981215 社説


小渕内閣の24兆円緊急経済対策

「経済再生」の名で大銀行、大企業を支援


 「『不況の環』を断ち切り、一九九九年度にわが国経済をはっきりしたプラス成長に転換させ、二〇〇〇年度までに経済再生をはかるよう内閣の命運をかけて全力を尽くす」。臨時国会で小渕首相はこう明言した。すでに「緊急経済対策」関連の九八年度第三次補正予算が成立、九九年度予算の編成が行われている。

 果たして小渕氏が夢見るように、この「緊急経済対策」で日本経済はプラス成長に転換できるのかどうか。おおかたの見るところ、不況の環を断ち切るどころの事態ではないことが鮮明である。恐慌の泥沼に向かっての転落も予測される。

「過去最大規模の経済対策」

 政府は十一月十六日、「緊急経済対策」を決定した。総事業規模で二十四兆円、本年四月の総合経済対策の十六兆円を大幅に上回る「過去最大規模の経済対策」となっている。

 その主な柱は、五兆九千億円の貸し渋り対策、八兆一千億円の社会資本整備、情報通信などの五分野への公共事業の重点投資、一兆二千億円の住宅投資促進、災害復旧費六千億円、一兆円の雇用対策実施、百万人の雇用創出、六兆円の所得法人税減税、住宅関連減税、七千億円の商品券支給、一兆円規模のアジア支援策、などなどである。政府はこの対策で、今後一年間に、国内総生産(GDP)を実質約二・三%押し上げると言明している。

 こうした政府の緊急経済対策について、「過去最大規模であり一応の評価はできる」(中内ダイエー社長)など一部に期待まじりの声もあるが、「二%を超えるマイナス成長からの脱却はとても無理」(日本総合研究所)と、九九年度もマイナス成長を予測するものがほとんどである。さらに経済界の中からも、従来型の公共事業への積み増しや商品券にたいする厳しい批判が出ている。

焼け石に水で危機克服に役立たず

 日本経済の現実はどうか。デフレスパイラル(所得の減少↓消費の減少↓生産の減少↓雇用の減少↓所得の減少)の悪循環に陥り、かつてない危機が進行している。

 今年七〜九月期のGDPは、前期(四〜六月)と比べ〇・七%のマイナス。一九五五年以来初めて四期連続マイナスとなった。年率では実にマイナス二・六%となる。

 四月に十六兆円もの「総合経済対策」を打った結果がこれである。政府主導の公共投資こそ増加に転じたものの、肝心の民間需要が総崩れした。個人消費はマイナス〇・三%、民間設備投資はマイナス四・六%、民間住宅投資はマイナス六・二%と軒並みの後退である。

 四月以降、労働者の実収入(残業など所定外給与と所定内を併せた給与)は、前年割れが続いている。冬のボーナスも減り、所定内給与もマイナスに落ち込む可能性がある。

 倒産、リストラによる労働者の首切りは、むしろこれからが本番である。完全失業率はこの四月に四%の大台にのって以降、さらに最悪記録を更新し、三百万人にのぼる失業者が路頭に放り出されている。この先、東芝、日立、日産など大企業だけでも、四万人もの人員削減が計画されている。首切りは、家計を支える世帯主から女性のパート労働者にも及び、十月の有効求人倍率は、〇・四八と最悪を記録した。

 企業倒産も最悪記録を更新し、十月の倒産は千七百七件、十月としては戦後四番目の高水準となった。九七年六月から十七カ月連続で前年実績を上回った。すでに今年の倒産は十月段階で昨一年間の合計を超え、今年全体では二万件を突破しよう。

 企業は設備投資のストック調整を本格化し始めた。七〜九月の法人企業統計によると、全産業の設備投資は前年同月比一二・〇%減で三期連続のマイナスとなった。製造業も十五期ぶりにマイナスに転じた。

 このように、総崩れした民間需要が立ち直る兆しは、当面どこにも見あたらず、危機の長期化、深刻化は避けがたい。したがって、「過去最大規模の経済対策」といって二十四兆円もつぎ込んだところで、焼け石に水、対症療法以上でないのは、誰にでも見当がつくところである。

 どだい、国民経済の中で最も大きなウエイトをしめ、景気回復の底力である国民の所得と消費は最悪の状況になっているのに、ここには何一つ根本的な手が打たれていない。

 例えば減税問題。実収入の目減り、失業生活の中で重税感がつのり、消費税即刻廃止、大幅減税は勤労国民の切実な要求となっている。ところが、「経済対策」では、減税そのものが来年度予算に先送りされただけでなく、その中身たるや大企業、金持ちには減税だが、国民大多数には増税というシロモノである。

 所得税の最高税率が五〇%から三七%に引き下げられる。結果、所得税減税の恩恵を一番受けるのは、年収二千三百万以上の所得層となっている。年収一千万円超の所得層で全給与所得者の五・五%だから、ほんのひとにぎりの大金持ち優遇減税だ。定率減税を組み合わせても、年収八百五十万円以下の人びとにとっては、実質増税となる。

 法人税減税も同様である。現行の三四・五%から三〇・〇%に引き下げるという。しかし、現行の実行税率四六・三六%を適用されているのは、大企業の黒字法人であり、これは全法人数の一%弱にすぎない。経済危機下でなおかつばく大な利益を上げている多国籍企業も、中小企業も同じ税率という不公平さで、しかも不況に苦しむ中小零細企業には何の恩恵もない。利益を上げ続ける大企業だけが減税の対象になる。

 また、百万人の雇用の創出を目標にするなどと唱えているが、どこにもその具体的保障は見あたらない。失業者の生活保障、職よこせの要求は切実で、せめて失業者への雇用保険支給期間の延長を盛り込むべきところだが、それすらもない。

 むしろ政府・自民党は、緊急経済対策でも、スポンサーである大企業、大銀行、ゼネコンへ金をばらまこうとしている。中小企業向けという「貸し渋り対策」がそれである。

 健全な経営であるにもかかわらず中小企業は資金繰りに追われ、銀行の貸し渋り、資金回収に存亡を脅かされている。そこで、政府は「貸し渋り対策」と称して五兆九千億円を組んだ。不良債権を抱える民間銀行に代わって、日本開発銀行などの公的金融による中小企業支援、信用保証制度の拡充である。しかしその融資の窓口役は、貸し渋りの張本人、民間銀行なのである。盗人に追い銭とはこのことであろう。平たくいえば、金を返せかえせと迫っていた民間銀行が一転、今度は金を借りませんかと言い始めるのである。「どうぞ貸し渋り対策の政府の金○億円を借りて下さい、そのかわり私が貸している○億円を返して下さい」、と。貸し渋り対策資金を利用して、民間銀行は債務を政府に振り替えることができる。「多額の償還を予定している不動産・ゼネコンへの形を変えた救済策」となるのは明らかである。結果は日本開発銀行などが不良債権の山を抱え、そのツケは国民に回る。肝心の資金を必要とする中小企業へは、貸し渋りが続く。

 このように、今回の緊急経済対策は当面の景気対策としても焼け石に水で、経済危機の克服に役立たないことは明白である。それどころか小渕内閣は、六十兆円もの国民の血税を大銀行救済に投入したのに続いて、「経済再生」という名で巨額のカネを大銀行、大企業、ゼネコンにつぎ込もうとしている。

 かつてない危機にもかかわらず、大銀行、大企業は、こうして自民党政府に手厚く支援され、国民の血税をすすって肥え太り、再編し、大競争時代を勝ち抜く力をつけている。労働者と国民大多数には、その犠牲がすべて押しつけられた上に、膨大にふくれ上がった国の借金まで回される。こうした理不尽な政治を転換しなければならない。

 腑(ふ)抜けの議会野党は、政府、支配層の体制の危機をあおり立てる攻勢に一たまりもない。誰のための経済対策なのか、経済運営をめぐって利害が鋭く対立している現実を覆い隠して、共産党は「消費税を三%に」などと若干の手直しで問題が解決するかのように幻想をあおっている。

 危機の打開をめぐって二つの道が根本的に争われている。

 大銀行、大企業とその政府は、この危機を労働者、国民大多数に押しつけて乗り切ろうとしている。だから労働者、国民は、これと闘い、打ち破らなければ、自らの運命を切り開くことができない。


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