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労働新聞 2019年7月5日号・4面 労働運動

19春闘/
中小の奮闘で大きな成果


 「オルグの運動」通して、発信力強化を

ものづくり産業労働組合
(JAM)安河内賢弘会長

 一九春闘は大きなヤマ場を越えた。連合は「賃金改善分の獲得率が昨年同時期とほぼ同水準」「百人未満の中小組合の賃上げ率が初回集計から一貫して昨年同時期を上回った」としている。このなかで、機械・金属産業を中心に中小企業労組が多く加盟するものづくり産業労働組合(JAM)は中小春闘をけん引、多くの成果を得た。一九春闘についての評価などについてJAMの安河内賢弘会長に聞いた。(文責編集部)


19春闘の成果と特徴について/広がった「個別賃金要求」方式
 春闘の成果はまず、第一歩とはいえ、JAMの個別賃金要求の考えが連合のなかに入ったことです。JAM以外の各産別にも「個別賃金要求をやってみよう」という考えが一定広がったことは意義があったと思います。これを来春闘につなげていきたいですね。
 私が二〇一六年にJAMの労働政策委員長になったとき、「個別賃金要求元年」と言いました。
 まず、単組に「社会的な公正労働基準の確立のために自らの賃金水準を開示してほしい」と呼びかけ、三十歳、三十五歳の賃金水準のデータ開示を徹底しました。結果、JAM全体の賃金分布と自社の賃金を点描した賃金プロット図、自分たちの賃金実態を見ながら交渉する姿勢は一定浸透したと思います。
 昨年に続き、規模百人未満の単組が非常にがんばった点も成果です。全体のベア額(賃金改善分)は千六百十八円ですが、百人未満は千八百八十九円です(六月二十日現在)。これは三千円〜一万円と高めのベア額を獲得した中小が全体を引っ張ったといえます。
 もう一つ特徴的なのは、全体の賃上げ額で、百人未満が初めて五千円を超えたことです。これは歴史的状況と思います。
 JAM方針に従って、中小の単組ががんばったことが大きいですが、同時に人手不足の状況が背景にあります。大手が賃金や福利厚生などで高い水準にあるなか、中小は依然として低い水準のままです。その中小から大手に人が流れる状況を止めていく必要があります。

19春闘で見えた課題/オルグの育成は喫緊の課題
 この四年間、大手単組の八〇%くらいで賃金水準の開示が進んでいますが、中小については鈍いのが実際です。プロット図、あるいは賃金データの開示は進んでいても、どの年齢層のデータを出せばよいのかという問題もあります。大手の場合は労使で確認したモデル賃金があり、それがなくても、三十歳の平均水準を出せます。しかし中小の場合、三十歳、三十五歳に相当する年齢層の労働者がいない場合もあります。
 地方においては、あらゆる産業の賃金水準が明確に表に出てこないと、個別賃金要求の取り組みはなかなか全体化しません。その点で、この考え方が連合のなかにより広がればよいと思います。
個別賃金要求は、自分たちの賃金、賃金制度をつくる取り組みです。だから、賃金制度に対する深い知識が必要ですが、まだ不十分です。
 JAMでは、あらゆる取り組みは「オルグの運動」だと思っています。
 中小の組合リーダーは非専従が多いので、本部、地方JAMのオルグが支えないと対等な交渉にはなりません。オルガナイザーの育成は喫緊の課題です。オルグの育成が単組の若手役員の育成にもつながります。現在、優秀なオルグが退職の時期に差しかかる過渡期です。ノウハウを、JAMのなかにしっかり残していかなければと思っています。

進む独IGメタルとの交流/学びながら本物の産別へ
 JAMはドイツ金属産業労組(IGメタル)との交流を続けてきましたが、これを一歩進めています。
 ドイツは賃金が相対的に高い国ですが、その水準を維持するために、周りの国の賃金も上げていくという考え方です。だから、「日本は低賃金で迷惑」と言わんばかりに厳しく指導されます。
 IGメタルは組織減少に悩んできましたが、それを「米国の変革」にならって克服しました。そのノウハウを日本のJAMに伝えたいとも言っています。
 「米国の変革」とは、米労働総同盟・産業別組合会議(AFL—CIO)が打ち出したものです。内容は多岐にわたりますが、例えば役員だけの運動ではなく、末端の組合員を巻き込んで運動するための議論の起こし方や、物事の伝え方などの改善です。組合員に方針を聞いてもらうための工夫をしっかりやっていくということです。
 こうした指摘は、日本でも二〇〇三年の「連合評価委員会」の最終報告でも言われたことです。それが未だに「光り輝いて見える」ことが、いちばんの問題とも感じます。
 労働運動だけでなく、あらゆる社会運動は、ある意味でキャンペーンです。「宣伝・広告」のようにとられがちですが、やはり運動なのですね。
 産別として結集軸を高め、単組の組合員、リーダーを外に引っ張り出していくことが、産別の大きな役割の一つです。
 賃上げや、労働条件の改善は重要な課題ですが、社会問題にもしっかり取り組んでいくことも、これからの労働運動の発展においては一つのカギではないかと感じています。一五年に安保法制をめぐって多くの若者が国会前に集まりました。NPOなどでは女性が活躍しています。まだ、こうした若者や女性に労働運動の魅力を発信できていないですよね。
 そういう意味も含めて、本物の産別に生まれ変わっていくという議論をJAMのなかで始めているところです。

大手と中小との公正取引を/下請けにも利益出る政策こそ
 この四年間、春闘では「価値を認め合う社会へ」ということを、声を大に言ってきました。経済産業省も「世耕プラン」という形で、下請け取引適正化に向けた方針を出しています。あれを見ると、大手の企業の九〇%以上が、「人件費の高騰分を価格に乗せてほしい」という下請け企業からの交渉に乗っているとされ、うち九九%が何らかの改善をしたと答えています。逆に下請け企業に聞くと、七〇%の企業が「そもそも相談すらできなかった」と答えています。
 表向きは「聞く耳はもつ」と経団連を含めて言っていますが、現実はそうではない。
 ひどい事例もたくさんあります、例えば、米中貿易戦争のあおりで急速に業績が落ち込んだある中小企業では賃金カットを余儀なくされたら、大手の購買担当者が「賃金カットした分、部品の値段を下げられるだろう」と言ってきたケースがありました。しかし、中小の側が思い切って大会社に申し入れすると、改善されたケースもあります。こういう事例をもっと広げていくことが重要です。
 悪質な単価切り下げ要請は、会社全体の方針というより、購買担当者が自らの成績を上げるために行っているのが大部分です。これはガバナンスの問題なので、経団連などに徹底を要請しています。
 また、中小企業団体との話のなかで、経営者から「賃金を上げたいが、公正取引の問題がある」という声が出ています。付加価値を適正にバリューチェーン全体に循環させるために、キチンと下請けにも利益を回すような政策が必要です。

世界的に低い日本の賃金水準/中小企業に政策の軸移せ
 安倍政権が成立して以降、国際通貨基金(IMF)統計で見ると日本の国内総生産(GDP)は下がり続けています。一人当たりの名目GDPでは、世界で二十六位です。これを上げていくには賃金、とりわけ、地方の中小企業の賃金を上げなくてはいけません。
 参考になるのは、欧州での経験です。欧州では一九七三年のオイルショック以降、深刻化する雇用問題に苦しむなか、「雇用を支えているのは中小企業」という考えが注目されました。二〇〇〇年には「小企業憲章」が採択され、「小企業は欧州経済の背骨。小企業は雇用の主要な源泉」とうたわれました。
 これは日本にも言えることです。
 日本では東京への一極集中が進んでいます。これは東京の生産性が高いからで、言い換えれば賃金の問題です。多少無理をしても、地方の賃金をしっかり上げていく必要があります。そのためには、地方の拠点となる中堅企業が取引慣行で大企業と対等な立場になることです。
 ドイツには、高い生産性と賃金をもつ人口十万〜二十万人の都市がいくつもあります。これは、産官学とそれにIGメタルなどが加わり、地方・地域の町づくりの中核となる産業を育てているからです。「ローカル・ハブ」という考え方です。日本でもこうした方向に政策の軸をもっていくべきだと思いますね。

新しい取り組み/個人事業主含めたゼネラルユニオンが発足
 JAMでは今年三月に「JAMゼネラルユニオン」(JAM・GU)を発足させました。中小で働く未組織労働者だけでなく、非正規労働者、外国人労働者、クラウドワーカーなど個人事業主として働いている人などの受け皿にしていこうという考えです。そして、ただ「助けてほしい」という人たちを助ける組合ではなく、自らの労働条件を守っていこうという人たちと共に闘う組合です。
 連合傘下の副会長産別がやる以上、裁判闘争では終わらず、会社に残って組合をつくり、最終的に集団的労使関係を構築することを活動の目的としています。労働相談そのもので終わってしまうのではなく、相談をきっかけにしっかり組織化につなげていければと思います。


19春闘に向けて/物価上昇加味した賃上げめざす
 一九春闘では、経営者から「五年連続のベアは非常に重たかった」という声も聞こえてきます。不安定要素が増すなかで、十月には消費増税が予定され、物価上昇が見込まれています。このなかで、大手を含めて本気で春闘に取り組んでいける態勢をどうやってつくるのか大きな課題です。
 私も「物価上昇を下回る賃上げは実質賃金を下げる」「実質賃金の低下は賃金制度が劣化している」ということを今の段階で言い続けています。ですから、二〇春闘では物価上昇をしっかりと議論の俎上に乗せる必要があると思っています。
 この約二年で実感したことは、「適切なときに、適切な言葉で、適切な相手にちゃんと伝えれば世の中は変わる」ということです。春闘や公正取引の実現など課題はたくさんありますが、粘り強くすべてを使いながら、しっかり知恵を出していきたいと思っています。


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