20001105


三池闘争記録映画「激闘」を見て

結束して闘う以外にない

大牟田市 木下 恵


 福岡県大牟田市で十月二十九日、三池闘争の記録映画「激闘」の上映会と三池の歌声の集いがあるというので、なつかしさもあって行ってみた。
 開会前から大勢の人でごったがえし、写真を見る人、「わあ、久しぶりやね」とあいさつを交わす人びとがあちこちで見られた。そしてホールいっぱいの六百人の熱気の中、会は始まった。
 最初に主催者を代表して、三池労組の吉川組合長から「今年の三月二十九日、闘争のさなか暴力団に刺殺された久保清さんの四十回忌を迎えた。当時を闘った者の中から『近頃の停滞した労働運動に対して、元三池労組組合員として何かできないだろうか』という話があり、上映会はどうだろうかということになった」と経過を含めたあいさつがあった。
 その後、「がんばろう」「炭掘る仲間」「三池の主婦の子守歌」など六曲、老若あわせた合唱隊のコーラスがあった。思わず口ずさむ人、歌に合わせて体を動かす人、目頭を押さえる人など、体にしみついた歌は人の心を一つにするなあと、あらためて感動した。
 いざ、映画が始まってみると、なつかしさ、憤りなどいろいろなことが思い出された。四十年前の私は幼稚園児で、三池労組員、主婦会の両親に連れられ、デモに参加したり、闘争小屋にいる父のもとに食事を届けにいったりしていた。また、地域分会の人たちの団結会も、家でちょくちょく開かれ、子どももスクラムを組んで歌を歌ったりしていた。
 当時、一万円生活(スト中なので給料が払われず、全国からのカンパを分け合っていた)で生活が苦しく、子ども心にも心配せずにはいられなかった。また、親が言うわけでもなく、警察が嫌いになった。首を切られる労働者を守らず、首を切る会社が悪いのに、なぜ会社の味方をするのか分からなかった。
 映画の中で、笹林公園いっぱいの人びと、ワッショイワッショイとジグザグデモをする人びとを見て、ああそうだった。あの頃は集会、デモが日常茶飯事だったとあらためて思い出された。労働者は結束して闘う以外にないと、強く思う映画だった。
 しかし、四十年たってみると、三池炭鉱はなくなり、労働運動もなきがごとくなっている。職場から参加した若い人が、映画を見て「ああ、あの頃は気合いが入っていたんですね。四十年前は首切り反対であれだけ闘えたんですね。いまの時代、失業者があふれているのに闘いがない。今こそ闘うときなんでしょうね。昨日の映画は元気をもらった」と感激いっぱいの感想を話していた。
 上映会の閉会のあいさつにたった組合の幹部は「労働者の団結の大切さを改めて痛感させられる力強い映画だった」と話をしていた。
 停滞している労働運動をもう一度奮い立たせるのに十分な映画だったのではないだろうか。


Copyright(C) The Workers' Press 1996-2000