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労働新聞 2020年2月5日号・1面

20年版経労委報告 
春闘の本格的な変質・
破壊を宣言


・「第4次産業革命」に立ち
後れた財界の危機感反映
・一部のIT人材を囲い込み、
多数の労働者を切り捨て


玉岡知一

 二〇春闘は二月二十八日の日本経団連と連合との懇談を経て、火ぶたが切られた。これに先立つ一月二十一日、財界の春闘方針の大きな指針である「二〇二〇年版経営労働政策特別委員会報告」(以下、「報告」)が発表された。「報告」では「労働力人口の急速な減少」「AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのデジタル技術の革新」「地政学的なリスク」などを挙げ、「企業労使には、わが国社会が時代の大きな転換点」などと危機感あらわに叫び立てている。その上で、新卒一括採用や長期・終身雇用を特徴とする「日本型雇用システム」の最後的解体に向けた意思を鮮明に打ち出した。春闘そのものについても、「実態に合わなくなっている」などと決め付け、本格的に春闘を変質・破壊しようという意図をあけすけにした。リーマン・ショック後からはじまった危機だがこんにち、いっそうの破局を準備している。米トランプ政権の「自国第一主義」と中国などに対する貿易戦争など、世界経済のリスクが限界にまで達しようとしているなか、わが国財界=日本経団連は「GAFA」などの巨大IT(情報技術)企業に後塵を拝し、「第四次産業革命」とまで称されるデジタル技術の進展に対する立ち後れに焦燥感をつのらせながら自らの存亡をかけ、AIやIoT、またビッグデータを活用した生産性向上に向けた号砲を鳴らしている。その一方で、不採算部門の切り捨てなども進んでいる。二〇年「報告」はこれまでの財界による労務政策の新たな段階を示すものだ。

「日本型雇用」の最後的破壊を宣言
 「報告」では「Society5・0」時代に必要な人材の確保・育成」を経営の大きな課題とした上で、「労働市場の流動化の促進」などと併せ、「新卒一括採用や長期・終身雇用を特徴とする日本型雇用システムをめぐって様々な課題が浮き彫りになっている」との認識の下、「人事・賃金制度の再構築」などとぶち上げた。そして、評価制度の整備と徹底、さらに「ジョブ型」の人事・賃金制度の活用を企業に求めている。
 すでに中西・日本経団連会長は「終身雇用制や一括採用を中心とした教育訓練などは、企業の採用と人材育成の方針からみて成り立たない」(一八年九月)と言い続け、「ジョブ型雇用システムの導入を強くにじませる発言を繰り返してきた。
 職務や勤務地、労働時間が限定される「ジョブ型雇用システム」の下、こんにちではAIやIT(情報技術)などに長けた一部の人材に対して、成果主義を基本とする昇給制度で処遇する一方で、「裁量労働制」と「高度プロフェッショナル制度」は「ジョブ型雇用に適している」(「報告」)などと言い、残業代ゼロと働かせ放題という劣悪な労働条件の落とし込もうというものである。そして、一握りの「ジョブ型雇用」とは別にこれまでの「日本型雇用システム」の下で働いてきた労働者を「メンバーシップ型」と位置づけ、この存在が「労働市場の流動化を阻害し」「ジョブ型雇用が拡がらない一因」などと決め付けているのだ。
 そもそも、「報告」では「転換期を迎えている日本型雇用システム」などというが、そんなものはとっくに日本経団連をはじめとする財界によって、破壊されているではないか。日本経団連の前身である日経連は一九八五年五月に「新時代の『日本的経営』ー挑戦すべき方向とその具体策」なる文書を発表した。これは労働者を三つのグループに分け((1)長期蓄積能力活用型グループ、(2)高度専門能力活用型グループ、(3)雇用柔軟型グループ)、とくに(3)にあたる部分を派遣・非正規労働者と位置づけ、その拡大に努めてきた。またこの財界の要望に応える形で歴代政権は労働者派遣法を成立させ、その後も派遣業種の拡大や、製造業務の派遣解禁などの改悪を推し進めてきた。その結果、こんにちでは非正規労働者の数はこんにちおおよそ二千百万人以上となり、雇用者全体に占める比率も約四割まで達しようとしている。
 こうしたこと目をつむり、なおも残る「日本型雇用システム」を最後的に分解・破壊し、一握りのIT人材を獲得と囲い込み、その他大勢の正規労働者を実質的な非正規労働者にして、低賃金と長時間労働などの劣悪な労働条件の下に置こうとしているのだ。 また「報告」では「働き方改革フェーズII」などと称して、「労働時間制度を時代の変化に即して見直すことが重要」「労働時間の長さではなく成果を重視したより柔軟な労働時間制度を広げていくべき」などと説教をたれながら、「裁量労働制」について、「Society5・0時代にふさわしい労働時間制度」などとその対象業務の拡大に向けた法改悪を政府に迫っている。この裁量労働制を巡っては、安倍政権が一八年三月に「働き方改革関連法案」に盛り込んだものの、厚生労働省が拡大する根拠としてきたデータの不正が相次ぎ発覚した結果、削除を余儀なくされたシロモノである。

徹底して貫く「総人件費抑制」の姿勢
 二〇春闘について日本経団連は「賃上げの勢いを維持することは重要だ」(中西会長)などと甘言を弄しながらも一律賃上げには消極的な考えを示している。「報告」でも「経営側の基本的スタンス」として「『総額人件費』の観点が不可欠」などとクギを刺し、「多様な方法による賃金引上げを企業労使で検討する」「各社一律ではなく、自社の実情に応じて前向きに検討」などといい、ベースアップについては「選択肢」の一つに過ぎないとしている。そして、ベアに対して、「多様な方法による賃金引上げ」を対置、「適切な総人件費管理の下、支払能力を踏まえ」た上で、「基本給」と併せ、「諸手当」「賞与・一時金」を加味した賃金決定で対応しようというのである。また「基本給」の決定にあたっては、「職能給や職務・仕事給、業績・成果給与の割合が高い企業が多くなっている」ことを挙げ、これが「適切な手法」と推奨している。これは業績主義を徹底させた上で、「基本給」さえも企業業績の変動などで削減できることを意味しているのだ。
 一方、わが国多国籍大企業をはじめとする企業の内部留保は一八年度で四百六十三兆千三百八億円と七年連続で過去最大を更新している。「報告」ではこの内部留保については一切口をつぐみながら、「総額人件費の観点」=「総人件費の抑制」を労働者に強いようとしているのだ。

春闘否定し、労使関係を「企業の競争力と成長の源泉」に変質
 またこの「報告」が許しがたいのは「『春闘』が主導してきた業種横並びによる集団的賃金交渉は、実態に合わなくなっている」などと言い立て、真っ向から春闘を否定していることだ。併せて、「同じ企業で働く社員においても、仕事や役割・貢献度を基軸とした賃金制度への移行・見直しによって、個々人の処遇の違いが明確化していくにつれ、全社員を対象とした一律的な賃金要求は適さなくなってきている」などと労働者間へ分断を持ち込もうというのである。
 その前段には「雇用形態の多様化や就労ニーズの変化など」を挙げ、組合組織率の低下を指摘、あたかもそうした実態に春闘が合わなくなっていると言いたげである。
 労働者の非正規化を「雇用形態の多様化」などとゴマカし、なおかつ、組織率の低下=労組破壊をしてきたのはこの間の財界の策動ではないのか。自らつくった間尺に春闘が合わなくなってきたというのだ。こんな勝手な屁理屈を許してはならない。
 その上、「報告」はこの間の地域別賃金のわずかな引き上げにも「生産性向上の実態から乖離した改定」などと嫌悪感を示し、最賃決定さえも「生産性向上に伴って安定的に増大した付加価値を原資として行うべき」などと言い放っている。また企業内最低賃金についても「…影響は、締結した企業にとどまらない可能性…」などと地場における賃金形成への警戒感を示している。

財界の策動に呼応する連合内勢力許すな
 この「報告」に対して、連合中央・神津指導部は「日本全体の問題に関わる危機感が感じられない」「大企業の立場に偏った問題意識が大半を占めている」と批判している。そして、「『多様な方法による賃金引き上げ』だけでは、分配構造の転換につながらない」と主張している。
 だが、その連合中央・神津指導部の足元を見れば、トヨタ労組が、ベアについて人事評価に応じて差をつける新たな方法を提案している。この提案によれば五段階の人事評価に応じ、従来以上にベアに差を付けるというものだ。「生きるか死ぬかの闘い」「終身雇用は難しい」(豊田章男会長)などと危機感をあらわに、一九春闘ではその「覚悟」を経営側に突きつけられたトヨタ労組は二〇春闘でも早々と「大変革期、会社を支える」(西野委員長)と経営側に忠誠を誓った。またホンダ自動車労組も、一九要求の半分でしかないベア二千円という低額要求だ。まさに労働運動内部において、日本経団連の策動に呼応する動きだ。
 そもそも、連合中央・神津指導部は二〇春闘においても「生産性三原則」にしがみつき、「分配構造の転換」「働きの価値に見合った賃金水準」などと主張している。彼らがいう「働き方の価値」は誰が正当に評価するのだろうか。その判断を最終的に下すのは経営側であり、それは経営側が求める「生産性向上」に向けた賃上げを懇願しているのに過ぎないのだ。わが国労働者の生活改善とは無縁の「生産性の向上」では日本経団連、そして連合中央・神津指導部は一致している。
 「生活できる賃金を」ーこれは正当な要求であり、これこそが職場で日夜働く仲間の正直な思いだ。職場に渦巻く組合員の不満と要求に依拠して、ストライキを背景に闘ってこそ、要求は実現できる。
 財界の春闘破壊に抗し、一部労組の裏切り許さず、二〇春闘を闘い抜こう。


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