990625 社説


ケルン・サミット

世界はいっそう不安定に


 破局含みの世界経済の危機にどう歯止めをかけるか。ユーゴ空爆で生じた米ロ、米中、米欧間の亀裂をどう修復していくのか。こうした難問を前に、世界の支配的地位を占める金持ち大国の指導者たちがドイツのケルンに集まり、主要国首脳会議(サミット)が開かれた。

 初日の六月十八日、ロシアを除く日米欧七カ国首脳(G7)が経済分野の討議を行い、経済声明を採択した。その後の政治討議からロシアも参加し、最終日の二十日には主要八カ国(G8)共同宣言と地域問題に関する特別声明を採択した。

 「コソボの決着」を受けて各国首脳はことさらに「協調」を演出してみせたが、果たしてサミットは危機に首尾よく「共同対処」し、世界を安定に向かわせる有効な道筋をつけることができたのか。

世界経済の危機に有効策示せず

 サミットに問われた第一の課題は、世界経済の危機への対処であった。

 冷戦後十年、「市場原理主義」のグローバル化の進展は、世界経済を歴史的な危機に当面させた。とりわけ昨年のバーミンガム・サミット以来、「世界経済は大きな課題に直面してきた」(経済声明)。

 九七年七月から始まったアジア通貨・金融危機は、昨年夏以降、ロシアから中南米へとまたたく間に波及、わが国だけでなく、米国もドイツも圏外に立てない世界を巻き込む危機に発展した。とくにロシアの危機から逃げ遅れたヘッジファンドの危機が表面化し、ウォール街の株暴落から世界恐慌につながりかねない事態となった。世界を支配する巨大資本家たちとその政府は胆を冷やした。

 巨額の資金がひとにぎりの人びとに握られ、血に飢えたように暴利を求めて世界をかけめぐっている。そうした投機的な短期資金の担い手、先兵であるヘッジファンドが、実体経済をかく乱する要因にまで成長して世界各地に経済危機をもたらしてきた。しかも、世界最大の借金国家となった米国は、ヘッジファンドを不可欠の要素に組み込み、ウォール街というトバク場を活性化し、世界中から資金を還流させることでドル支配体制を維持している。ヘッジファンドの危機は、そうしたドル支配の世界資本主義のシステムの根幹を揺るがし、限界を露呈した。

 必死の応急処置で破局は回避され、現在、小康状態にあるが、世界経済はいつ大規模な危機に陥ってもおかしくない際どい状況にある。

 だから、サミットでは第一番目に、通貨危機の再発を防ぐための「国際金融システムの強化」対策がとりあげられた。昨年来のG7蔵相会議などで主として日欧が要求してきた、通貨危機の「主因」となった短期資本移動に対する監視や規制、ヘッジファンドの情報開示促進、国際通貨基金(IMF)の暫定委員会を「国際金融通貨委員会」に改組し、機能強化することなどが合意された。

 だが、これらの実効性を保障することは容易ではない。たとえば、ヘッジファンドの情報開示は米国が譲歩して書き込まれたが、四半期に一回にとどめるべきだと主張している。それで日々、激しく移動している投機的な短期資本の動きをつかむことなどできるはずがない。ヘッジファンドがタックスヘイブンやオフショア市場など規制の緩やかなところに逃避するという問題もある。

 また、IMF改革は、暫定委員会を「国際金融通貨委員会」に衣替えしただけ。

 サミットは、通貨危機の再発を防ぐために文書での合意はできたが、何一つ実効性のある決定はできなかった。どだいヘッジファンドは「米国の金融システムと表裏一体の存在」で、米国の根本的利害に関わることだけに実質的な譲歩は容易でないのである。

 したがって、世界経済は第二、第三のアジア危機、中南米危機の再発と世界恐慌の可能性が、そのまま残っている。

 第二に、アフリカ諸国など貧困国の債務救済について、二国間の政府開発援助(ODA)債務の原則一〇〇%免除、救済対象国の拡大などを「ケルン債務イニシアチブ」として合意した。市場経済のグローバル化が途上国のいっそうの貧困化をもたらしており、貧困化は新たな地域紛争の火種となる。世界各国から集まった七万人の「人間の鎖」の圧力に押され、世界経済危機のもう一つの不安要因への対処を合意した。

 だが、この問題でも「合意」は簡単だが、誰がどの程度負担するのかになると容易ではない。債権残高が最も大きい日本が最大の負担を強いられるのはほぼ確実だが、負担をめぐって対立は必至である。

 世界経済の危機の不安要因は、これだけではない。最大の不安要因は、バブル化した米国の株の行方である。ニューヨーク証券取引所に上場する株式の時価総額は現在、米国の名目GDPの一・二倍と九五年の〇・六から跳ね上がっている。軟着陸は至難の業で、株価が大暴落すれば、一九二九年世界大恐慌の二の舞いとなりかねないのである。

 しかし、さし迫った肝心なこの問題についてサミットでは、まじめに議論さえされなかった。

 むしろサミットで大きくとりあげられたのは、日本への景気対策の要求であった。日本は財政出動の責任を負わされた。

 みてきたように、破局含みの世界経済の危機に歯止めをかける有効な処方せんは何一つ見いだせない。透けて見えるのは、米国とそれ以外の主要国の危機のおしつけ合い、利害の激しい対立である。

米国の覇権主義は矛盾を増幅

 サミットでは、不安定化する国際政治にどう対処することになったか。いうまでもなく、政治討議は「コソボ問題」が最大のテーマであった。

 特別声明で「コソボにおける暴力と抑圧を終わらせ、和平を確立し、難民の安全で自由な帰還を可能にするために取られた断固たる措置を歓迎する」と述べ、NATOによるユーゴの主権侵害、内政干渉を正当化した。

 注視しておかなければならないのは、「国連憲章の原則と目的にそって」としてはいるものの、「地域機構や取り決めによる管理・行動能力を拡大しようとする努力を支持する」(宣言)という文言が盛り込まれたことである。これは以降の地域紛争に際して、今回のユーゴ空爆でとった米国の新戦略、「人道」を掲げれば、国連決議の裏付けなしにNATO軍(地域機構)を使って域外武力介入、内政干渉ができるという道を開くものだ。米国は日米安保条約(地域取り決め)によって、自衛隊を「紛争予防」の名目で域外介入に動員できることになる。

 要するに、米国はこれまでよりもあからさまに国連を無視し、公然と中ロを含む常任理事国の上に自分を置いて世界を支配する道を開いたということである。

 だが、米国の今回の「成功」は、決して強さを意味しない。今回のユーゴ空爆の国際政治に与えた影響を計算してみれば分かるように、米国の露骨な覇権主義は、世界各国に深刻な反発を呼び起こし、マイナスとなって跳ね返っている。ロシアや中国の間に生じた亀裂は深刻で、中国大使館への爆撃は米中関係に重大な影響を及ぼしている。空爆の二カ月を越える長期化と大量の難民の発生、民族紛争のさらなる深刻化は、米欧間にも亀裂を残した。空爆で破壊されたコソボ復興支援も、サミットは全力で取り組むとしたが、誰がその費用を負担するか、誰が受注してもうけにあずかるか、熾烈(しれつ)な争いは今後に残されている。

 今回のサミット合意のように、当面の状況下で諸大国の利害からのみで折り合いをつけ、米国を頂点に新たな陣形が出来たとしても、それはつかの間のことだ。米国の仕事は内外にさらに増えよう。

 こうしてケルン・サミットは「協調」をうたいあげたにもかかわらず、世界経済の危機にも、不安定化する国際政治に対しても、何一つ、有効な処方せんを示せなかった。

 世界が安定に向かっているなどというのは幻想にすぎない。耐え難くなっているのは、長い間抑圧を受け続けていて現状を変更したいと願っている者だけではない。抑圧者たちも現状にとどまっていられない。しかも彼らは、抑圧・被抑圧といった関係だけではなく、さまざまな抑圧者相互間でも現状の変更、闘争が課題である。こうした状況は、全世界の労働者階級と被抑圧人民、被抑圧民族にとって有利である。


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