。  こうしたなか、菅政権が誕生、DX(デジタルトランスフォーメーション)と「脱炭素社会の構築」でわが国の延命を図ろうと必死である。だが、米国や中国などに追いつけるとは到底思えない。
 このように世界資本主義は末期症状を呈し、資本主義的生産様式が問われる「社会革命の時代」が到来している。
「サステイナブルな資本主義」などというのは、現状では生き残れない支配層、資本家の断末魔の叫びであり、「生き残り」戦略でしかない。

DX人材育成へ「エンゲージメント」叫ぶ
 「報告」ではコロナ禍を受けて、「新しい時代に対応した変革」「企業は『ポストコロナ』を見据え…付加価値の高い製品やサービスを創出していく必要がある」として、「DXの推進度合いによって優勝劣敗が鮮明になる時代」と危機感をあおっている。
 そして、「その鍵を握るのが、新たな時代を担う人材の育成」「成長分野への人材シフト」であるとしている。
 その上で、安倍前政権の下で具体化した「働き方改革」の延長である「アウトプット(付加価値)の最大化に注力する『働き方改革フェーズU」へと深化させていくことが重要」であり、これが「大きな経営課題」と叫んでいるのだ。
 そこで強調されているのが「エンゲージメント」である。「報告」では「エンゲージメント」について、「働き手にとって組織目標の達成と自らの成長の方向性が一致し…組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を表す概念」としているが、要は自分と企業の目標が一致し(主観的には)、企業の生産性向上へ能動的に奉仕するような労働者像を描いている。
 こうした狙いを覆い隠すかのように最近流行のSDGs(持続可能な開発目標)や「地域社会への貢献」などを持ち出し、労働者をいっそう能動的に企業に奉仕させようというのである。
 またコロナ禍で導入が進んだテレワークにも触れ、労働者に対して、「これまで以上に自立的・主体的な職務の遂行が求められる…自己の将来のキャリアを自ら考え、形成する姿勢が重要である」と説教を垂れるのである。
 これは一種のイデオロギー攻撃ともいえるものだ。

コロナ禍利用し、労働法制改悪を主張
 また、「コロナ禍を契機として、わが国の硬直的な労働時間法制を見直すべき」などと、コロナ禍で進んだテレワークを口実に、これまでの「報告」同様に現行労働法制の改悪も主張している。
 「働いた時間ではなく成果重視の処遇への見直しを検討している企業は少なくない」とし、現行の労働時間法制について、「工場勤務のような働き手を念頭に制定されたもの」と決めつけてあたかも「時代錯誤」のように主張している。
 そして、裁量労働制について、企業の中枢部門で企画、立案、調査、分析の業務が対象で二〇〇〇年に導入された「企画型業務型労働法制」について、その対象業務が狭いことで「広範な活用を阻害している」と述べている。そして、その対象業務に「開発提案」などのPDCA型業務などを追加するような法改正を求めている。
 労働基準法では一日八時間、週四十時間を超えて働かせてはならないと定め、これを超えて働かせるときは、残業時間の協定を結んでおいて、残業代を支払わなければならない。しかし、一九八七年に導入された裁量労働制は、業務の進め方を労働者の「裁量に委ねる必要がある業務」に限り、使用者が出退勤時間などで「具体的な指示をしない」などを要件にあくまで「例外的な働き方」である。
 そして、この裁量労働制をめぐっては、企業側が導入を認められていない営業職まで適用を拡大、「みなし残業代」の不払いや、長時間労働による過労死などが問題化した。
 この間、日本経団連は新卒一括採用、終身雇用、年功序列賃金などで構成されるいわゆる「日本型雇用」の見直しを主張してきた。「二〇年版報告」では「転換期を迎えている日本型雇用システム」と書かれ、今年の「報告」では「『自社型』雇用システムの検討」とその考えが引き継がれている。
 「二〇年版報告」では、「日本型雇用システム」を「メンバーシップ型雇用」と位置づけた上で、これに特定の業務や職務、ポストに人材を振り分けた「ジョブ型雇用」を組み合わせた「『自社型』雇用システム」の検討を呼びかけたが、今年の「報告」ではその具体化をいっそう求めている。
 そして、「報告」では「ジョブ型雇用」について、「自らの職務遂行能力(職能やスキル)を磨き、専門性の高い働き方を望む働き手にとって、魅力的な制度となり得る」などと描き、「企業における付加価値の増大や生産性の向上などに結びつき」と述べている。
 そして、一定の新卒採用枠をジョブ型に割り当てることや、社内でジョブ型人材を育成することなどを提案している。
 「DXの重要性」を叫ぶ財界はこれに対応する人材を「ジョブ型雇用」として育成しようというのだ。その上、こうした人材づくりを「事業主負担を基本とした公的職業訓練の抜本的な見直しを行うべき」などといい、政府に対し、一般財源を含めた費用負担をあつかましくも求めているのだ。
 「『自社型』雇用システムを各企業でつくり上げ」などというが、実際にはITやAI技術に長けた一握りの「DX人材」を成果主義で処遇し、囲い込む一方、DXに対応できない、あるいは親和性が低い業種やそこで働く労働者には低賃金を押し付け、経営危機になれば真っ先に切り捨ていることを意味しているのだ。

「『自社型』雇用システム」で「日本型雇用」の解体もくろむ
 この間、派遣労働者など非正規労働者の増加などで、労働者の二分化、二極化がいわれてきたが、財界は「日本型雇用」を破壊しながら、一握りの「エンゲージメント」の発揮に燃えたDX人材を育成して、いわゆる正規雇用労働者にもその分断と競争を持ち込もうとしているのだ。そして、やれSDGs、「地域社会への貢献」などの美名の下、企業に付加価値、生産性の向上をもたらす労働者を育成しようというのである。(続く)


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